フォローする
共有
愛は私の檻、救いではなかった。 の小説カバー

愛は私の檻、救いではなかった。

食品業界の重鎮、藤堂家の令嬢・美月として過ごした五年間は、私にとって渇望していた「家族」という名の救いだった。溺愛してくれる両親と完璧な夫・圭介に囲まれ、幸福の絶頂にいたはずの私は、ある日、偶然迷い込んだ農園で残酷な真実を突きつけられる。そこには、死んだと聞かされていた義妹の玲奈と、彼女との間に生まれた子供と睦まじく笑い合う夫の姿があった。両親もまた、彼らの隠れた生活を支援する共犯者だったのだ。さらに圭介の記録から、私が邪魔になれば薬物で精神を蝕み、社会的に抹殺する計画までもが露呈する。信じていた愛は、私を閉じ込めるための偽りの檻に過ぎなかった。絶望の淵で純真な心は死に、復讐に燃える冷徹な女へと変貌を遂げた私は、反撃の機会を伺う。数日後の会食、母から差し出された薬入りのワイン。彼らの計画の始まりを悟りながらも、私は冷ややかな微笑を浮かべてそのグラスを一気に飲み干した。偽りの平穏は終わり、ここからは私が仕掛ける破滅のゲームが幕を開ける。
共有

2

藤堂美月 POV:

翌朝、圭介さんは完璧な夫だった。

ベッドまでコーヒーを持ってきてくれ、その親指が私の頬を撫でる。その優しさが、今は暴力のように感じられた。

「今日は少し顔色がいいみたいだね」

彼は言ったが、その笑顔はどこか目に届いていなかった。

「少し休んだから」

私は嘘をつき、力ない笑みを返した。

「今朝は少し出かけなくちゃいけないんだ」

彼はネクタイを締めながら、私の視線を避けて言った。

「今日は……ほら、玲奈の命日だから。お墓参りに行きたいんだ。一人で」

その嘘はあまりにも見え透いていて、あまりにも淀みがなくて、私の肺から空気を奪った。

彼は、守っている女の思い出を、彼女に会いに行くための口実に使っているのだ。

「もちろんよ」

私は不気味なほど穏やかな声で言った。

「行ってきて。時間は気にしないで」

私のあっさりとした同意に、彼は安心したようだった。

身をかがめてキスをしようとしたが、私は最後の瞬間に顔を背け、彼の唇は私の頬をかすめた。

あまりに強い嫌悪感が全身を駆け巡り、私はシーツの下で太ももに爪を立てて、身を引くのを堪えた。

その小さな鋭い痛みが、歓迎すべき気晴らしになった。

彼が出て行き、玄関のドアが閉まる音がした瞬間、私はベッドから飛び出した。

記憶だけではだめだ。具体的な証拠が必要だった。

最初に向かったのは、彼の書斎だ。

机の上には、彼のノートパソコンが閉じられていた。

それを開くと、心臓が激しく鼓動した。電源が入り、ログイン画面が光る。

背景画像は、海に沈む夕日の写真。新婚旅行で私が撮った写真だった。

今や汚され、内側から腐りきった思い出。

彼は昔からパスワードに無頓着だった。

彼の誕生日を試す。だめだ。

私たちの結婚記念日。拒否された。

その時、冷たい考えが頭をよぎった。

あの子。大和くん。彼の誕生日はいつだろう?

玲奈が「死んだ」のは五年前。あの子は四歳くらいに見えた。

彼の母親の誕生日、会社の創立記念日――いくつか試したが、すべて拒否された。

苛立ちが募る。諦めかけたその時、机の吸取紙の隅に挟まれた、黄色く変色した小さな付箋が目に入った。

ほとんど隠れるようにして置かれていた。

そこには、圭介さんの見慣れた筆跡で、二つの言葉が書かれていた。

`D-Day: 0828`

D-Day?軍事コード?意味がわからない。

その時、閃いた。

D……大和のD。八月二十八日。

何年も前、玲奈が私との口論中に叫んだ言葉を思い出した。

「八月二十八日は世界で一番大事な日なのよ!あなたなんかにわかるわけない!」

当時はただのヒステリーだと片付けていた。でも、今は……。

私は数字を打ち込んだ。0828。

アクセスが許可された。

現れたデスクトップの壁紙に、私の胃は固く、痛みを伴って締め付けられた。

彼らだった。

圭介さん、玲奈、そして小さな大和くんが、四本のろうそくが立てられた誕生日ケーキの前に座っていた。

完璧な家族のように見えた。幸せで、本物の。

震える手で、私は彼のファイルを開いた。

フォルダの中に隠されたフォルダ。彼の秘密の人生の、デジタルな迷宮。

私はすべてを見つけた。

写真。何百枚もの。

大和くんの最初の第一歩。家族としての最初のクリスマス。

見たこともないビーチでの休暇。

どの写真にも圭介さんが写っていて、ここ数年見たことのない、無防備な喜びで輝いていた。

そして、銀行の取引明細書を見つけた。

共同名義の口座からの、毎月の送金。

その共同名義人は、圭介さんと……お義父様。

母の名前は、農園近くの私書箱に送られた豪華な贈り物の取引記録にあった。

おもちゃ。デザイナーズブランドの子供服。

藤堂大和のために設立された信託基金。

彼らはただ玲奈を隠していただけではなかった。彼女に資金を提供していた。

彼女の子供を、自分たちの子供として受け入れていたのだ。

彼らの、本当の孫として。

胸に空虚な痛みが走った。心臓があったはずの場所に、ぽっかりと穴が開いたようだった。

両親が私に言ったすべての愛情のこもった言葉、すべての愛情表現が、心の中で再生され、今や残酷な嘲笑へと歪んでいった。

結婚式での圭介さんの誓いの言葉を思い出した。

「誠実さと信頼を土台に、僕たちの人生を築くことを誓います」

その言葉が、静かな部屋に響き渡る。苦く、皮肉な亡霊のように。

彼は私に誓っていたのではなかった。彼女に、彼らに誓っていたのだ。

めまいに襲われ、私は机からよろめき、書類の山を床に落としてしまった。

ここから出なければ。

この家では息ができない。決して本物ではなかった人生の亡霊たちに囲まれて。

立ち去ろうとしたその時、ノートパソコンの画面に通知がポップアップした。

新しいメッセージ。画面はまだ開いたままで、彼らの世界への窓となっていた。

玲奈からだった。

`「早くこっちに帰ってきて。大和がパパに会いたがってる。あなたの本当の家族の元へ」`

その言葉は、直接的で、意図的な一撃だった。

彼女は知っている。彼が私と一緒にいることを知っているに違いない。

これは挑発だ。彼女の勝利を誇示する、最後の、そして決定的な一撃。

私のスマートフォンが鳴り、圭介さんの笑顔が画面いっぱいに広がった。

私はそれを見つめた。視界が揺らぐ。

「やあ、ハニー」

彼の声は陽気で、吐き気がするほど普通だった。

「今、『お墓』を出たところだよ。道がすごく混んでる。もうすぐ帰るから。愛してるよ」

私は一言も返さずに電話を切った。

受動的に発見する時間は終わった。

今、私には計画が必要だった。

彼らの物語の犠牲者にはならない。消されるわけにはいかない。

私は鍵を掴んだ。心は冷たく、計算された怒りの嵐だった。

あの農園に戻らなければ。

すべてを、この目で、最後にもう一度見るために。

そして今度こそ、彼らの世界を焼き尽くす証拠を手に入れる。

おすすめの作品

ゴミと捨てられた80歳の祖母、実は世界最強のプリンセス。 の小説カバー
7.9
猛吹雪が吹き荒れる聖夜、私と祖母は血の繋がった叔父の手によって、まるで不要なゴミのように極寒の屋外へ放り出された。叔母からは忌まわしい疫病神と罵声を浴びせられ、叔父の容赦ない暴行に私はなすすべもなく雪原に倒れ込む。次第に体温を失っていく祖母の体を必死に抱きしめ、手のひらに爪が食い込むほどの絶望の中で死を覚悟したその時、突如として強烈な光が闇を貫いた。貧民街の路地を封鎖するように現れたのは、外交官ナンバーを掲げた高級車ロールスロイスの車列だった。周囲が騒然とする中、車から降り立った老執事は、四十年間も「盲目の老人」として静かに暮らしてきたはずの私の祖母のもとへ歩み寄る。そして、敬意を込めてその場に跪くと、信じがたい言葉を口にした。「高貴なる一族の第一公女殿下、お迎えに上がりました」。捨てられたはずの祖母の正体は、世界を揺るがすほどの影響力を持つ最強のプリンセスだったのだ。最底辺の淵から、運命の歯車が音を立てて逆転し始める。
戻れない約束、離れられない心 の小説カバー
8.2
家族から見放され、冷酷な悪党の手に堕ちていた彼を、私はただ同情心から救い出した。地獄から抜け出した彼は、一生をかけて私を大切にすると誓ってくれたはずだった。しかし、彼が本来の家族に受け入れられ、かつての地位を取り戻したとき、現実は無情に崩れ去る。私は偶然にも、彼が友人の前で放った本心を聞いてしまったのだ。「あんな女は愛に飢えた年増に過ぎない。下心を抱いて俺に近づいたんだ。もし命の恩人でなければ、そばに置く価値もない」と。彼にとって私は、救済者ではなく打算的な女に過ぎなかった。真実を知った私は絶望し、彼の望み通りその前から姿を消す決意をする。ところが、いざ私が離れると、彼は激しい後悔に苛まれることになる。かつての傲慢さは消え失せ、彼は充血した瞳に涙を浮かべながら、震える声で私に縋り付いてきた。「お姉さん、僕を捨てないと言ったじゃないか」と。一度壊れた約束と、冷め切った心。すれ違う二人の愛の行方は、あまりにも皮肉な結末へと向かっていく。
「離婚してください」と言ったのに。~冷酷社長の執着愛からは逃げられない~ の小説カバー
9.5
周囲には秘匿したまま、三年に及ぶ結婚生活を送ってきた二人。妻は献身的に夫を支え、いつか冷え切った彼の心に愛が灯る日を信じていた。しかし、夫の忘れられない女性が帰国したことで、彼女の淡い期待は無残に打ち砕かれる。心を殺して離婚を切り出した彼女に対し、夫は冷酷に「永遠に別れは認めない」と拒絶し、執着心で彼女を縛り付けようとする。だが、その強引さが仇となり、彼女の心は完全に離れてしまった。時が流れ、再会を果たした彼女は、医薬業界の寵児として輝かしい成功を収めていた。多くの求婚者に囲まれる彼女の記憶から、かつての夫の存在は完全に消え去っている。自身の愚かさを悔やみ、執着を募らせた彼は「忘れたのなら、俺が思い出させてやる」と強引に彼女の人生に再び介入する。逃げようとする彼女を離さず、情熱的な独占欲を露わにする彼。かつての冷淡な態度は消え、暴君のごとき執着愛で彼女を翻弄していく。失った愛を取り戻すための、後悔と執着に満ちた溺愛劇が幕を開ける。
余命宣告された妻に、愛人との結婚を祝わせる狂気。 の小説カバー
9.4
結婚5周年という節目に、妻が夫から手渡されたのは祝杯の言葉ではなく、一通の結婚式の招待状だった。その相手は、妻が5年もの歳月を捧げて献身的に介護し、ようやく植物状態から目覚めたはずの、夫にとって「忘れられない女性」だったのである。あろうことか夫は、自らの再婚の立会人になってほしいと、妻なら受け入れてくれるはずだという無垢な期待を込めて願い出る。あまりにも残酷な仕打ちに対し、妻はスマートフォンを握りしめながらも、静かにその要求を承諾した。しかし、夫はまだ何も気づいていない。妻がこれほどまでに潔く身を引いた真の理由が、彼女自身の体に末期の脳腫瘍が巣食い、すでに余命宣告を受けていたからだという事実に。そして、愛を誓うはずの今日という記念日が、夫にとって一生消えることのない深い絶望と後悔の始まりになるということを、彼はまだ知る由もなかった。裏切りと献身、そして命の灯火が交錯する中で、夫婦の絆はあまりにも歪な形で終焉へと向かっていく。
婚約者の双子、残酷な欺瞞 の小説カバー
8.9
一年間、愛を誓い肌を重ねてきた婚約者の正体は、替え玉の双子の弟だった。真の婚約者である一条蓮は、義妹の香織と裏で結ばれ、私を欺き続けていたのだ。彼らの目的は、私を弟と結婚させた後に事故を装って殺害し、私の角膜を香織に移植するという戦慄すべき計画だった。真実に気づいた私を待っていたのは、香織が仕組んだ暴行の濡れ衣と、蓮による無慈悲な折檻だった。床に血が流れても蓮の手は止まらず、さらには香織が犯した祖父殺しの罪まで私に着せ、彼は私を精神病院へと幽閉した。五年の歳月を共にしても、彼は一度も私を信じず、ゴミのように捨て去ったのだ。しかし、彼らは大きな誤算をしていた。私はただの無力な孤児などではない。巨大財閥の令嬢、西園寺暁としての顔を持っていたのだ。地獄の底から救い出された私は、自らの死を偽装して表舞台から姿を消した。そして今、すべてを奪い返すための復讐が始まる。偽りの愛に決別を告げ、真の姿を取り戻した私は、自分自身の人生を歩むために再び彼らの前に現れる。
挙式当日に婚約破棄され、彼の父親に嫁ぎました の小説カバー
8.0
ヴェラ・ウォンの純白のドレスに身を包み、幸せの絶頂にいたはずの結婚式。しかし、婚約者のジェイムソンは誓いの言葉を前に「自由を求める」とSNSに投稿し、パリへ逃亡してしまった。取り残された私を待っていたのは、家族からの無慈悲な言葉だった。実の父は買収契約の失敗を私のせいだと責め立て、連れ戻せなければ卑劣な従従兄弟と結婚しろと脅す。継母も世間の物笑いの種だと私を罵り、家族にとって自分がただの駒に過ぎないことを痛感する。裏切りと絶望の淵で、私の心には冷徹な怒りが宿った。愛に縋った末路がこれならば、もう心などいらない。自分の価値を他人に決めさせるのは終わりだ。私はドレスを翻し、逃げた男の後を追うのではなく、彼の父親であり巨大帝国の支配者であるフレッチャーのもとへ向かった。「私と結婚してください。それがあなたの株価を守る最善の策です」。愛を捨てた私が選んだのは、裏切った者たちへの復讐を誓う、冷徹な義父との契約結婚だった。この決断が、私の運命を大きく変えていく。