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婚約破棄された天才女医、冷徹な軍人総帥に溺愛される の小説カバー

婚約破棄された天才女医、冷徹な軍人総帥に溺愛される

薄暗い廃工場で突きつけられた残酷な選択。誘拐犯の銃口を前に、婚約者の高橋翔太は迷うことなく私ではなく、藤井美咲の命を選んだ。「彼女を助けてくれ」というその言葉は、かつて私が焼き殺される直前に聞いた絶望の記憶を呼び覚ます。前世の私は、彼に裏切られた悲しみに暮れ、養父母の道具として惨めな最期を遂げた。しかし、死の淵から三年前のあの日へと回帰した今の私は、もう過去の愚かな自分ではない。裏切り者の瞳に宿る卑劣な自己保身を見抜き、私は驚愕する翔太を冷たく突き放した。「彼女を連れて行って」と告げる私の手には、反撃のためのガラス片が握られている。愛を乞い、誰かに利用される日々はもう終わりだ。凄惨な裏切りの記憶と、皮膚を焼く生々しい痛みを糧に、私は自らの意志で運命を書き換える決意をする。冷徹な軍人総帥との出会い、そして天才女医としての才能を武器に、誰の道具にもならない新しい人生を切り拓いていく。復讐と再生の物語が、今ここから幕を開ける。
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2

「や、やめて……ください……」

星は、か細く、震える声で懇願した。

わざとらしく体を縮こまらせ、抵抗する意思がないことを示す。

鬼塚は、その怯えた様子を見て、満足そうに喉を鳴らした。

「ハッ、やっぱり女はこうでなくっちゃな」

彼は、星のあまりの無抵抗さに油断しきっていた。

手にした拳銃を無造作に床に置き、星の服に手をかけようと身をかがめる。

その一瞬の隙を、星は見逃さなかった。

(今だ!)

鬼塚が、星の着ていたジャケットの襟を掴み、引き裂こうとした、その瞬間。

星は、袖口に隠し持っていたガラスの破片を、逆手で固く握りしめた。

そして、蓄えていた全ての力を解放し、身を捩りながら体を起こす。

狙うは、鬼塚の剥き出しの太腿。

「しまっ……!」

鬼塚が気づいた時には、もう遅かった。

鋭利なガラスの先端が、分厚いズボンを貫き、その下の大腿動脈に深く突き刺さる。

「ぐあああああっ!」

獣のような絶叫が、廃工場に響き渡った。

動脈から噴き出した鮮血が、星の顔に温かく飛び散る。

鬼塚が、信じられないという顔で自分の足を見下ろし、苦痛に身をよじらせて後ずさった。

星は、その隙に弾かれたように立ち上がった。

振り返らない。

背後で、鬼塚と彼の仲間たちが怒号を上げるのが聞こえたが、構っている暇はなかった。

星は、工場の裏口へと、一心不乱に走った。

腐りかけた木製の扉に、全体重を乗せて体当たりする。

バキッ、という音と共に扉が破れ、星は外の冷たい夜気の中に転がり出た。

そこは、鳥取砂丘の端に広がる防風林だった。

松の木々が、月明かりを遮り、足元は暗く不安定だ。

肺が、燃えるように痛い。

極度の疲労感が、鉛のように体にまとわりつき、星の足を止めようとする。

だが、止まるわけにはいかない。

背後から、パン、パン、と乾いた銃声が連続して響いた。

そのうちの一発が、星のすぐ横の木の幹を抉り、木屑を飛び散らせる。

そして、次の瞬間。

右の脹脛に、焼けた鉄の棒を押し付けられたような、灼熱の衝撃が走った。

「……っ!」

声にならない悲鳴と共に、星の体は前のめりに地面に叩きつけられた。

激痛で、視界が白く点滅する。

足が、言うことを聞かない。

背後から、複数の足音が近づいてくる。

鬼塚が、血を流す足を引きずりながら、鬼の形相で銃口をこちらに向けていた。

「この、クソアマが……!」

死の影が、今度こそ完全に星を覆い尽くした。

もう、逃げられない。

星は、唇を強く噛み締め、決して悲鳴は上げまいと心に誓った。

目を閉じて、最後の瞬間を待つ。

その時だった。

バタバタバタバタッ!

空気を引き裂くような、けたたましいローター音が、夜の静寂を破壊した。

何事かと目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

一機の、漆黒のヘリコプター。

陸上自衛隊所属の、ブラックホーク。

それが、まるで天から降臨した神のように、彼らの頭上に滞空していた。

機体に搭載されたミニガンが火を噴き、鬼塚たちの足元に正確な威嚇射撃を叩き込む。

ドドドドドッ!

砂塵が舞い上がり、男たちの視界を奪った。

その隙に、ヘリコプターから黒い戦闘服に身を包んだ隊員たちが、次々とロープで降下してくる。

まるで、黒い稲妻の群れだった。

彼らが放つ、訓練された者だけが持つ強烈なプレッシャーが、一瞬で場を制圧した。

星は、あまりの衝撃に、足の痛みさえ忘れてその光景を見つめていた。

隊長らしき男が、無言でハンドサインを送る。

すると、隊員たちはまるで統率された狼の群れのように散開し、わずか十数秒で、呆然と立ち尽くす犯人たちを全員、地面に組み伏せてしまった。

その手際の良さは、もはや芸術の域に達していた。

隊長の男が、こちらに轉身する。

逆光で表情は見えないが、その高身長でがっしりとしたシルエットが、強烈な圧迫感と、それ以上の安心感を星にもたらした。

失血のせいで、視界が霞み始める。

男は、星の前に片膝をつくと、その大きく、節くれだった、しかし驚くほど沉稳な手で、星の足の出血点を強く圧迫した。

「メディック!」

短く、低い、よく通る声で、彼は部下に指示を出す。

すぐに軍医が駆けつけ、星は手早く担架に乗せられた。

死の匂いが充満していた砂丘から、引き離されていく。

星は、軍用の医療車両の中に運び込まれた。

バタン、とドアが閉まり、外の喧騒が嘘のように遠ざかる。

「バイタル安定。意識レベル、クリアです」

軍医の木村と名乗る男が、冷静に報告する。

彼らの会話から、この部隊が陸上自衛隊の中でも最強と謳われる、特殊作戦群であることを星は確信した。

心の底にあった大きな石が、ようやく取り除かれた気がした。

星は、車両の隅で、手についた血を無言で拭っている隊長の男を見つめた。

(……助かった)

今度こそ、本当に。

私は選んだ。翔太にすがらず、自分の意志で美咲を逃がした。そして、ガラスの破片で鬼塚を傷つけ、ここまで這いずってきた。たとえこのまま終わっても――私は、あの時の無力な私ではない。

もう、運命に「助けて」と嘆願するだけの哀れな私は、ここにはいない。 私は、死の運命を変えることができたんだ。

安堵感から、星はゆっくりと目を閉じた。

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