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その溺愛、手遅れです。 の小説カバー

その溺愛、手遅れです。

結婚から一年、理想の夫・緒方慎也は冷酷な本性を現した。妻の望月星奈が献身的に尽くす傍ら、慎也は実家に幼馴染を囲い、星奈を「商売の道具」としてしか見ていなかった。義母からも蔑まれ、孤独な「生ける未亡人」となった星奈は、ついに決別を決意。未練を断ち切り、離婚届を突きつけて家を飛び出した。専業主婦という仮面を脱ぎ捨て、ビジネスの世界へと返り咲いた彼女は、磨き抜かれた宝石のような輝きを放ち始める。その魅力に惹かれ、星奈の周囲には新たな恋の予感と求婚者たちが次々と現れるようになった。一方、失って初めて彼女の価値に気づいた慎也は、焦燥感に駆られ、かつての傲慢さを捨てて復縁を懇願する。「俺が間違っていた、戻ってきてくれ」と縋る彼に対し、星奈の瞳に宿るのは冷徹な拒絶のみ。裏切りの代償はあまりに大きく、手遅れとなった執着愛が虚しく響く。自らの足で歩み始めた星奈は、過去の因縁を振り払い、華麗なる逆転劇を繰り広げていく。
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緒方慎也は抵抗することなく、藤原初実がベタベタするのを許していた。

彼には確かに、クズ男になれるだけのスペックがある。「イケメン」なんて言葉じゃ安っぽすぎるほどだ。彫りの深い顔立ちに、骨の髄から滲み出る気品。

上半身は黒シャツ1枚で、襟元は少しだけ開いている。長い腕には包帯が巻かれていたが、惨めさよりも、どこか無造作で不敵な色気を漂わせていた。

これじゃあ、初実が既婚者相手だとわかっていても泥沼にハマるわけだ。

慎也は腰をかがめて初実を立たせた。「座って休んでなよ。ずっとしゃがんでると疲れるだろ? 検査結果も見たはずだ。俺はなんともないって」

「全部私のせいだよ。今日、慎也がわざわざ送ってくれなきゃ、こんな事故に遭わなかったのに」 初実は慎也に支えられてベンチに腰を下ろしたが、それは座ったというより、彼の懐に寄りかかったような距離感だった。

望月星奈は少し離れた場所に立ち尽くし、近づけずにいた。濡れた体の寒さなど、胸の奥の冷えに比べれば取るに足らない。

慎也にはとっくに愛想を尽かしている。それでも、他の女とイチャつく姿をこうも正面から見せつけられると、錆びた刃物で心を抉られたような鈍い痛みが走った。

(私と彼女、一体どっちが本当の「緒方の妻」なんだろう。)

1人の医師が星奈の方へ歩いてきた。手にした2枚の検査レポートを掲げ、申し訳なさそうに言った。「すみません、取り違えていました。ご主人は軽傷です。緊急処置が必要なのは、別の『緒方さん』でして。 さっきの10台玉突き事故で、現場が混乱していましてね」

「……そうですか」 星奈は短く答え、立ち去ろうとした。その瞬間、慎也と視線がぶつかる。彼の瞳は闇のように翳り、感情が読み取れなかった。

あまりに久しぶりの再会で、空気が気まずく張り詰める。

星奈はバッグの持ち手をギュッと握りしめた。

沈黙を破ったのは慎也だった。彼は鼻で笑って言った。、「ハッ、俺が死ぬって聞いて、やっと来る気になったか。 生きててガッカリしただろ?」

「私が来ようが来まいが、何が違うの?」 星奈は淡々と答え、視線を初実の方へ流した。

初実は申し訳なさそうに星奈を見つめた。「星奈姉さん、ごめんなさい。全部私のせいで…… 慎也が送ってくれなきゃ、こんなことには……雨の日って事故が起きやすいし」

口では謝っているが、星奈を見るその目は完全に勝ち誇っていた。“愛されている側”の余裕そのものだ。

星奈は視線を逸らし、彼女の言葉には応じず、そのまま踵を返した。

そんな安っぽいマウントで傷ついていたのは、慎也を愛していたからだ。関係を諦めたくなかったからだ。

今や離婚モードのゲージはMAX寸前。初実との腹黒い茶番に付き合う気なんて、もうない。

「望月星奈!」不意に慎也が呼び止めた。

だが星奈は足を止めず、むしろ早足で出口へ向かった。

慎也はその背中を見て目を細め、瞳に冷ややかな光を宿した。(いつからだ?こいつが俺をここまでないがしろにするようになったのは。)

「慎也……」初実が彼の腕を揺する。

声が小さすぎたのか、慎也は完全に無視して立ち上がった。

初実の目が瞬時に赤くなり、声を張り上げる。「慎也!」

慎也はようやく振り返り、心ここにあらずという様子で初実の頭を軽く撫でた。「俺は帰る。お前は仕事に行け」

それだけ言うと、初実の返事も待たずに、彼は出口へ向かって走り出した。

残された初実はその場に立ち尽くし、慎也の背中を睨みつける。その目には、隠しきれない恨みの色が滲んでいた。

救急外来のロビーを出ると、ちょうど星奈が車に乗り込もうとしているところだった。慎也はほっと息をつく。

大股で星奈に追いつき、言った。「一緒に帰るぞ」

星奈は怒りを押し殺し、冷たく返す。「方向が違います」

慎也は当然の口調で告げた。「俺の車はもう廃車だ。乗せていけ」

ーーなるほど。慎也が追いかけてきたのは、単に運転手が欲しかっただけか。

星奈が口を開く前に、彼は続けた。「月見荘に戻る」

星奈は感情のない笑顔を浮かべた。「それはそれは。1年以上ぶりですね、緒方社長が家に帰ってくるなんて」

ふと顔を上げると、視界の端に人影が映った。病院の入り口の階段に立ち、初実がじっと2人を見下ろしている。

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