
その溺愛、手遅れです。
章 3
望月星奈は冷ややかな顔で助手席のドアを開け、喉まで出かかっていた「さっさと失せろ」という言葉をぐっと飲み込んだ。
緒方慎也を愛していないとしても、あの愛人にこれ以上でかい顔をさせるわけにはいかない。
道中、慎也と2人きりになる気まずさを心配していたが、幸い彼は助手席に座るなり軽く目を閉じ、全身に疲れを滲ませていた。
星奈は無表情のまま、彼を横目で一瞥する。
(わざわざ愛人のご機嫌取りに行ってたんだから、私の前で疲れたフリなんてしなくていいのに。)
星奈はアクセルを踏み込み、どんどん加速していった。
慎也がカッとなって目を開け、声を荒らげる。「望月星奈、運転くらいまともにできないのか?」
星奈は鼻で笑った。「忘れないでよ。さっき事故を起こしたのは誰だっけ?」
慎也がムッとする様子を見て、星奈は1日中溜め込んでいた鬱憤が一気に晴れた。
月見荘に戻ると、星奈はそのまま主寝室に入り、ドアを内側から鍵をかけた。
ーーもう慎也のことなんて知ったこっちゃない!
……
パジャマに着替えてベッドに潜り込む。張り詰めていた神経が緩むと同時にめまいが襲い、星奈は意識が朦朧としたまま眠りに落ちた。
それから間もなく、悪寒が走って星奈の夢を乱した。
夢うつつの中、誰かが背後から抱きしめてくる感覚がある。相手の熱い体温が、彼女の体の冷えを追い払っていく。
新婚当初、星奈が熱を出したとき、慎也はこうして抱いて眠ってくれたものだ。
まだ寝ぼけていたせいで、2人の関係が冷え切っている事実を一瞬忘れてしまったのだろう。彼女は無意識に体を後ろへ預け、その温もりをもっと感じようとした。
「動くな」 耳の縁に羽のような軽いキスが落ちてくる。唇と舌が絡み合う間に漏れる言葉は掠れて不明瞭で、そこには懸命に抑え込まれている何かが滲んでいた。
直後、腰のあたりに硬いものが当たり、腰のくぼみに押し付けられて不快感が走る。
星奈は思わず身じろぎした。
背後で聞こえる低い息遣いが、次第に荒くなっていく。
大きな手が服の裾から忍び込み、腰を辿って這い上がると、胸の膨らみを掬うように揉みしだいた。
星奈もウブな少女ではない。下腹部に熱いものが込み上げてくるのを感じ、思わず声を漏らしてしまう。
その声を聞いた瞬間、慎也の理性を繋ぎとめていた最後の糸がぷつりと切れた。もう片方の手がズボンのゴムを越えて滑り込み、濡れた場所へと伸びる。
久しく行為から遠ざかっていた星奈にとって、不意の指の侵入は痛みでしかなかった。とっさに両足を閉じる。
カッと目を見開き、意識が一気に覚醒する。 彼女は慎也を強く突き飛ばし、ヘッドボード側へ身を引いてサイドランプをつけた。
「なんで入ってきたの?」 彼女は険しい顔で慎也を睨みつけた。頬に残っていた紅潮は、急速に怒りへと変わっていく。
慎也はベッドに手をつき、ゆっくりと上体を起こした。ゆったりしたパジャマのズボンを押し上げていた膨らみが、徐々に収まっていく。
彼は鼻で笑うと、皮肉っぽく問い返した。「ここは俺の家だぞ。俺が入ってこなきゃ、誰が来ると期待してたんだ?」
その言葉に、星奈は強烈な屈辱を感じた。反射的に振り上げた手が、重い音を立てて彼の頬を打つ。
生まれてこの方、男は彼しか知らないというのに。その言い草では、まるで自分が誰とでも寝る尻軽女みたいではないか。
このところ藤原初実と一緒に暮らしていたくせに、今度は自分のベッドに潜り込んできた。その事実を思い返すと吐き気が込み上げ、星奈は激しく言い放った。 「誰でも自分と同じだと思わないでよ!心が汚い人間には、周りも汚れて見えるのね!」
慎也は、星奈が全力で叩いたのだと悟ったのか、冷笑を浮かべた。「望月星奈、そんなに俺が価値のない男なら、なんで結婚を承諾した?」
「結婚前は細やかな気遣いをしてくれたから、私は愛情だと勘違いしたのよ。 結婚した途端に愛人を作るような男だって知っていたら、死んでも結婚なんてしなかったわ!」
「夫がいないも同然の生活なんて、もううんざりよ!」
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