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血に染まる羽衣 の小説カバー

血に染まる羽衣

世間では美談として語り継がれる、天上の仙女と人間の皇帝による愛の物語。しかし、その裏側に隠された凄惨な真実を、娘である阿狸だけは知っていた。母は法力の源である羽衣を奪われ、父によって無理やり人間界に繋ぎ止められていたのだ。七歳の夜、阿狸が目にしたのは、皇帝の腕の中で屈辱に耐え、心身ともに衰弱しきった母の姿だった。母は死の間際、娘の身を案じて「早く逃げなさい」と告げ、自らの命を賭して阿狸に自由を託す。血に染まりながらも、最後には呪縛から解き放たれたような晴れやかな笑みを浮かべて息を引き取った母。その冷たくなった亡骸を抱きしめ、阿狸の手には一本の小刀が固く握りしめられていた。母を苦しめ、その尊厳を蹂躙し続けた者たちへの激しい憎悪が、彼女の心に消えない復讐の火を灯す。母が命を懸けて切り拓いてくれた孤独な道の先で、阿狸は誓う。母を虐げたすべての人間に、必ずや死の報いを受けさせることを。悲劇の連鎖を断ち切るため、彼女は修羅の道へと足を踏み出す。
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2

乳母は私と共に丞相府へと移り住んだ。

私を不憫に思い、実の子のように慈しんでくれた。

丞相の父上は二、三日に一度は皇宮へ上がり、戻る頃にはいつも不機嫌な顔をしていた。私の顔を見ると、その表情は一層険しくなるのだった。

幼心にも、父上が私を疎んじていることは分かった。

母は父上の妻であり、巷では二人の睦まじい噂話がまことしやかに語られていた。

母はきっと、誰よりも丞相の父上を愛していたはずだ。だから私も、父上のことを好きになろうと努めた。

それだけに、私は悲しかった。

どうしていいか分からず、ただ悲しくて、泣きながら乳母に尋ねた。

「乳母、私が何か悪いことをしたの?」

「どうしてお母さんは私を置いていってしまったの。父上も、私のことが嫌いなの?」

乳母は何かを言いかけて口をつぐみ、ただ深いため息をつくと、私をきつく抱きしめた。

その時の私には、まだ分からなかった。

乳母の瞳の奥に宿る、深い憎しみと哀しみの色を。

丞相府の者たちは、私の身分が高貴であるにもかかわらず、

決して丁重には扱わなかった。

丞相の父上が私を厭い、帝の父上が私を手放して以来、何の音沙汰もないことを見透かしているのだ。

そんな中で、王の父上だけが、頻繁に顔を見せてくれた。

物腰の柔らかな、君子然とした人だった。

私の誕生日の日、彼がやってきた。

どこか浮かない顔で、機嫌が悪そうに見えた。

それでも、辛抱強く私に尋ねてくれた。

「今日は君の誕生日だな、阿狸。お母さんに何か言づてはあるかい?」

「ある!」

私は嬉しさのあまり何度も頷くと、一目散に枕の下に隠していた小さな匂い袋を持ってきた。

「これ、私が作ったの。お母さんに届けてくれる?」

彼は頷き、面白がるような目つきで言った。「ああ、必ず届けよう」

その日、父上は一本の簪を持ち帰った。

母からの贈り物だと言って。

行く時はあれほど不機嫌だったのに、戻ってきた時には顔を紅潮させ、満ち足りた表情を浮かべていた。そして、珍しく私を抱きしめた。

父上の体から発せられる匂いが、むせ返るように鼻腔へと流れ込んでくる。

思わず、鼻をつまんだ。

ずっと覚えていた、あの嫌な匂いがしたからだ。

あの日、母の体から香った、生臭い白檀の匂い。

決して、忘れられるはずもない。

学問を始める年頃になっても、母に会える日は来なかった。

ある日、帝の父上が私を宮中に召し、慈悲深い表情で、皇子たちと共に学ぶことを特別に許すと言った。

私は行きたくなかった。

母が言っていたのを覚えていたからだ。

決して皇宮へ戻ってはならない、と。

母が私を陥れるはずがない。

だから私はその申し出を断った。屋敷に戻ると、腑に落ちないまま乳母に尋ねた。「乳母、皇宮って良いところなの?」

乳母は首を横に振り、それから、こくりと頷いた。

「皇宮は良いところです。富貴栄華のすべてが、そこにありますから」

「富貴栄華?」私は幼い顔を上げて聞き返した。「それって、なあに?」

「人の運命を意のままにできるもの、でございます」

私の目は輝いた。「じゃあ、それがあれば、母に会えるの?」

乳母は黙って私の頭を撫で、やがて口を開いた。

「お嬢様。あなたのお母様は、とてもお優しい方です」

「あの方は皇宮という籠に囚われている。あの方にお会いするには、それだけでは足りませぬ」

私は瞬きをした。「じゃあ、他に何が必要なの?」

乳母はふっと笑った。その瞳には、私には理解できない、決然とした光と、冷たい侮蔑の色が浮かんでいた。

「権力です」

「誰にも逆らうことのできない、至高の権力」

乳母の言葉の意味が分からず、私は呆然と彼女を見つめた。

彼女は私の背をぽんぽんと叩くと、寝台へと抱き上げた。

「さあお嬢様、もうお休みの時間でございますよ」

翌朝、目が覚めると、乳母の姿がどこにもなかった。

裏庭で、乳母は変わり果てた姿で見つかった。無残な亡骸は、もはや誰の顔か判別もつかなかった。

喉には、鋭い小刀が深々と突き立てられていた。

その柄には、「宋」の一文字が刻まれている。

宋は、この国の姓。乳母を殺したのは、帝の父上だ。

私は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。そして、ようやく乳母の言葉の意味を悟った。

これが、乳母がその命を賭して私に教えた、最初の授業だった。

権力。

これが、権力。

私の大切な人をいとも容易く奪い去り、

私には何もできず、

刃向かうことさえ許されない、絶対的な力。

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