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失われた記憶の恋人 の小説カバー

失われた記憶の恋人

交通事故に遭い一週間の昏睡状態に陥っていた恋人の栗崎修一。彼が意識を取り戻した直後、平穏だった二人の関係は残酷な終わりを迎える。目覚めた修一は、長年秘めていた想い人の存在を思い出したと告げ、遠藤美咲に冷徹な別れを突きつけたのだ。「記憶を失っていた時期の行動はすべて本心ではない。今日から俺たちは他人だ」と言い放ち、これまでの愛の日々を無かったことにしようとする修一に対し、美咲は引き止める言葉を持たなかった。深い絶望と悲しみの淵に立たされた彼女は、ある決断を下す。それは、勤務先の研究室で開発に成功したばかりの画期的な新薬の臨床試験に参加することだった。一度服用すれば、特定の記憶を脳内から完全に消去できるというその薬。担当者から「本当に覚悟はできているのか」と最終確認を求められた美咲は、修一との思い出をすべて抹消し、彼を赤の他人として生きる道を選ぼうとする。失われた記憶が呼び覚ました残酷な真実と、苦痛を逃れるために自らの記憶を消そうとする女。科学の力が交錯する中で、二人の運命は決定的な破滅へと向かっていく。
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2

遠藤美咲の恩師は著名な薬学者であり、美咲はその一番弟子だった。

数ヶ月前、彼の研究開発チームが一つの新薬を開発した。

この薬は、特定の記憶によって鬱や耐え難い苦痛に苛まれる患者を救うためのものだ。

服用すれば、記憶は十日以内に少しずつ、そして完全に消え去る。

治験の希望者は多かったが、最終的に服用する勇気を持つ者はほとんどいなかった。

「大学院を卒業した時、私のチームに誘っただろう。それなのに君は、あの落ちこぼれのろくでなし、栗崎修一に惚れ込んで、彼について行ってしまった!」

恩師は美咲の魂が抜けたような姿を見て、腹立たしくもあり、不憫でもあった。

美咲は自嘲気味に笑った。「大丈夫ですよ。先生のところには、後悔を消す薬があるじゃないですか」

大学院時代、彼女は恩師の下で数多くの研究に携わったが、最終的には修一のために、約束されていたはずの輝かしい前途を諦めたのだ。

かつては、愛のために捨てたすべてに価値があると信じていた。

しかし今、もう一度機会が与えられるなら、彼女は間違いなく別の道を選ぶだろう。

美咲は薬を飲もうと俯いた。

携帯電話が、リマインダーを知らせる「ピピッ」という音を立てた。

美咲が顔を伏せると、メモには「栗崎修一とデート」と書かれていた。

それで美咲は思い出した。以前、修一がサプライズを贈ると言っていたことを。

そして明日が、まさにそのサプライズの日だった。

彼から送られてきたレストランの住所を見つめ、美咲は呆然としていた。

まだ飲んでいない薬が手のひらで寂しげに転がっており、まるで彼女の「土壇場での怖気づき」を嘲笑っているかのようだった。

翌日、美咲は何かに導かれるようにそのレストランへ足を運んだ。

「いらっしゃいませ、遠藤美咲様でいらっしゃいますか」

「栗崎様が半月前にレストランを貸し切りにされまして、あなたに最高の思い出をプレゼントしたい、と」

美咲は個室へと案内された。

ドアがゆっくりと開かれた瞬間、彼女は息を呑んだ。

目に飛び込んできたのは、炎のように燃え盛る、一面の薔薇だった。

天井にはピンク色の風船がいくつも浮かび、一つ一つの風船の下には小さなメッセージカードが結び付けられている。

続いて、レストランの支配人が大きなケーキを運んできた。ケーキの傍らには、精巧な作りのジュエリーボックスが置かれていた。

「美咲様、栗崎様がサプライズをご用意されていたのですが、本日はご連絡がつかず……。先にお越しいただけてよかったです。お二人の末永いお幸せを願っております」

美咲はトレーの上のジュエリーボックスを手に取り、ゆっくりと開けた。

きらりと輝くダイヤモンドの指輪が目に飛び込んできた。

美咲は、今日が二人の交際二周年の記念日だったことを、ふと思い出した。

修一が数日間、何やら忙しそうにしていたことも思い出す。何か隠している秘密でもあるのかと笑って尋ねると、

彼は楽しそうに彼女の頭にすり寄ってきた。

「サプライズだよ」

「その時が来ればわかるさ」

このサプライズが、こんな形で自分の目の前に現れるとは、美咲は思いもしなかった。

彼が心を込めて準備した、プロポーズの舞台だった。

美咲は魂が抜けたように、しばらくしてようやく立ち上がった。

その時、外から聞き覚えのある、騒がしい声が聞こえてきた。

「おいおい大丈夫かよ、修一の兄貴はまだ退院してねえのに」

「それがどうした、前祝いだ」

「そうそう、健康と記憶、それから独身に戻ったことを祝ってな!」

美咲の姿を認めた途端、陽気な笑い声がぴたりと止んだ。

栗崎修一が車椅子に座り、佐々木詩織に押されていた。

美咲の指が微かに震えた。

彼女はゆっくりと前に進み出ると、その精巧なギフトボックスを修一の手に押し付けた。

「あなたが来たのなら、これは持ち主に返すべきね」

修一は頷いた。その眼差しは、まるで見知らぬ他人を見るかのように冷たかった。

「わかった」

「そうだ、遠藤美咲」彼は静かに言った。「埋め合わせはするから、忘れてくれ」

美咲はその場に凍りついた。

「家に置いてある君の物は、家政婦に整理させて君の元へ――」

「いいえ、結構よ。自分で片付けられるから」

美咲は彼の言葉を遮った。

「今後、もし会うことがあっても――知らない人ってことにして」

言い終えると、彼女は俯いて彼のそばを通り過ぎた。

レストランを出ると、彼女はバッグから例の薬を取り出し、一気に飲み下した。

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