
偽装婚の花嫁を失い、御曹司は愛を乞う
章 3
夏煙はアルコールアレルギーで昏睡状態に陥り、目を覚ました時には、すでに翌日の夜であった。
凌歆然が、真っ赤に目を腫らしてベッドの前に立っていた。昨日、化粧室の外で夏煙を見つけた時、彼女はすでに意識を失っていたのだ。もし病院への搬送が少しでも遅れていたら、どうなっていたか分からない。
「お義姉さん、気分はどう? ……全部、兄さんのせいよ。アレルギーだって知ってるくせに無理やり飲ませて。本人はどこに消えたんだか、今も連絡がつかないの」
凌歆然は怒りに歯噛みする。夏煙は彼女を安心させるように微笑みかけた。今、心から自分のことを案じてくれるのは、この義理の妹だけである。
「大丈夫。あの人……たぶん、忙しいのよ」
その言葉が終わらないうちに、凌佑安が病室のドアの前に姿を現した。
「夏煙、すまない、遅くなった。入院してたなんて知らなかった。俺は本当に最低だ」
彼は心から痛ましげに夏煙の手を握った。夏煙はありったけの力でその手を振り払う。今の彼に少しでも触れられることさえ、吐き気を催させた。
「凌佑安、あなたには本当にがっかりしたわ」
夏煙はこの男のために泣く価値などないと自分に言い聞かせる。だが、涙は不甲斐なくも頬を伝った。
凌佑安は自分の手を見つめる。以前の夏煙が彼を拒むことなど決してなかった。
昨日はキスを拒まれ、今日は手を振り払われた。まさか、何かに気づいたのだろうか?
「なあ夏煙、俺は本当に間違っていた。自分のメンツのために、無理やり飲ませるなんて。医者が大事ないと言ってくれて、本当によかった」
夏煙は鼻で笑う。自分のメンツのためか、それともあの沈念薇のためか。それは彼自身にしか分からない。
凌佑安の携帯がメッセージの受信を告げる。一読した彼は、眉をきつく寄せた。
「夏煙、林偉から聞いたんだが、仕事、辞めたって?どうしてだ?」
あれほど写真が好きだったはずだ。 以前、凌佑安が専業主婦になるよう望んだ時はあれほど拒んでいたのに、なぜ突然辞職など。
「別に。ただやりたくなくなっただけ」
凌佑安は、まるであやすように彼女の頭を撫でる。
「やりたくないなら、辞めればいい。この俺が君を養ってやる」
恐らく、どんな女性でも一度は聞いてみたい甘い言葉だろう。だが、夏煙の心は一切動かなかった。
凌歆然は授業が残っていたため、凌佑安に夏煙を検査に連れて行くよう念を押して病室を出た。
夏煙が検査室に入る直前、再び凌佑安の電話が鳴るのが聞こえた。彼は即座に笑みを浮かべて通話ボタンを押す。
相手が誰かなど、推測するまでもない。間違いなく沈念薇である。
「佑安、お腹が空いたわ。でも、こっちのデリバリーの頼み方が分からなくて。それに、出前は赤ちゃんにも良くないし。あなたが来て、ご飯を作ってくれない?」
凌佑安は笑いながら頷くと、夏煙に視線を戻した。
「夏煙、先に検査を済ませておいてくれ。後で夕食を届けるから」
彼は夏煙の返事も待たず、慌ただしく立ち去る。夏煙はその背中を見送り、うつむいて自嘲の笑みを浮かべた。頼れるのは、もう自分しかいない。
検査結果に大きな問題はなく、医師は明日退院できると告げた。
深夜になっても、凌佑安が言った夕食は届かなかった。代わりに届いたのは、見知らぬアカウントからの友達申請。相手は、沈念薇である。
【夏煙、私、単刀直入に言うわね。回りくどいのは嫌いなの。凌佑安はもう、私の子の父親なのよ。あなたも早く諦めたら?】
続いて動画が送られてくる。ショッピングモールのベビー用品売り場で、例の男が熱心に商品を吟味し、時折、沈念薇に意見を求めている。その姿は、まるで仲睦まじい若夫婦そのものだ。
さらにもう一枚。凌佑安が彼女の膨らんだ腹に顔を寄せている写真。夏煙は目の奥が焼けるように痛んだが、涙は一滴も流れなかった。
【もうお分かりでしょうけど、あなたは所詮、私の『代用品』よ。凌佑安はあなたを愛したことなんて一度もないの。自分から身を引けば、まだ体面が保てるんじゃないかしら】
夏煙は乾いた笑いを漏らす。この関係において、自分に「体面」など、もはや残っているのだろうか。
【安心して。私は出ていくわ。でも、あなたのためじゃない】
(私自身が、前に進むために)
夏煙はそう一行だけ返信し、すぐに沈念薇をブロックした。
あの女から、これ以上凌佑安に関する情報を得たくなかった。それはただ、己をさらに苦しめるだけの行為だからだ。
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