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空に生きる の小説カバー

空に生きる

人は生きていく中で、自分自身の意志や努力だけでは決して制御することのできない「才能」という残酷な壁に直面することがあります。持って生まれた資質が人生の行方を左右し、時には残酷な格差を突きつける現実に、私たちはどのように向き合うべきなのでしょうか。本作は、そんなままならない運命に翻弄されながらも、懸命に歩み続ける人々の姿を静かに描き出します。物語の核となるのは、予期せぬタイミングで訪れる他者との「出会い」です。孤独な魂が誰かと巡り会い、心を通わせることで、それまで固執していた価値観や閉ざされた世界が少しずつ、しかし確実に塗り替えられていきます。自分一人では変えられなかった景色が、他者という鏡を通すことで新しい色彩を帯び始め、停滞していた人生が再び動き出す瞬間。才能という抗えない力に対する葛藤と、人との繋がりがもたらす再起の可能性をテーマに、変化し続ける人生の機微を繊細な筆致で綴る現代ドラマです。出会いが導く再生の軌跡を、ぜひその目で見届けてください。
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3

「『知っている』って?知り合いなの?」

 如月さんはやっと事を飲み込めたかのように聞いてきた。

 「…はい。と、いっても、

  なずなさんは僕のことを覚えているかどうかわかりません。」

 僕の回答に、如月さんはまた目を見開いた。

 「は?さっきから何言っているのか…どうも状況がわかんないんだけど…。」

 「すみません…。」

 僕は軽く頭を下げて謝った。

 「いや、悪いとは言ってないけど、

  つまり、、込み入った話なんだね。」

 如月さんは声音を低くしていった。真剣になった表情は、なんとも言えない甲斐甲斐しさを感じた。

 なずなさん、彼女との出会いはネットだった。

20年近く前、当時はパソコンとネットが普及し始めた時代だった。

まだ10年余りしか生きてなかった僕は、親からパソコンを買い与えられた。親は共働きで仕事人間でいつも仕事に忙しくしていて家に居なかった。

夜ごはんは、準備してあるか、食材宅配サービスを取っていて自分で簡単に作るか…もしくはスーパーの総菜を食べるかしていた。

そんな僕に少し申し訳なさを感じていたのだろう、留守番の時に楽しめるように、もしくは、学習に使えるようにとパソコンを買ってくれた。

それから僕はインターネットに見事にはまった。時事ネタ、芸能ネタを検索したり、占いやゲームに没頭した。その当時も掲示板は流行っていた、色んな意見が飛び交い尚且つネット独特の言葉遣いが面白かった。そしてチャットというものが流行っていた。

 僕は小学校に通っていたが学校生活は好きではなかった。

僕の顔は、細く吊り上がった目にこけた頬、ガリガリで角ばった肩から奇妙に長い手足が伸びていた。つまり、顔も良いわけではないし、人と話す時、視線に怯え、声がくぐもった。返事一つ上手にできない僕に、周りは、もういいよと去って行った。

だから僕はいつも教室の自分の席で細々と休み時間を過ごしていた。

毎日、学校が嫌で登校中のランドセルはひどく重く感じた。

現実に満たされない僕は、容姿を隠して使えるネットの世界にのめりこんでいった。

 その年の文化祭、クラスでお化け屋敷をすることになった。

教室を真っ暗にする為に日光を遮断するための段ボールやお化けの衣装など、クラスで買い出しにいくことになった。全員では多いのでじゃんけんで決めようということになり、勝った人先着10名で買い出しをすることに決まった。

いつもじゃんけんはまぁまぁな僕だが、その時は勝ち進んでしまい、10名に入ってしまった。そうしたら、勝った人のメンバーの一人が言ったのだ。

 「え、成田も行くのかよ。やだよ。」

 僕はビクリとした。

そして他の子も言った。

 「成田は全然しゃべんないし、みんなの輪がくずれるんだよね。」

 さらにまた別の子が続けて言った。

 「しかも押し黙った顔がいつもムッとしているようで、

  遠くから見るとバケモンみたい。一人トレードしようよ。

  成田、委員長と替われよ。」

 あまりにも露骨に中傷された。

委員長やクラスの何名かは少し同情的な眼差しを僕に向けたが、場を収めるように

 「ごめんね、成田君。僕が代わりにいくから。」

 と、委員長は彼らに同意した。

 どうしようもない虚無感と自己嫌悪に苛(さいな)まれた。

まだ10年余りしか生きてない僕は、引っ込み思案という性格に加え生まれながらに不器量な顔という自分ではコントロールできない不幸に絶望した。

 帰宅した僕は、ご飯も食べずに真っ先にパソコンと向き合った。

検索エンジンを開いた。

そして、“学校 行きたくない”、とタイプした。

涙が一筋目尻から零れ落ち、Enterキーを押す手は震えていた。

何かパソコンが答えてはくれないか、そう心に念じた。

そう、僕のたったひとつの友達…パソコン…。

 検索エンジンは僕の文字を拾い、検索にヒットしたワードを並べた。

僕は無心にスクロールしていった。

すると僕の指が止まった。

“不登校 チャットルーム”

誰か、居やしないか、こんな僕の心を拾ってはくれないか、

そんな思いが過よぎり、首を振って制し、呼吸を深く吸ってそっとクリックした。

 開かれたのは、綺麗なアニメ絵が描かれたホームページ。

耳の尖った妖精のような男の子が楽し気に動物に囲まれ笛を吹いている。

そんなファンタジーな絵、そして“ようこそ”と書かれていた。

“学校が行けない人のための心の拠り所”と説明書きがあり、チャットルームの案内があった。

 僕は迷わずチャットルームを開いた。

すると、そこには一人、チャットルームに言葉を並べてる人がいた。

HNは“このみ”。女の子のようだ。

詩のような言葉を呟いていて、読んでいくとどこか聞いたことがある言葉だ。

(あ!)

流行りの女性歌手が歌う歌の歌詞だった。

こんなチャットルームで一人何をしているんだろうと僕は不思議に思った。

すると、別の人が一人、チャットルームに入室してきた。

“サイ”というHNの人で、このみに

 「こんにちは」

 と挨拶した。

このみも

 「こんにちは、元気?( ゚∀゚)ノ」

 と明るい感じで返してきた。

 「今日も暇で、待ってたよ。」

 と、このみ

 「まだ夕方だよ。夜にはみんな来ると思うよ。」

 と、サイは言った。

二人が挨拶を交わしているとまた一人入ってきた。

 「はじめまして!」

 とこのみはすぐに挨拶した。新参者だったらしい。

 「15歳、女です。よろしくね!(*^_^*)」

 このみは慣れたているように自己紹介をした。

 「13歳、哲弥よろしくお願いします。」

 と新参者も挨拶した。

その後、今はまっているゲームの話やテレビ、アイドルの話題から今日の夕飯の話まで延々と会話していた。

顔が見えない世界で文字だけが飛び交っている。

リアルタイムで会話が成立していて、偏見を持たれずに親交が深められる感じがした。僕は相変わらず、ROM(read only member)していたが、チャットの会話に釘付けになっていた。

何日も僕はそのサイトに来てはチャットをROMしていた。入室する勇気はまだなかった。大体このチャットにくる常連メンバーの名前と雰囲気(文字だけであるが…)を覚え、時々、管理人も登場した。

 ある日、いつもの日常の会話の後で、突然みんなで創作話を作ろうなんて言い始めていた。みんな詩や物語を作るのに興味があるらしく、チャットとは別に併設されていた掲示板には自己紹介の他に、思い思いに色んな人が詩や物語を投稿していた。その話題になり、そこからチャットで順番に物語を作って繋げてみようということになった。ファーストバッターは、このみ。

 「テストに見事に惨敗した日の夜明け。

  窓から暁の光がほのかに覗き私は窓を開けた。

  その赤い光に心がとらわれ、導かれるように部屋を飛び出した。

  玄関出て歩道に立つと、突然下へと落っこちた。

  歩道のマンホールの蓋が開いてるのに気づかなかったのだ。」

 と、早打ちでチャットルームにこのみの文字が上がった。

 「何、最初っからここまで設定が決まってるの?(・∀・)」

 と、常連のじゅーじが言った。

 「えーだめなの?(笑)(;^_^)誰か続きちょうだいよ!」

 なずなは、話を変える気もなく催促した。

僕はチャットに踊る物語にドキドキとした。僕は、こうみえて物語の創作が好きだった。この話の続きを打ってみたくなった。

気が付くと入室ボタンを押し終わっていた。

HNは翌檜あすなろ、さっさと挨拶と自己紹介もしてしまった。そして話の続きを書くのを僕も参加すると言った。

 このみは嬉しそうに

 「ありがとう。(≧∀≦)」

 と返事をした。僕は話の続きを書き、そしてその続きを別の人が順々に打っていった。人の数だけみんな感性が違い、物語は想像とは違う世界へ導かれ、みんな、面白おかしく楽しんでいた。

その日から時々僕もチャットに参加した。たいていはROMであったが。

 チャットに来るみんなは、不登校や学校を休みがちだったり中卒で進学してなかったりしていた。学校の話題もすることも多く、進路や将来についても語り合っていた。

 チャットに僕となずなとあともう一人しかいない少人数だったその日も、将来についての悩みや思いを話していた。

そんな話をしている時、このみは、突然

 「翌檜(あすなろ)って植物の名前なんだね。

『明日はあすなろより品位の高い檜(ひのき)になろう』

  っていう意味なんだね。調べたよ!いいね☆(≧▽≦)」

 と僕の名前を褒めちぎった。それからその時に、教えてくれた。

 「わたしの本名も植物の名前なんだよ!“なずな”っていうの!(/∀\*))」

―――—――――—

 「えっ?」

 僕の長い話の腰を折って如月さんが感嘆した。

 「その子がなずなって名前だったってだけなの?

  それじゃあ同じ子かわからないじゃん。

  同じ名前の子は他にもいると思うけど。」

 僕はすかさず言った。

 「その後、住んでる場所も教えてくれたんだ。

  ちょうどその田河実さんと同じ県で同じ町だった。

  年齢も同じだし、それに…。」

 「それに?」

 如月さんはテーブルに腕をついて近づいて先を急かした。

 「写真だって見たんだよ。」

 如月さんは夢か幻のような得体の知れないものを見るような目で僕を見つめた。

 「同じ顔だった。まったく。」

 如月さんは、アイスティーを一口飲んだ。

テーブルにグラスを戻した時、カランと涼し気に氷は鳴った。

 「話は大体推察できたよ。今もその…なずなさんとは連絡とってるの?」

 僕は心の奥でチクリとした。

 「いいえ。」

 僕はアイスコーヒーを口に押し込んだ。グラス表明に浮く水汗は僕の手にまとわりついた。

 「あれから、チャットは荒らしにあったんだ。

  掲示板では、不登校児に対する罵詈雑言(ばりぞうごん)で埋め尽くされ、

  チャットも占拠された。

  聞いた話によると、荒らしは、なずなさんのネットの知り合いだったらしい。

  なずなさんは『やめて、やめて。』と抗議してたけど…相手は荒らし続けた。

  荒らしはチャットにこのみの「顔を曝せ」と脅迫してきて、

  このみはチャットに自分の写真をアップした。

  その時に、僕らは彼女の顔を知ったんだ。

  騒動は、一週間くらいで鎮静化したけど、

  なずなさんはそれ以来帰ってこなかった。

  皆もこのサイトへ足を運ばなくなった。

  そしてそのサイトは閑散し、今はもうない。」

 如月さんは、話に聞き入っていて手を付けてなかったサンドイッチを食べ始めた。海老とアボカドのサンドイッチで頬が膨らみ、もぐもぐと食べた。

僕は、昔話から日常に呼び戻されたような感覚になり、お腹を触ると少し空いているのを感じた。

ホットサンドに手を触れるともう表面が少し冷めていた。そしてボリュームがあって慎重に掴まないと中身がこぼれそうだった。

ハムとたまごとチーズのホットサンドを食べようか食べまいか少し躊躇していた時、如月さんは苦笑して言った。

 「ハハハ。偶然の話なんでしょ。要するに。

  昔ネットで交流があった人の関係者からファンレターをもらったという。

  知名度そこそこ上がればあり得る話だよ。

  そんなことで動揺しなくていいでしょ。」

 指摘された通り僕は変だ。

だけど確かな理由がある。

 「僕は…僕の頭は…

  あれからずっと彼女のことから離れられないんだ。」

 「へ?」

 「僕は彼女―なずなさんに恋をしているんです。」

 不登校の交流サイトを利用していたあの頃、

ホームページの掲示板に、なずなやみんなは思い思いに議題や文章を載せたり、パソコンで描いた絵をアップロードしたりしていた。

なずなの絵は、いわゆる夢見る少女の絵、で、両手を組んで祈る少女の姿絵がロマンティックで可愛らしかった。そして自作のホームページも流行っていてなずなも作成を始めた。

 初めて、なずなのホームページにアクセスした日、

画面いっぱいに青い背景が広がっていた。

中央には緑色の葉の生い茂った樹と樹が隣り合って両枝をアーチの様に組んでいて、その下に木造の橋が架かった写真が飾られていた。

なずなが眺めているのどかで…安らぐ自然の風景だった。

そして写真の下には、

「君と君の目と手が織りなして輪になり、

 道なき道に橋がかかる。

 越えていこう、あなたがいる限り・・・。」

 と、ポエムが添えられていた。

 まるで、なずなのプライベートの自室に入り込んだような感覚になり、

なずなの描くホームページの世界に僕は浸った。

投稿された詩を読み、絵を鑑賞し、

なずなによってデザインされ更新されていくホームページを心行くまで楽しんだ。

 僕らは、社会から少し外れていたけど、ネットの中で自由だった。

しがらみに囚われず、とにかく自由で…お互いの趣味や日常を交わし合った。

僕は、あの日々を忘れることができなかった。

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