3年間の献身を捨てて、私は幸せになります の小説カバー

3年間の献身を捨てて、私は幸せになります

7.9 / 10.0
三浦夕菜は、恋人の藤本圭佑を信じて三年間も秘密の交際を続け、献身的に尽くしてきた。しかし、彼にとっての最優先は病弱な初恋相手であり、夕菜の想いは裏切られる。圭佑から突きつけられたのは、家のために別の男と半年間だけ偽装結婚してほしいという非情な要求だった。離婚後に正式な妻として迎えるという彼の言葉に、夕菜の心は完全に冷え切る。彼女は過去を捨て、二度と戻らない決意で契約結婚の道を選んだ。新たな生活の中で、夕菜は夫に対して誠実であることを誓い、冷淡に圭佑を拒絶し続ける。やがて、利害関係でしかなかった夫婦の間には、本物の愛が芽生え始めていた。一方で、失って初めて彼女の価値に気づいた圭佑は、後悔と嫉妬に狂い、執拗に彼女を追いかける。だが、夕菜の傍らには常に彼女を守る気品溢れる夫の姿があった。夫は夕菜の膨らんだお腹を優しく撫でながら、未練を断ち切れない圭佑に対し、冷徹な勝利の宣告を下す。三年にわたる不毛な献身を終わらせた夕菜は、真実の愛に包まれ、新たな幸せを掴み取る。

3年間の献身を捨てて、私は幸せになります 第1章

「夕菜ちゃん、安心して。俺が絶対に、父さんたちに君を桐山行隆みたいな変態に嫁がせたりしないから!」

まっすぐに伸びる公道を、一台の紺色のセダンが濃密な夜の闇を切り裂き、街の果てへと疾走していく。

運転席の藤本沢介は、固い決意を宿した目でハンドルを握りしめた。「今すぐ空港に送ってやる!」

後部座席では、精巧な陶器の人形を思わせる女性が、リボンで手足を縛られたまま横たわっていた。

彼女は身を捩ってリボンを解こうともがきながら、か細い声で言う。「沢介、もうやめて……」

「戻ろう?婚約パーティー、もうすぐ始まっちゃう。私たちが消えたら、おじさんたちだって説明できないよ……」

今日この日は、彼女と桐山家の長男との婚約の日――。なのに彼女は、居候先の次男に攫われ、無理やり駆け落ちさせられようとしている。

三浦夕菜が「婚約」と口にした瞬間、沢介の瞳は怒りの赤に染まった。「婚約だと?」

「お前はうちに預けられてるだけで、家族じゃない。なのに父さんたちのビジネスのために、桐山行隆みたいな街一番の変態野郎に嫁げって?ふざけるな!」

夕菜は、ようやく片手のリボンをほどいた。

自由になった手で残りのリボンを解きながら、彼女は必死に沢介をなだめようとする。「おじさんたちは無理強いなんてしてない。これは……私が望んだことだから」

「望んだこと?なら、どうして舞台裏で泣いてた」 沢介は、彼女の取り繕いを容赦なく暴いた。「今日の婚約パーティーに桐山行隆は出ない。とっくにそう言われてるだろ。お前一人で臨んだら、ただの笑いものだ」

「会ったことすらないくせに、お前の尊厳を踏みにじってる。そんな男に、俺は嫁がせない!」 吐き捨てるように言い、バックミラー越しに後部座席の彼女を睨む。「それに――お前、三年付き合ってる彼氏がいるだろ?」

「そいつの番号を教えろ。俺が連絡してやる。今すぐお前を連れて逃げてもらえ!」

「彼氏」という言葉に、夕菜の胸が沈んだ。

耳の奥で、あの男の声が蘇る――。

『夕菜、藤本家は今、とんでもない問題を抱えてる。頼れるのは桐山家だけなんだ……』

『半年だ。桐山行隆のそばで、半年だけ耐えてくれ』

『半年後には、俺が堂々と迎えに行く。父さんたちと沢介にも全部話して、君を俺の妻にする』

彼女と藤本家の長男・藤本圭佑は、誰にも知られないまま三年間付き合ってきた。彼はずっと「時機を見て公にする」と言い、彼女を待たせ続けた。

けれど彼女が最後に待っていたのは、藤本家の利益のため、会ったこともない男に嫁げと――彼自身の口で告げられる現実だった。

キキーッ!

鼓膜を突き刺すようなブレーキ音が夜闇に響き、夕菜の意識は否応なく現実へ引き戻された。

黒いSUVが、行く手を塞ぐように真横で停車していた。

「クソ……死にてぇのか!」 沢介は悪態をつきながら車を飛び降りる。「どこ見て運転してやがんだ、てめぇら――」

言い終える前に、冷たい金属の銃口が彼の額に突きつけられた。

沢介は言葉を飲み込み、顔面蒼白のまま身動き一つできなくなる。

気だるげで低い声が響いた。「江川、手荒な真似はよせ。藤本家の次男坊を怯えさせるな」

SUVから降り立ったのは長身の男だった。引き締まった体躯に近寄りがたい冷ややかな気配を纏っていた。

男は銃を持った黒服をよそに通り過ぎ、ゆったりと後部ドアを開け、優雅にそれを押さえたまま、視線を三浦夕菜の上から下まで這わせる。からかうような低い声で彼女に語りかける。「……駆け落ちか?」

鋭く、値踏みするような視線に射抜かれ、夕菜の背筋が冷えた。

彼女は眉をひそめ、蒼白な顔で固まる沢介を一瞥する。「彼を放して」

「答えろ」 男は唇の端を吊り上げ、江川のそばへ歩み寄った。

次の瞬間、流れるような手つきで銃を奪い取り、カチャリと弾を装填する。

冷たい銃口が、今度は沢介のこめかみに押し当てられた。

藤本家の次男坊として普段は威張っていても、彼はまだ二十歳そこそこの若者だ。本物の銃など、見たこともない。

みるみる血の気が引き、体が震えだす。「や、やめろ!」 「俺は藤本家の人間だぞ!」

銃を握った男は、ぐいと銃口を突きつけ続けつつ、含み笑いで後部座席の夕菜を見やる。「――駆け落ちか?」

男の手の中の銃を見て、夕菜の心臓は張り裂けそうだった。

彼女は腹を括って言う。「彼は友達です。ただのドライブです」

男は動じない。「婚約パーティー直前に?」

夕菜はおそるおそる顔を上げた。

夜の闇に縁取られた男の輪郭は、鋭く覇気に満ちていた。

彼女は唇を噛んだ。胸の奥で警鐘が鳴る。

この男が今日の婚約を知っているなら、相手の正体も知っているはずだ。

女は腹を括り、ふてぶてしく眉を吊り上げて言い放った。「私は桐山行隆の婚約者よ!いくつの度胸があって、桐山様の女に手を出したの?」

「銃を下ろして。今すぐ」

「さもないと、ウチの未来の旦那に知られたら、あんたたちただじゃ済ませないわよ!」

彼女は賭けていた。桐山行隆の名に逆らえるはずがないと。

沈黙が数秒、場を支配した。

男が低く笑う。「桐山行隆が嫌で、逃げてる――そうだろ」

「誰が逃げてるっていうの?」

夕菜は眉を軽く上げた。「うちの旦那様が今日は超忙しくって式になんて来られないから、友達に送ってもらって会いに行くところよ」

そう言って、縛られた両手を持ち上げる。「見える? これはあの人へのちょっとロマンチックなサプライズ。私自身を贈り物にしてあげるの」

「身の程を知りなさい。さっさと放しなさいよ。旦那様とのイチャイチャを邪魔したら、ただじゃ済ませないわ」

再び、辺りは静まり返った。

男は拳銃を収め、低く言った。「つまり――今夜、身を捧げるつもりか」

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