
偽りの罪と名ばかりの妻
章 2
久明の寝室は, 暗かった.
月明かりが, カーテンの隙間から差し込み, 部屋を薄暗く照らしていた.
私は, 震える手で, パジャマのボタンを外した.
久明の寝顔は, 普段の冷酷な表情とは違い, どこか幼く見えた.
私は, 彼の隣にそっと横たわった.
彼の体から, 微かにタバコの匂いがした.
彼の肌は, 温かかった.
私は, そっと手を伸ばし, 彼の腕に触れた.
その瞬間, 久明の目が, カッと開いた.
彼の瞳は, 暗闇の中で, 鋭く光っていた.
「何を企んでいるんだ」
久明の声は, 冷たく, 私の心を凍らせた.
私は, 彼の言葉に, 何も言い返すことができなかった.
ただ, 震える声で, 言った.
「義父様が... 」
久明は, 私の言葉を遮るように, 体を起こした.
彼は, 私を睨みつけ, 言った.
「お前なんかに, 俺の体に触れる資格はない」
彼の言葉は, 私の心を深く傷つけた.
彼は, 私の腕を掴み, ベッドから突き落とした.
私は, 床に叩きつけられ, 体を強打した.
痛みで, 息が詰まった.
「お前は, 俺の妻じゃない. ただの罪人の娘だ」
久明の言葉は, 私を人間として否定するものだった.
私は, 床にうずくまり, ただ涙を流すしかなかった.
彼は, 私を蹴りつけた.
私の腹に, 彼の靴がめり込んだ.
「お前が, 俺の家族を破滅させたんだ. お前には, 一生かけて償ってもらう」
彼の言葉は, 私の心に, 深い傷を刻んだ.
私は, 痛みと屈辱に耐えながら, 彼の言葉を聞いていた.
「お前は, 俺のモノだ. 俺が許すまで, お前は俺のそばを離れることはできない」
久明の目は, 狂気に満ちていた.
私は, 彼の言葉に, 絶望した.
私の人生は, この男によって, 永遠に縛り付けられるのだと.
その夜から, 久明は一度も私に触れることはなかった.
彼は, 私を妻として認めず, ただの家政婦のように扱った.
私は, 彼の会社の雑務と家事をこなし, 彼の浮気に耐え続けた.
義父は, 私に子供を産んでほしいと願っていた.
しかし, 久明は, 私との間に子供を作ることを拒んだ.
義父の願いは, 叶えられることはなかった.
「紀枝」
久明の声が, 私の耳元で囁いた.
私は, ハッと顔を上げた.
彼の顔には, 普段の冷酷な表情とは違う, 不気味な笑みが浮かんでいた.
私は, 彼の目に, 嘲笑の色を見た.
彼は, 私の心を弄ぶかのように, 言った.
「今夜のパーティー, 一緒に行ってもらうぞ」
私の胸が, 嫌な予感でざわついた.
パーティー当日, 私は, 久明が選んだドレスを着て, 彼の隣に立っていた.
会場は, 華やかだった.
ファッション業界の著名人たちが集まり, きらびやかな雰囲気に包まれていた.
私は, その中で, まるで置物のように, ただ立っていた.
久明は, 私に話しかけることもなく, 他の女たちと楽しそうに会話していた.
私の心は, 空っぽだった.
私は, 彼にとって, ただの飾り物にすぎないのだ.
「紀枝, お前はそこに立っていればいい」
久明の声は, 私にそう命じた.
私は, 彼の言葉に従い, 会場の隅に立っていた.
私の存在は, 誰も気に留めない.
私は, 透明人間になったかのように, そこにいた.
シャンパンの泡が, グラスの中で儚く弾ける.
私の心は, その泡のように, 消え去ってしまいたかった.
そのとき, 私の視界に, ある人物の姿が飛び込んできた.
背が高く, スマートな体型.
記憶の中の彼よりも, さらに洗練された雰囲気.
その人は, 会場の中心で, 周りの人々と楽しそうに話していた.
私は, その姿に, 吸い寄せられるように, 目を奪われた.
斉藤樹栄.
私の, 高校時代の恋人.
彼の瞳が, 私を捉えた.
その瞬間, 私の心臓が, 激しく高鳴った.
彼は, 私に気づいた.
彼の顔に, 驚きと, 喜びの色が浮かんだ.
私は, 彼に会うことを, ずっと恐れていた.
しかし, 彼の優しい瞳を見た瞬間, 私の心の中に, 温かい光が差し込んだ.
私は, 彼の元へと, ゆっくりと歩み寄った.
私の足は, 震えていた.
しかし, 私の心は, 彼の存在に, 強く惹きつけられていた.
彼もまた, 私に向かって歩み寄ってきた.
私たちの距離が, 少しずつ縮まっていく.
私の心臓が, 耳元で激しく鳴り響いていた.
「樹栄... 」
私の声は, 震えていた.
樹栄の顔には, 優しい笑みが浮かんでいた.
彼は, 私の名前を呼ぶと, 私の手を握りしめた.
その手は, 温かかった.
私の心の中に, 凍り付いていた何かが, ゆっくりと溶けていくのを感じた.
私は, 彼の存在に, 救われた気がした.
この地獄のような日々の中で, 初めて, 救いの手を見つけたのだと.
私の目から, 再び涙が溢れ出した.
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