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啼かない金糸雀(カナリア) の小説カバー

啼かない金糸雀(カナリア)

橘蓮は学生時代に負った深い心の傷が原因で、他人と愛を育むことを拒絶し続けていた。独身を貫く覚悟を決めつつも、実家で肩身の狭い生活を送る彼は、両親の強い要望に抗えずお見合いの席に立つ日々を過ごしている。蓮の本音は、親の心配を理解しながらも恋愛を避けたいというものだった。そのため、これまであらゆる策を講じては相手側から断られるよう仕向け、破談を繰り返してきたのである。しかし、新たに舞い込んだ縁談が彼の平穏な計画を根底から覆すことになる。いつものように相手に嫌われ、円満に破談を成立させようと目論んでいた蓮。ところが、お見合い当日の会場に遅れて姿を現した見合い相手、伏見櫻子の姿はあまりにも異様だった。彼女は全身を鮮血に染め、その手には切断された鶏の頭を握りしめていたのだ。凄惨な光景とともに現れた謎めいた少女との出会いが、逃げ続けてきた蓮の運命を予期せぬ方向へと狂わせ始める。現代を舞台に、トラウマを抱えた青年と異様な少女が織りなす、不可解で危うい関係性を描いたロマンス・ミステリー。
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『蓮、ごめんなさい…もう、あなたとは一緒に居られない』

 何度も見る夢、醒めるのはいつも同じ場面だ。もうあれから何年も経つのに、未だに俺の心はあの日に囚われたまま動けないでいる。艶やかな長い髪が風になびいて、サラサラと揺れ動く姿、別れたあの日、どんな表情でいたのか、もう思い出せない。それなのに、心は動かない…。

「蓮、さっき先方から連絡があったわ。先日のお話、お断りしますって」

 朝起きぬけの働かない頭のままでリビングに入れば、母親が仁王立ちで待っていた。今やこれもよくある日常だったが、俺は何の話をしているのか、すぐには結びつかない。

「んー…あー、なんだっけ?」

「お見合いよ!この前行ったお見合いの話!お相手の方、他に好きな方がおられたそうよ。もう、それなら最初からお見合いしなきゃいいのに…まったく…」

 母親の口から「お見合い」という単語が聞こえて、ようやく合点がいく。母親は相手の事情を知って、納得がいかないのか、ぶちぶちと文句を言いながらキッチンへ歩いて行った。その後ろ姿をぼうっと眺めながら、俺は安堵していた。

 今回もうまくいった。特に今回はお見合い相手に彼氏がいたから、説得は簡単だった。両親に反対されていて、断れないお見合いだったと言っていたけど、お見合いした彼女にとっても、俺にとっても、これが最善の道だ。これで暫くは、母親も大人しくしてくれると良いのだが…。

 世の中はそんなに甘くないのが現実だ。俺の淡い期待は、夕方帰宅した玄関で儚く消えていった。

「母さん!何で玄関に見合い写真があるんだよ!今日の今日で何考えてんだよ」

 仕事から帰宅して早々、玄関で見覚えのある物に迎えられる現実は、俺の期待を砕いた。その場で靴をぬぐことなく、俺は打ちひしがれた。疲労感が増す中で、何とか自分を奮い立たせてリビングへ入ると、母親は朝と同じ場所で、今度は上機嫌で俺を待っていた。

「今日は今日でしょ。それにそれは今度の週末のお見合い話よ!そんなことより、今度のお見合い相手は好物件なのよ!父さんの取引先の社長さんからの紹介なんだけどね」

「好物件って、言い方失礼だろ。大体何、その…父さんの取引先の社長さんとか、どういうこと?あんたら両親は息子について何って話してるの?俺の人権は?プライバシーとか個人情報とか、どうなってんのよ?」

「いいの?家から職場、近いんでしょう?三食ついて自転車で通えて、家事も洗濯もしなくていい。最高の物件よねぇ」

「うぐっ…」

 母親から痛い所を突かれて、俺はそれ以上何も言えなくなった。以前は社宅に住んでいたが、基本的に独身であることが住む条件だった為、結婚を機に住人が減っていき、社宅は最終的に取り壊しが決まった。居場所がなくなった俺はやむを得ず実家へ身を寄せたが、それはそれは最適な住宅環境だった。職場にも実家から通っている社員がいて、実家は一度戻ったら出られない…と話していた気持ちがよく解る。しかし両親は、息子が一時的に帰ってきただけだと思ったのか、初めでこそ何も言わなかったが、春先頃からやたらと構うようになった。話を聞けば結婚を機に、地元に帰ってきた俺の同級生たちや、仲良くしている近所のおばちゃんたちから孫の話が出るようになったのが原因だった。そうなると当然、矛先は俺に向くわけで…。しかし息子に結婚の話どころか、彼女の話すらない。心配なのか単に孫の顔が見たいのか、他所の家庭がとにかく羨ましいだけなのか、母親は執拗に聞いてくるようになった。そしてある日、実家に住む条件として見合いを提示してきた…というわけだ。

 最初は何の冗談かと思えば、俺の荷物をまとめて玄関で仁王立ちした母親が、仕事帰りの俺に選択を迫ってきた。

『孫か実家、選びなさい』

『いや、そこは見合いか実家だろ。何だ、孫って!』

『蓮は、お母さんたちが生きている間に孫の顔を見せてくれない非情な息子に、いつ育ったの⁉ お母さんはそんなに不相応な望みを、連にお願いしたことある?ささやかな幸せを叶えてくれたっていいじゃない!蓮がお見合い受けてくれるなら、このまま実家に住んでもいいって言うだけじゃない!』

 欲望駄々洩れの母親と会話をしていくにつれ、感情が昂ったのか、玄関先で号泣する母親の姿に戸惑っていると、仕事帰りの父親に出くわし、事の経緯を聞いた父親はあろうことか母親の味方となった。俺は死ぬまでに孫の顔を見たいという両親の希望で、実家に住むことを条件に、泣く泣く見合いをするという二人の条件を受け入れることになった。しかし俺の事情もある。両親には悪いが、俺は今回も見合いを破談に向けるべく、当日までに計画を練った。

 お見合い当日、珍しく父親もついてきた。取引先の社長さんから紹介してもらったと話していたせいだろう。いつもと違う面子に多少の緊張はあったが、俺の計画はばっちりだ。しかし約束の時間になってもお見合い相手が現れない。それから遅れること10分後、お見合い相手の叔母だという女性が慌てて現れた。どうやら出かけに仕事でトラブルがあって遅れたらしい。しかし肝心のお見合い相手が来ない。これには叔母だという女性も顔面蒼白になりながら、何度も俺たちに謝罪を入れ、その場を離れてどこかへ電話をしていた。俺の両親は心配そうに女性を何度も見送った。

 女性が席を外している間、入口付近から悲鳴があがった。何事かと思い、悲鳴があがった方へ視線を向けると、ホテルの入口付近に人だかりが出来ていた。両親も騒ぎに気づき、視線を入口へ向ける。俺は様子を見てくると二人に告げ、人だかりの出来ている方へ足を向ける。近づいていくにつれ、フロント係の女性が慌てた様子でどこかへ電話をしている。その横で何人ものホテルマンが、人だかりの中にいる人物の進行を妨げるようにして立っていた。どうやら彼らが揉めている相手は、ホテルに入ってきた客らしい。お見合い相手とは無縁そうだと思いながら来た道を戻ろうとすると、叔母だという女性が俺を追い越して、人だかりの中心人物へ大声をあげた。

「な、な…なんて格好してるの、櫻子さん‼」

 女性の大声に、人だかりが波のように去っていく。中から現れた人物に目をやると、そこには顔や洋服に真っ赤な血がついた少女が立っていた。右手には切断された鶏の頭、そこから滴る血がぽたぽたと床に血だまりをつくっていた。それが俺と俺のお見合い相手、伏見櫻子との出会いだった…。

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