私は、億万長者の後継者を一晩で手に入れました の小説カバー

私は、億万長者の後継者を一晩で手に入れました

8.9 / 10.0
婚約者の拓海に弁当を届けに向かった先で、私が目にしたのは親友の千夕と密通する彼の姿だった。裏切りに絶望した私は、自棄になってバーで出会った見知らぬ男を一夜の相手として買い、鬱憤を晴らす。しかし、その正体は勤務先である航空会社の親会社を統べるCEOだった。彼との情事は終わらず、フライト中の機内という密室で屈辱的な行為を強いられた上、その様子を隠し撮りされてしまう。「清純派CAの機内売春」という事実無根のスキャンダルが社内に拡散され、私は弁明も叶わず無期限の乗務停止処分を下された。愛も友情も失い、三年間心血を注いだ夢の仕事さえも理不尽に奪われた私は、荷物を抱え絶望の中で会社を去ろうとする。そんな私の前に、突如として四人の黒服の男たちが立ちはだかった。彼らは、あの「悪魔」のようなCEOが地下駐車場で待っていると告げる。私の窮地を救う方法があるという彼の真意とは。全てを失ったどん底の地で、新たな運命の歯車が回り始める。

私は、億万長者の後継者を一晩で手に入れました 第1章

小林静は、手作りの保温弁当箱を胸に抱きしめ、地下駐車場のひんやりとした空気を吸い込んだ。六年付き合った婚約者の藤井拓海を驚かせるため、彼の好きな料理をわざわざ会社まで届けに来たのだ。

彼の愛車である黒のセダンが見える。

静は微笑みながら車に近づいた。

だが、数メートル手前で足が止まる。

薄暗い照明の中、車の窓が怪しく曇っている。そして、微かに揺れていることに気づいた。

心臓が嫌な音を立てて脈打つ。

静は息を殺し、一歩ずつ車ににじり寄った。

「んっ……あっ、拓海……もっと……」

聞き慣れた甘ったるい声。

車のわずかな隙間から漏れ聞こえる喘ぎ声に、静の全身の血が凍りついた。

弁当箱を握る手に力が入り、指の関節が白くなる。

震える足で運転席の窓を覗き込む。

そこには、乱れたシャツの拓海と、彼に跨るようにして体を揺する女の姿があった。

女が陶酔したように顔を上げる。

親友の沢村千夕の顔だった。

頭の中で、何かが断ち切れる音がした。

腕から力が抜け、大切に抱えていた弁当箱がコンクリートの床に滑り落ちる。

ガシャン。

鈍い金属音が響き、車内の二人がびくりと体を震わせた。

拓海が慌てて千夕を突き放し、窓の外にいる静と目が合った。

彼の顔が、恐怖と絶望に歪む。

静は、拓海が慌ててズボンを引き上げる滑稽な姿を、ただ無表情に見つめていた。

胃の中身が逆流し、喉元までせり上がってくる。

吐き気と共に、猛烈な怒りがこみ上げた。

静は踵を返し、駐車場の出口に向かって走り出した。

「静、待ってくれ!」

拓海がドアを開けて追いかけようとするが、千夕がその腕を掴んで引き留める。

その一瞬の隙に、静は駐車場のスロープを駆け上がり、地上に出た。

一台のタクシーが、まるで待っていたかのように目の前に停まる。

静は後部座席に転がり込み、運転手に行き先を告げた。

「新宿。歌舞伎町まで」

ドアが閉まり、車が走り出す。

その瞬間、堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

窓の外で、色とりどりのネオンが涙で滲んで流れていく。

静は震える手でスマートフォンを取り出した。三十分前、千夕から送られてきた「静、今頃拓海くんとラブラブかな?」という偽善的なメッセージが目に入る。裏切りと怒りで、腹の底が煮え繰り返るようだった。

「ふざけないで……」

静はスマートフォンを座席に叩きつけた。

タクシーは、歌舞伎町のけばけばしいネオン街で停まった。静はよろめきながら車を降り、目に付いた「Nuit Noire」という高級そうなバーの扉を押した。耳をつんざくような音楽が、彼女の嗚咽をかき消していく。

静はまっすぐバーカウンターに向かい、空いている席にどさりと腰を下ろした。

バーテンダーの江島智紀が、心配そうにチェイサーの水を差し出す。

静はそのグラスを手で払い除けた。

「一番強いやつ。テキーラを」

立て続けに三杯、喉を焼く液体を流し込む。

アルコールが急速に思考を麻痺させ、視界がぐにゃりと歪み始めた。

「クズ男……裏切り者……」

カウンターに突っ伏し、悪態をつく。

江島がため息をつき、二日酔いの薬を取りにバックヤードへ向かった。

その時、店の奥のVIPルームの扉が開き、一人の男がカウンターに現れた。

体に吸い付くように仕立てられた最高級のスーツ。

この店の猥雑な雰囲気とは明らかに不釣り合いな、圧倒的な存在感。

男がウイスキーを注文したその時。

静がふらりと立ち上がり、足をもつれさせて彼の胸に倒れ込んだ。

男は咄嗟にその細い腰を支える。

鼻をつくアルコールの匂いと、微かなバニラの香水の香り。

彼は眉をひそめ、この酔っ払いを突き放そうとした。

だが、静は彼のネクタイをぐしゃりと掴んで離さない。

潤んだ瞳で男の顔を見上げ、へらりと笑った。

「いい男……」

静はしゃっくりを一つすると、バッグから分厚い福沢諭吉の束を取り出し、カウンターに叩きつけた。

「あなたを買う。この店でナンバーワンのホストでしょ?」

男は目の前の札束を見下ろした。

彼は内心で苦笑した。彼、鷹司暁——六本木のペントハウスに住む巨大コングロマリット「鷹司グループ」の新CEOである自分が、よりにもよって歌舞伎町のホストと間違われるとは。

その不快そうな表情が、一瞬にして面白がるようなものに変わる。

暁は慌てて駆け寄ろうとする黒服のボディガードを手で制した。

静は暁が黙っているのを、金が足りないのだと勘違いしたらしい。

今度は首にかけていたネックレスを引きちぎり、暁の手に無理やり握らせた。

それは、拓海から贈られた安物のティファニーだった。

「お願い……私をどこかに連れてって……」

泣きじゃくりながら、静はつま先立ちで彼の首に腕を回す。

熱い吐息が暁の首筋にかかった。

その瞬間、暁の瞳の奥で何かが燃え上がった。

「後悔しても知らないぞ」

低い声が耳元で囁かれる。

静は必死に首を横に振った。

そして、覚束ない動きで自らの唇を彼の薄い唇に押し付けた。

その行為が、暁の理性の最後の糸を焼き切った。

暁は静の手首を掴むと、その体を軽々と横抱きにする。

そして、唖然とする江島を尻目に大股でバーを後にした。

隣接する最高級ホテルのスイートルーム。

暁はドアを蹴るように開け、静をキングサイズのベッドに放り投げた。

静はくぐもった声を上げ、無意識にもっと温もりを求めるように身じろぎする。

暁はネクタイを引き抜き、シャツのボタンを乱暴に引きちぎった。

鍛え上げられた巨大な体が、静の上に覆いかぶさる。

罰を与えるような激しいキスが、静の呼吸を奪っていく。

静は酸素を求めてもがくが、その両手は簡単に頭上で押さえつけられた。

暁の動きは乱暴だったが、どこか抑制が効いていた。

彼は静の最後の抵抗を、いとも簡単に打ち砕く。

鋭い痛みが走り、静は一瞬だけ意識を取り戻した。

「どうして……拓海……」

目尻から涙がこぼれ落ちる。

静の唇から漏れた別の男の名前に、部屋の空気が凍りついた。

暁の動きがぴたりと止まる。

その瞳に、燃え盛るような怒りの炎が宿った。

次の瞬間、彼は嵐のような激しさで静の意識を完全に飲み込んでいった。

静はその猛烈な嵐の中で気を失った。

暁は、涙の跡が残る彼女の寝顔を、初めて感じる苛立ちと共にただ見つめていた。

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