
さようなら、私の愛した冷酷なあなた
章 2
【1】
温久言の大好物であるイチゴのショートケーキを手に、彼との新居に戻った。
ドアを開ける前、その隙間からリビングに女性の姿を認めた。
その顔をはっきりと認めた瞬間、足から力が抜け、私は壁に無力にもたれかかった。
蘇月月――温久言の、元恋人だった。
蘇月月とは一度も会ったことはない。ただ、温久言のスマートフォンで写真を見たことと、彼の友人たちから噂を聞いただけだ。
話によれば、二人は大学時代から交際していたらしい。だが、温久言の母親が蘇月月を快く思わず、三年前、無理やり引き裂いたのだという。
それ以来、温久言はふさぎ込み、酒に溺れる日々が続いた。
温久言と結婚した初夜。彼はひどく酔っていて、私の体を貪るように求めながら、蘇月月の名を呼んだ。
行為の後、彼は避妊薬を投げつけ、冷たく言い放った。「飲め」
薬の箱を握りしめ、込み上げるものをこらえながら問いかけた。「久言、私たちは夫婦なのに、どうして……。赤ちゃんは、欲しくないのですか?」
シャツのボタンを留めかけていた彼の手が止まる。振り返りざま、憎悪に満ちた手で私の顎を掴んだ。
「許渺然、己の立場をわきまえろ。俺の子を産むだと?笑わせるな」
「いいか、よく聞け。俺がお前を娶ったのは、愛しているからじゃない。都合のいい性欲のはけ口が、ちょうど必要だっただけだ」
「今後、俺たちの間にあるのは体の関係だけだ。余計な期待はするな。もし分をわきまえなければ、容赦はしない」
温久言の冷え切った表情と、感情のこもらぬ言葉に、息が詰まるような感覚に襲われた。
彼の心の中では、私は添い寝相手以上の価値もない、取るに足らない存在だったのだ。
なぜ彼がそこまで私を拒絶するのか、その時の私には分からなかった。
その理由が分かったのは、結婚から一ヶ月が経った頃。あの日も彼はひどく酔い、夜半まで私を求めてきた。
彼が寝入った後、私はこっそりと彼のスマートフォンを覗き見た。
フォトアルバムに並んでいたのは、1314枚にも及ぶ、蘇月月の写真ばかりだった。
頭が真っ白になり、涙が堰を切ったように溢れ出す。体は痺れ、震えが止まらなかった。
毎晩私を抱く夫の心に、深く愛する別の女性が棲み着いている。その事実が、どうしても信じられなかった。
【2】
結婚して一年。温久言の口から、蘇月月の名が出たことは一度もなかった。
それなのに今、彼はその女を、私たちの“家”に連れ込んだのだ。
「あなたが……許渺然さん?」
蘇月月の声に、私ははっと我に返った。
いつの間に現れたのか、彼女は私の目の前に立ち、侮蔑の色を隠そうともせず、私を頭のてっぺんからつま先まで品定めするように見つめていた。
「あら、ケーキまで。久言の誕生日を祝いに来たのね?さあ、どうぞ入って」
蘇月月は私の手からケーキを受け取ると、丁寧な素振りで私を招き入れた。
その立ち居振る舞いは、まるで彼女こそがこの家の主で、私の方がただの客であるかのように錯覚させた。
「久言ったら、本当に」 蘇月月は言葉を続ける。「あなたが病院にいて今夜は戻らないから、代わりに泊まりに来てくれって、彼が言うものだから」
その背中を見つめ、悔しさに目が赤く充血する。けれど、以前のように涙がこぼれることはなかった。
温久言がどれほど自分を大切に想っているか、私に見せつけているのだ。
悲しいはずなのに、不思議と、心が少しも動かなかった。
エプロン姿の温久言が、焼き魚の皿を手にキッチンから現れた、その時までは。その光景を目にした瞬間、私の内なる世界は音を立てて崩れ落ちた。
彼とこれほど長く一緒にいて、料理をする姿など一度も見たことがなかった。
彼がキッチンに立つ姿を幾度となく夢想してきた。だが、いざその光景を目の当たりにしても、喜びなど微塵も湧いてこなかった。
彼の料理は、私のためではない。彼が心から愛する、蘇月月のために作られたものだからだ。
なんて滑稽なのだろう。私が渇望してやまないものを、この女はいとも容易く手に入れる。
なぜ蘇月月をこの家に連れてきたのかと、温久言を問い詰めたかった。
だが、蘇月月に向けられる、見たこともないほど優しい彼の微笑みを目にして、全ての言葉を飲み込んだ。
私たち三人の中では、どう考えても私の方が邪魔者だ。彼を責める資格など、どこにもないように思えた。
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