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血に染まる羽衣 の小説カバー

血に染まる羽衣

世間では美談として語り継がれる、天上の仙女と人間の皇帝による愛の物語。しかし、その裏側に隠された凄惨な真実を、娘である阿狸だけは知っていた。母は法力の源である羽衣を奪われ、父によって無理やり人間界に繋ぎ止められていたのだ。七歳の夜、阿狸が目にしたのは、皇帝の腕の中で屈辱に耐え、心身ともに衰弱しきった母の姿だった。母は死の間際、娘の身を案じて「早く逃げなさい」と告げ、自らの命を賭して阿狸に自由を託す。血に染まりながらも、最後には呪縛から解き放たれたような晴れやかな笑みを浮かべて息を引き取った母。その冷たくなった亡骸を抱きしめ、阿狸の手には一本の小刀が固く握りしめられていた。母を苦しめ、その尊厳を蹂躙し続けた者たちへの激しい憎悪が、彼女の心に消えない復讐の火を灯す。母が命を懸けて切り拓いてくれた孤独な道の先で、阿狸は誓う。母を虐げたすべての人間に、必ずや死の報いを受けさせることを。悲劇の連鎖を断ち切るため、彼女は修羅の道へと足を踏み出す。
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母は、天上の仙女であった。

父のために人界に残り、その貞淑な愛は美しい物語として語り継がれた。

けれど、私だけが知っている。母は全ての法力をその身に宿す羽衣を奪われ、無理やりこの地に縛り付けられているのだと。

七歳の夜、私は母の部屋の扉を叩いた。

肌も露わな母は、ぐったりとしたまま帝である父の腕に抱かれ、屈辱に唇を噛んでいた。

母は私を抱きしめ、言った。「阿狸、早くお行き。二度と戻ってきてはだめ」

後に、母は血まみれで私の腕の中に横たわり、晴れ晴れとした顔で笑った。

「阿狸、母さんがしてあげられるのは、ここまでよ」

「この先の道は、あなた一人で歩きなさい」

母の亡骸を抱きしめ、私は手の中の小刀を強く、強く握りしめた。

「母さん、安心して」

「すぐにあの人たちを、あなたの元へ送ってあげるから」

……

私は丞相の一人娘であり、帝に公主の称号を与えられ、摂政王の義理の娘でもある。

あの三人は皆、母の美しさにひれ伏し、それはそれは丁重に、慈しむように母を扱った。

私が生まれる前から、母は太后に仕えるという名目で宮中に召されていた。

私も生まれてすぐに、特例として宮中で養われることになった。

母の宮殿は豪奢を極め、調度品はどれも千金の価値があり、何十人もの侍女が母の身の回りの世話をしていた。

なぜなら母は、天上の仙女だから。

愛のために、人界に残ることを選んだのだと、人々は噂した。

母は丞相である父と貧しい頃に結ばれ、支え合いながら父を丞相の地位まで押し上げた。

二人の愛の物語は、民衆の間で美談として語り継がれている。

愛も権力も手にした世界で一番幸せな女。母を羨まない女はいなかった。

だが、誰もが間違っている。

母は、無理やり人界に留め置かれているのだ。

仙術を受け継ぐ羽衣を父に奪われ、妻となることを強いられた。

傾国の美女、という言葉は母のためにあった。

出世欲に駆られた父は、その母を帝と摂政王に差し出した。

そうして、丞相の地位まで上り詰めたのだ。

やがて、母は身ごもった。

帝である父は激怒し、母に子を堕ろすよう命じた。

丞相の父も、それに賛成した。

母を淫らな女と見なし、腹の子が自分の血を引いているとは思えなかったからだ。

しかし母は、頭に挿していた豪奢な簪を抜き取り、自らの白い首筋に突き立てて血を流した。

「この子は、必ず産みます」

「どうしても堕ろせと言うのなら、私も死にます。亡骸すら残しはしません」

あれほど激しい剣幕の母を、彼らは初めて見たのだろう。

二人の父は、顔を見合わせた。

最後に口を開いたのは、母の腹を撫でながら、意味ありげに言った摂政王の父だった。「兄上、何もそこまで追い詰めずとも良いではありませんか」

「もし万が一、阿织の身に何かあれば、彼女の血を残す者が必要でしょう?」

その言葉に二人の顔は揺らいだが、まだ迷いが見えた。

彼らの心を決めたのは、摂政王が続けた、笑っているのかいないのか分からない一言だった。

「それに、妊婦とはどんな味がするものか……少々、興味がありましてな」

その言葉に、三人は顔を見合わせ、獣のように笑った。

彼らは母の想いも、まだ生まれぬ私の命も、意に介してはいなかった。

私を生かすことを選んだのは、

ただ彼らが獣だったから。

欲望に満ちた、獣だったからだ。

幼い頃から、私が母に会うことは滅多になかった。

母の広大な宮殿の離れで、私はたった一人の乳母に世話をされて育った。

物心ついた時から、母はいつも疲れているように見えた。

ひどく寒がりで、どんなに暑い日でも、肌を隠すように衣を重ねていた。

そして、離れの戸口から、いつも遠く私を見つめていた。

幾度となく夜中に泣き喚いては、母を求めた。

乳母はいつも困ったように私をなだめるだけだった。「お嬢様、奥様は……とてもお忙しいのです。お相手をするお時間がなくて」

一度だけ、こっそり離れを抜け出し、母の寝殿の扉を叩いたことがある。

母の悲しげな声が聞こえたからだ。

扉を開けたのは、帝である父だった。彼は興醒めした様子で私を見下ろした。「璃、どうしたのだ」

母は、扉の正面にある長椅子に座っていた。

襟元は乱れ、肌には青紫の痣がいくつも浮かんでいる。

結い上げた髪はほつれ、その瞳は潤み、この世のものとは思えぬほど妖艶だった。

まだ幼かった私は、それが何を意味するのかは分からなかったが、ただならぬ雰囲気であることだけは感じ取っていた。

私は駆け寄って、無邪気に声を上げた。「母さん!会いたかった。どこか具合でも悪いの?」

母は私を見つめ、紅を引いた唇をわななかせた。

その瞳には私の知らない深い哀しみが宿り、慌てて襟元を掻き合わせた。

そして、私の髪を撫でた。

瞳から、糸の切れた真珠のように涙がこぼれ落ちる。

「阿狸、良い子ね。どうしてここに?」

「具合は悪くないのよ。ただ、あなたに会いたくなっただけ」

私を抱きしめる母の体からは、甘い茉莉花の香りがした。

それに混じる、生臭い匂い。

嫌な匂いだと思ったけれど、母を悲しませたくなくて、

その気持ちを小さな胸の奥にしまい込んだ。

母は私の額に口づけを落とすと、帝である父に懇願するような視線を向けた。

帝はすっと目を細め、余裕綽々の笑みを浮かべた。その真意は読めない。

「お前を屈服させられるのが、この子供だとはな」

「そう考えると、産ませたのも悪いことではなかった」

母は私の頬を撫でながら、優しくも哀しい眼差しを向け、その体は小刻みに震えていた。

母さんは、とても苦しそうだった。なぜだろう。

私がそばにいるのに、どうして嬉しそうじゃないんだろう。

だから私は、潤んだ瞳で母を見つめ、精一杯の笑顔を作ってみせた。

乳母が言っていた。私は母の美しさをそっくり受け継いだ、綺麗な子なのだと。

特にこの目は、母と瓜二つで、

見つめられると誰でも心が和らぐのだと。

けれど、母はもっと悲しそうな顔をした。

頬に涙を伝わせたまま、私の手を握り、そしてすぐに離した。

そして、人形のように無抵抗で、帝のもとへ歩み寄った。

「宋路、あなたのそばにいます」

「ただ、阿狸はまだ幼すぎます。どうか、お願いです。この子を丞相の屋敷へ移し、そこで育てさせてください」

帝は母の顎をくいと持ち上げると、その手を着物の合わせ目から滑り込ませた。

ならば、お前の働き次第だな」

母は耐えがたい屈辱に唇を噛み、喉からくぐもった声が漏れた。

それから帝を強く突き放し、最後の力を振り絞るように私を抱きしめた。

熱い涙が私の首筋に落ちる。母は、まだ温かい玉の飾りを私の手のひらに握らせた。

そして、囁いた。「阿狸、自分を守るのよ。二度と、宮中に戻ってきてはだめ」

「誰の命令でも。たとえ、この母が呼んでも」

「決して忘れないで。いいわね?」

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