彼の許しはもう手遅れ の小説カバー

彼の許しはもう手遅れ

9.5 / 10.0
最愛の婚約者・樹から突きつけられたのは、双子の妹である杏奈への臓器提供と婚約破棄の書類だった。「死ぬ前に一度だけでいいから彼と結婚したい」という妹の願いを叶えるため、彼は私を捨て、私の体の一部を求めてきたのだ。両親もまた、かつて父に腎臓を捧げた「英雄」である杏奈を救えと私を責め立て、従わぬなら縁を切ると冷酷に言い放つ。しかし、家族は真実を知らない。五年前、杏奈の策略によって手柄を奪われただけで、実際に父を救ったのは私であること。そして、すでに片方の腎臓を失っている私の体は、不治の病により余命数ヶ月であることを。かつて永遠を誓い合った男から「妹か、お前か」と究極の選択を迫られたとき、絶望の果てに私の心は奇妙な静寂に包まれた。すべてを諦めた私は、自らの命を明け渡す決意を固める。たとえ、彼らが真実を知って後悔する日が来たとしても、私の許しはもう手遅れなのだから。

彼の許しはもう手遅れ 第1章

愛した男、結婚するはずだった男に、双子の妹の命を救ってくれと頼まれた。

彼は私から目を逸らしたまま、杏奈の腎臓が完全に機能しなくなったのだと説明した。

そして、婚約破棄の書類をテーブルの向こうから滑らせてきた。

彼らが欲しがっているのは、私の腎臓だけではなかった。

私の婚約者も、だった。

杏奈の死ぬ前の最後の願いは、一日だけでもいいから彼と結婚することなのだと、彼は言った。

家族の反応は、残酷そのものだった。

「私たちがどれだけお前に尽くしてきたと思ってるの!」

母が金切り声を上げた。

「杏奈はお父様の命を救ったのよ!自分の体の一部を差し出して!それなのに、お前はあの子に同じこともしてやれないの?」

父は険しい顔で母の隣に立っていた。

家族の一員でいる気がないなら、この家にいる資格はない、と。

私はまた、追い出されようとしていた。

彼らは真実を知らない。

五年前に杏奈が私のコーヒーに薬を盛り、父の移植手術の日に私が寝過ごすように仕向けたことを。

彼女は私の代わりに手術室に入り、偽物の傷跡を見せびらかしながら英雄になった。

その頃、私は安っぽいビジネスホテルで目を覚まし、臆病者の烙印を押された。

父の体内で今も脈打っている腎臓は、私のものだということを、誰も知らない。

私に残された腎臓は一つだけだということも。

そして、その体を蝕む珍しい病で、余命数ヶ月だということも、彼らはもちろん知らなかった。

後になって、樹が私を見つけた。その声は疲れ果てていた。

「選べ、暁詩。妹か、お前か」

奇妙なほど穏やかな気持ちが、私を包み込んだ。

もう、どうだっていいじゃないか。

かつて永遠を誓ってくれた男を見つめ、私は自分の命を明け渡すことに同意した。

「わかった。そうするわ」

第1章

東雲 暁詩 POV:

愛した男、結婚するはずだった男に、妹の命を救ってくれと頼まれた。

そして彼は、私たちの関係を終わらせるための書類を差し出した。

青葉 樹は、磨かれた小さなダイニングテーブルの上を滑らせてきたそのパリっとした書類から、私に視線を合わせようとしなかった。

彼の顎のラインはこわばり、耳の下の筋肉がぴくぴくと痙攣している。

その瞳に宿る疲労は、単なる睡眠不足からくるものではない。

ここ数週間、彼の魂に深く沈殿し続けてきた、根源的な消耗だった。

「杏奈のことなんだ」

彼が言った。砂利でも飲み込んだかのように低く、ざらついた声だった。

「あいつの腎臓が…もうダメなんだ、暁詩。完全に」

私は身じろぎもしなかった。

もう知っていたから。

実家で交わされる囁き声は、もはや無視できないほどの轟音になっていた。

私の双子の妹、杏奈。

家族が一生をかけて守ってきた、壊れやすいガラス細工の人形が、ついに砕け散ろうとしていた。

「医者からは、すぐにでも移植が必要だって」

私は指でテーブルの縁をなぞりながら、書類に目を固定した。

一番上に書かれた言葉は、黒々と、そして無慈悲だった。

『婚約解消合意書』

彼はようやく顔を上げた。

その美しい顔には、あまりに深い苦悩が刻まれていて、まるで自分の痛みのように感じられるほどだった。

「暁詩の腎臓が必要なんだ」

それだ。

それはお願いではなかった。

絶望という見せかけの衣をまとった、命令だった。

彼はためらい、私たちの間に伸ばしかけた手を宙で彷徨わせ、そして力なく下ろした。

それは小さな、敗北の仕草だった。

「こうでもしないと、あいつは受け取ってくれない」

彼はさらに声を潜めて続けた。

「罪悪感を…感じてるんだ。俺たちのことに。自分がお前たちを引き裂いてるって」

笑いそうになった。

喉から漏れたのは、乾いた空虚な音だった。

杏奈が、罪悪感を。

それは初耳だ。

「ご両親も賛成してる。俺たちみんな、これが最善だと思ってるんだ」

彼は、困難だが必要な決断を下す男のように、毅然とした態度を装っていた。

だが、その鎧にはいくつもひびが入っているのが見えた。

私が愛した男が、私の家族からの期待という重圧に溺れかけているのが見えた。

「まだ愛してる、暁詩。それだけは分かってくれ」

彼が囁いたその言葉こそが、私を本当に打ちのめした。

私の臓器をよこせという要求でも、婚約破棄の書類でもない。

その嘘だった。

裏切りの痛みを和らげるために、彼が自分自身に、そして私に言い聞かせた、その柔らかく優しい嘘だった。

「あいつが回復したら」

彼は懇願するような目で約束した。

「このすべてが終わったら、またやり直せる。約束する」

私の視線は、再び法的な書類へと落ちた。

私たちの未来をサイン一つで消し去るよう求めてくる男からの約束。

そんなものに、何の価値もない。

杏奈は生まれてからずっと病弱だった、と私たちは聞かされてきた。

弱い心臓、脆い肺、ストレスに耐えられない体質。

彼女は常に手入れが必要な繊細な花で、私は放っておいても、踏みつけられても、また力強く生えてくると期待される雑草だった。

そして今、彼女の腎臓が機能しなくなった。

末期腎不全。

その言葉は無機質で、どこか遠い響きを持っていたが、その意味はドナーなしでは死刑宣告に等しい。

そして樹に言わせれば、彼女には暗闇に屈する前に、一つだけ最後の願いがあるという。

「俺と結婚したいんだ、暁詩」

彼は、恥じらいの混じった早口でそう告白した。

「それが…あいつの死ぬ前の最後の願いなんだ。一日だけでもいいから、俺の妻になりたいって」

私の夫になるはずだった人の、妻に。

彼はそれを、崇高な犠牲であるかのように、死にゆく少女への最後の慈悲であるかのように、言葉を和らげようとしていた。

「ただの儀式だ、暁詩。何の意味もない。俺の心はお前と共にある」

彼の葛藤は手に取るように分かった。

彼は必死の仕草で黒髪をかきむしった。

彼は引き裂かれそうになっていて、その絶望の中で、自分自身を苦しみから救うために私を犠牲にすることを選んだのだ。

私は再び書類を見つめた。

私の名前、東雲 暁詩、その横には空白の署名欄。

彼の名前、青葉 樹、そこには既に見慣れた自信に満ちた筆跡でサインがされていた。

彼は私の妹に、私の腎臓と、私の婚約者と、私の未来を差し出せと言っている。

すべてを、一つのきれいな取引で。

そしてそれを、愛の告白を口にしながらやっているのだ。

その皮肉はあまりに濃密で、舌の上で毒のように苦く感じられた。

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