
再婚相手は元婚約者の宿敵
章 3
芦田結菜 POV:
意識が戻ると, 私は病院のベッドに横たわっていた. 頭の左側には, ずきずきとした痛みが走っていた. ぼんやりと目を開けると, 裕子姉さんの顔が見えた. 彼女は私の手を握り, 涙を流していた.
「結菜! よかった, 目が覚めたのね! 」
私はゆっくりと起き上がろうとしたが, 頭痛と目眩で再びベッドに沈んだ. 裕子姉さんが心配そうに私を支えてくれた.
「清彦は…どこに? 」私の口から, 絞り出すような声が出た.
裕子姉さんは顔を曇らせた. 「清彦は…栞代さんのところにいるわ. 」
その言葉を聞いた瞬間, 私の心臓は冷たい水に浸されたようだった. 事故の直前の彼の叫び声, 栞代の名前. そして, 意識を失う直前に感じた, 私への完全な無関心. 全てが繋がった.
「先生の話では, 清彦さんの車は前方不注意で, 電柱に衝突したそうです. 衝撃で, あなたは助手席から投げ出されて…」裕子姉さんは言葉を詰まらせた. 「清彦さんはすぐに栞代さんの元へ駆けつけ, あなたのことは病院のスタッフに任せて去っていったわ. 」
私はただ, 天井を見上げていた. 涙はもう出なかった. 体中の痛みが, 心の痛みに比べれば, 取るに足らないものに思えた. 彼の愛は, こんなにも脆く, こんなにも薄っぺらいものだったのか.
病室のテーブルの上に, 私の携帯電話が置いてあった. 画面には, 何十件もの着信履歴が表示されていた. 全て, 清彦からのものだった. 私は呆然とそれらを見つめ, 一つずつ, 彼からの連絡履歴を削除していった. 彼の声も, 彼の言葉も, もう私には必要ない.
ベッドの中で, 私は清彦との七年間を思い出していた. 初めて会った日, 彼は駆け出しのパティシエだった私に, 目を輝かせて言った. 「芦田さん, 君のスイーツには人を幸せにする不思議な力がある. いつか, 君のケーキで世界を驚かせたい. 」
私はその言葉に深く感動し, 彼の夢を自分の夢として追いかけた. 彼の会社がまだ小さかった頃, 私は徹夜で試作を繰り返し, 新しいレシピを開発した. 彼の成功を願い, 自分の全てを捧げた. 彼はいつも私に言った. 「結菜, 君は僕の最高のパートナーだ. 君なしでは, 僕の成功はありえない. 」
その言葉は, 全て嘘だったのか.
私は携帯電話を手に取り, 栞代のSNSを再び開いた. そこには, 清彦が栞代の手を握り, 優しく微笑んでいる写真が投稿されていた. コメントには「清彦さんが献身的に看病してくれている. 本当に感謝しかない」と書かれていた. そして, その写真の背景に写っていたのは, 清彦が私に「出張」だと言っていた旅館の部屋だった.
私の視界がぼやけた. 胃のあたりが, ぞっとするほど冷たくなった. 彼は私が入院中に, 栞代と密会していたのだ. 私の心臓が, まるで冷たい鋼の鎖でがんじがらめに縛られたかのように, 激しく痛んだ.
私は携帯電話をベッドサイドのテーブルに投げつけた. 音を立てて転がる携帯電話. 私の涙は, もう枯れ果てたと思っていたのに, 再び目から溢れ落ちた. 私はただ, ひたすらに泣いた. この七年間の全てが, 偽りだったという事実に, 私の魂が悲鳴を上げていた. この痛みは, 私の人生の中で最も深い絶望だった.
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