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天下界の無信仰者(イレギュラー) の小説カバー

天下界の無信仰者(イレギュラー)

三体の神が定めた絶対的な法則「神理」がすべてを支配する世界、天下界。この地で生きる人々は、三つの神理のいずれかを深く信仰し、神からの恩恵を授かることで日々の営みを送っていた。しかし、そんな神の秩序が絶対とされる社会において、ただ一人だけ神を信じぬ「無信仰者」として生きる少年がいた。少年の名は神愛。周囲から異端として激しい迫害を受け、孤独な日々を過ごしていた彼の前に、ある日、自らを奴隷と称する謎の少女ミルフィアが姿を現す。なぜ神愛は神理の加護を受けない無信仰者となったのか、そしてミルフィアが現れた真の目的とは何なのか。輪廻の果てに結びつけられた二人の邂逅は、停滞していた世界の運命を大きく変える新たな戦いの火蓋を切ることになる。これは、既存の神話をも凌駕する新たな伝説の始まり。神が作り上げた盤石な秩序を根底から揺るがすイレギュラーな存在が、閉ざされた世界の理に挑む。過酷な運命に抗い、自らの道を切り拓く壮大なファンタジー・アクションが今、ここに幕を開ける。
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ここは白い空間だった。広い世界にはなにもない。まるで漂白された海中のようにあやふやだ。地面も空も、どっちが上下なのかも、それすら分からない。いや、そもそもこの場所にはそうした概念すらないのだろう。空間も、時間すらも。そうした概念を超越した次元の居場所。

 ここにはなにもない。

 ただし、一つの例外を除いて。

 白い空間。そこに一人の、もとい一つの魂がやってきた。自分が何者かも分からぬ不確定な意識だ。なぜなら彼、もしくは彼女はまだ生まれていないのだから。

 そこへ、突然魂を歓迎する声が現れた。

「ようこそいらっしゃいました。はじめまして。わたくしは人々が住まう世界、|天下界(てんげかい)の案内を務めさせていただいております、名もなき案内人にございます」

 いきなりの声に魂は驚いた。意識がびくりと震える。そんな意識を落ち着かせるように、声は穏やかな口調で話しかけた。

「申し訳ありません、驚かせてしまいましたね。ですが緊張しなくても大丈夫です」

 苦笑交じりに案内人は気さくに話しかけてくる。不安はあったが、どうやら悪い人ではなさそうだと魂は徐々に安心していった。

 この声は何者か。そんなことは分からない。分かるはずもない。ただ、次元をいくつも超越した場所にいるのだ、ただ者ではないのだろう。

「突然のことに驚かれるでしょうが、実は、あなたはまだ生まれていないのです。魂の状態です。この世界には神が住まう|天(てん)上界(じょうかい)と、人々が住まう別の世界、|天(てん)下界(げかい)があります。そして、ここはその中間、|輪廻界(りんねかい)になります」

 大丈夫ですか? と案内人は優しく声を掛けてくれるが、魂は当然困惑してしまう。

「あなたはまだ魂の状態なのです。人として生まれるためには|天下界(てんげかい)に行かねばなりませんので、これから|天下界(てんげかい)へと移動してもらいます。ですが、あなたが人として生まれ祝福されるその前に、選んで欲しいものがあるのです。いえ、怖がるようなものではございません。選んでいただきたいものとは、あなたが|天下界(てんげかい)で生きていく際の『|神理(しんり)』、要は信仰になります」

 人として生まれる前に選ぶもの。

 |神理(しんり)。神の|理(ことわり)と書くもの。それは果たしてどのようなものなのだろうか?

「輝かしい誕生を前にして言いにくいのですが、人生とは幸福ばかりではございません。ですが、人生の苦難に立たされた時、あなたの信仰が道を示してくれるでしょう。これは親や環境に左右されることなく、自分の意思でどの|神理(しんり)を信仰するか選択できる配慮なのです。あなたが選び、あなたが生き方を決めるのです」

 何を信仰するか。それは生き方にとても影響してくる大事なことだ。習慣も、食事も、それは結婚まで関わってくるだろう。信仰に人生を左右されると言っても過言ではない。しかし、その大事なことを、親や環境によって決められてしまうこともある。その信仰を、生まれる前に決められるようだ。

「よろしいですか? では、どのような|神理(しんり)があるのかご案内をさせていただきます。|天上界(てんじょうかい)には|三柱(みはしら)の神がおり、選べる|神理(しんり)も三つとなっております」

 案内人から今後の人生を決めるかもしれない、|神理(しんり)についての説明が始まった。

 人生が始まる前の、最初の選択だ。

「第一の|神理(しんり)は、苦しんでいる者を皆が助ける思想。皆は一人のために。一人は皆のために。誰もが相手を助け思いやることで、苦しみはなくなり皆が幸せとなるでしょう」

 それが第一の|神理(しんり)――|慈愛連立(じあいれんりつ)。

「第二の|神理(しんり)は、己を鍛え|強靭(きょうじん)な肉体と精神を身に付けることにより、感じる苦痛を無くす思想。誰もが強き者となることで、苦しみはなくなり皆が幸せとなるでしょう」

 それが第二の|神理(しんり)――|琢磨追求(たくまついきゅう)。

「そして第三の|神理(しんり)が、己の内から苦痛を無くす思想。欲を捨て物事を達観することで、苦しみはなくなり皆が幸せとなるでしょう」

 それが第三の|神理(しんり)――|無我無心(むがむしん)。

 説明された三つの|神理(しんり)に魂は考える。

「これらが選べる三つの神理(しんり)となります。あなたに合った|神理(しんり)はどれでしょうか。どれも方向性は違えど、きっと役に立ってくれるはずです」

 重要な選択なだけに答えに迷うが、魂は決断したようだ。

「お決まりになりましたか? 分かりました。それではこちらへどうぞ。これから|天下界(てんげかい)へと降りていただき、あなたの誕生となります。あなたの物語が始まるのです」

 魂は導かれ引き寄せられていく。そして、まるで自身が落下していく感覚に襲われた。どこまで落ちていくのか分からないがそれはすぐに終わった。魂は肉体を得た実感と共に、誕生の産声を上げる。

「オギャア! オギャー!」

 こうして|天下界(てんげかい)にまた一つ、新たな命が生まれたのだった。

「それでは、いってらっしゃいませ。あなたの人生に幸多きことを」

 人生の、始まりだ。

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