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夫の書斎、秘密の報告書 の小説カバー

夫の書斎、秘密の報告書

夫の書斎で見つけた極秘報告書が、私の平穏な日常を地獄へと変えた。そこには一年前の豪華客船沈没事故の際、夫が妻である私ではなく、愛人の仁科乃々紗を最優先で救助するよう指示した事実が記されていた。あの日、炎の中で助けを求め続けた私は、お腹の子と将来を失い、消えない火傷の痕だけが残った。夫はこれまで謝罪を口にしながらも、裏では私の情熱を注いだ香水を愛人の功績として発表し、私に笑顔で同席することを強要したのだ。発表会の席で、愛人は「あの事故も流産もすべて私が仕組んだ」と残酷な真実を囁いた。愛が激しい憎悪へと反転した瞬間、私は復讐を決意する。夫を別荘へと誘い出し、嵐の夜にすべての証拠と離婚届を送りつけた。私は崖の上にストールを遺し、自らの存在をこの世から抹消した。彼への執着を捨て去り、絶望の淵から這い上がるための「死」を選んだのだ。偽りに満ちた夫婦関係に終止符を打ち、私は新たな人生を歩み始める。
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菊地真理 POV:

成也は私の突然の提案に戸惑いながらも, 頷いた. 車の中は, 重苦しい沈黙に包まれていた. エンジンの音が, 私たちの間に広がる壁のように感じられる. 私は窓の外に流れる夜の街並みをぼんやりと眺めていた. 成也は, 時折, 私に視線を投げかけるが, 私はそれに応えなかった.

彼の手に, そっと私の手が重ねられた. その温もりが, 私には何の感情も呼び起こさない. かつては, この手の温かさが, 私をどれほど安心させてくれただろう. しかし, 今では, それはただの偽りの温もりだ.

「真理, すまなかった. 今日の乃々紗のことは…」

成也が, 口を開いた. 彼の声は, 罪悪感に満ちていた.

「いや, いいの」

私は, 彼の言葉を遮った.

「きっと, 私が悪かったのね」

私は, 自嘲するように呟いた. 彼の言葉など, もう私には届かない.

「そんなことはない. 君は, いつも私を支えてくれた. 乃々紗のことは…あの子は体が弱いから, つい, 私も…」

彼の言葉が, 私の耳には, 砂を噛むように響いた. 体の弱い乃々紗. その言葉が, 私の心の中で, 子供を失ったあの日と, 私を救わず乃々紗を優先したあの報告書と結びついた.

「ねぇ, 成也さん」

私は彼の顔を見た. 彼の目は, 私を真っ直ぐに見つめていた.

「もし, 私たちが…あの時, 子供を失わなかったら, どうなっていたと思う? 」

私の言葉に, 成也の顔色が, 一瞬にして青ざめた. 彼は, ハンドルを握る手に力を込めた.

「真理…その話は…」

「怖いの? 」

私は, 冷たい声で尋ねた.

「私たちが, あの時, 無事に子供を授かっていたら, あなたは, 乃々紗を優先したかしら? 」

成也は, 答えなかった. 彼の視線は, 前方の道路に固定されていた. その沈黙が, 私の問いへの答えだった.

一瞬の沈黙の後, 彼の携帯電話が鳴り響いた. 着信画面には, 「乃々紗」の文字.

成也は, 一瞬ためらったが, 電話に出た.

「もしもし, 乃々紗…どうした? 」

彼の声は, 私と話していた時とは打って変わって, 優しい響きを帯びていた. 電話の向こうから, 乃々紗のか細い声が聞こえてくる.

「ええ, 分かった. すぐに駆けつけるよ」

成也は, 電話を切った. 彼の顔には, 再び心配の色が浮かんでいる.

「真理, すまない. 乃々紗が…少し気分が悪いらしくて. すぐに病院に連れて行かないと」

彼は, 私に視線を向けた. その目には, 私への申し訳なさよりも, 乃々紗への心配の方が強く表れている.

「そう…分かったわ」

私は, 静かに答えた. 何の感情も込めていない声だった.

「私は, このまま別荘に向かうわ. あなたは, 乃々紗さんのところに行ってあげて」

成也は, 私の言葉に, 驚いたような顔をした.

「だが, 真理…君一人で…」

「大丈夫よ. 慣れているもの」

私は, 微笑んだ. その笑顔は, 私の心と同じくらい, 冷たいものだった. 成也は, 私の言葉に, 何も言えなかった. 彼は, 私を途中の駅で降ろすと, 乃々紗の元へと車を走らせた. 彼の車のテールランプが, 暗闇の中に消えていく.

私は一人, タクシーを拾い, 海辺の別荘へと向かった. 外は, 嵐の前の静けさだった.

別荘に着くと, 私は携帯電話を取り出した. 乃々紗のSNSアカウントを開く. そこには, 数分前に投稿されたばかりの写真がアップされていた. 病院のベッドに横たわる乃々紗. その傍らには, 心配そうに見つめる成也の姿.

「成也お兄様が, ずっとそばにいてくださるわ. 優しいお兄様」

彼女の投稿には, そんな言葉が添えられていた. 私の心臓が, 再び冷たい氷でできた塊のように感じられた. 彼は, 私との約束を破り, 乃々紗の元へと駆けつけたのだ.

私は, 成也の携帯電話に電話をかけた. 呼び出し音が鳴る. しかし, 誰も出ない.

その時, 電話の向こうから, 乃々紗の声が聞こえてきた.

「もしもし? あら, 菊地真理お姉様じゃない. こんな夜中に, 何の御用かしら? 」

乃々紗の声は, どこか得意げだった. 私の心臓が, 激しく脈打つ.

「成也さんは…? 」

私は, 震える声で尋ねた.

「成也お兄様なら, 私の隣で眠っていらっしゃるわ. 私が, 寂しいからって, お願いしたの. お姉様が, 一人で寂しく朝日を見るなんて, 可哀想ね」

彼女の声が, 私の耳元で嘲笑うように響いた.

「そういえば, お姉様, あの船の事故のこと, まだ覚えていらっしゃるかしら? あの時, 成也お兄様は, 私を一番に助けるようにって, はっきりと命令してくださったのよ. お姉様が, お腹に子供がいたとしても, 関係ないって. ふふふ, お姉様って, 本当に不運ね」

乃々紗の言葉が, 私の脳裏に, あの日の惨状を鮮明に蘇らせた. 炎, 水, そして成也の冷酷な言葉.

「あの火傷も, 流産も, 全部, 私が仕組んだことよ. あなたなんかいらない. 成也お兄様には, 私がいればいいのよ! 」

彼女の言葉は, 私の心を, 完全に打ち砕いた. 私は, 携帯電話を握りしめる手に力を込めた. 指の爪が, 手のひらに食い込み, 血がにじむ.

私は, 震える手で, 電話を切った.

外の風が, 激しく窓を叩く. 嵐の夜が始まろうとしていた. 私は一人, 別荘の窓辺に立ち, 荒れ狂う海を見つめた. 成也は, 来ない. 彼は, 乃々紗の元へと行ってしまった. 私との約束など, 彼にとっては, どうでもいいことなのだ.

かつて成也が, 私に囁いた愛の言葉が, 虚しく私の耳に響く.

「真理, 君こそが, 僕の永遠の愛だ」

「どんな時も, 君を一番に守る」

彼の言葉は, 今や, 私への最も残酷な嘲笑となった. 乃々紗には, あれほど優しかった彼が, 私には, 冷酷な裏切り者だった. 私の心は, 完全に冷え切っていた. もう, 何も感じない. 何も求めない.

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