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結婚式まであと数週間、婚約者は私だけを忘れた の小説カバー

結婚式まであと数週間、婚約者は私だけを忘れた

一条蓮との挙式を数週間後に控えた桐島莉子を絶望が襲う。蓮は事故で頭を打った影響により、莉子の存在だけを忘れる「選択的記憶喪失」になったと主張したのだ。懸命に彼の記憶を呼び戻そうとする莉子だったが、ある時、蓮が友人に放った衝撃の言葉を耳にする。それは、インフルエンサーの神崎クロエと独身最後の火遊びを楽しむための巧妙な狂言だった。裏切りを知り心が引き裂かれる莉子に対し、蓮はクロエとの親密な姿を見せつけ、事故の際も負傷した彼女を置き去りにしてクロエを優先する。さらに経済的な切り捨てまで画策する彼の冷酷な本性に、莉子は長年信じてきた愛情がすべて毒に侵されていたことを悟る。かつての婚約者が怪物へと変貌した事実に直面し、莉子は悲しみに暮れる被害者でいることをやめた。彼女は復讐にも似た冷徹な決意を胸に、偽りの愛に満ちた過去をすべて捨て去る計画を立てる。蓮や思い出、そして婚約指輪さえも永遠に置き去りにして、一人の女性として自由な未来を掴み取るために、彼女は「桐島莉子」を捨てて新たな人生へと踏み出す。
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2

翌朝、美咲は何事もなかったかのように振る舞った。

蓮の好物である、ブルーベリー入りのパンケーキを作った。

「これ、美味しいね」

彼はまだ、礼儀正しい他人のまま言った。

「僕…前もこれが好きだった?」

「大好きだったわ」

美咲は慎重に、感情を殺した声で言った。

心の中は、嵐が吹き荒れていた。

その日の午後、彼女は真矢が知っている弁護士に、こっそりと電話をかけた。

「法的な改名について、お伺いしたいのですが」

美咲は声を潜めて言った。

桐島莉子。母方の祖母の旧姓。力強い名前。新しい名前。

彼女は小林美咲名義で新しい銀行口座を開設したが、それは一時的なものだった。やがて、すべてが莉子のものになる。

彼女はフリーランスのグラフィックデザインの仕事をこっそり始めた。現金払いか、追跡不可能な新しい口座への振り込み。パン屋のロゴ、ヨガスタジオのチラシといった小さな仕事。蓮が眠りについた後、彼女は夜遅くまで働いた。マウスのクリック音が、静かな反逆の音だった。

札幌、北海道。

クリエイターや、新しいスタートを切るための街についての記事をスクロールしているうちに、その地名が浮かんだ。東京から遠く離れた場所。蓮から遠い場所。緑が多く、雪が降り、誰も私を知らない場所。

誰かが姿を消すには、うってつけの場所に思えた。

桐島莉子が生まれる場所として、ふさわしい響きだった。

彼女は二人で撮った写真をすべて集めた。

彼が書いたラブレターも一枚残らず。今となっては灰のように感じる約束の言葉で満ちていた。

みなとみらいの遊園地で彼が取ってくれた、あの馬鹿げたぬいぐるみも。

燃やしはしなかった。それはあまりにドラマチックすぎるし、彼が本気で探せば気づくかもしれない反応だった。

代わりに、彼女はそれらを一つの、無地の段ボール箱に詰めた。

そして、その箱をクローゼットの奥、もう着ない古いセーターの下に押し込んだ。

見えない場所へ。まだ心から消えたわけではないけれど、始まりだった。

彼女は一つずつ、自分を切り離していった。

一週間後、美咲はいつものカフェで真矢を待っていた。

蓮が入ってきた。

神崎クロエを連れて。

クロエは長い脚、ブロンドの髪、そして「私を見て」と叫ぶような鮮やかなピンクのドレスを着ていた。彼女は笑いながら、蓮の腕に手を置いていた。

蓮は美咲に気づいた。一瞬ためらった後、まるで遠い知り合いにするかのように、小さく気まずそうに手を振った。

クロエの目が美咲に向けられ、一瞬、何か――勝利の輝き?――がよぎった。

美咲はただラテを一口飲み、表情を注意深く消した。

奇妙な、冷たい静けさを感じた。

蓮は…驚いているように見えた。彼はきっと、涙や修羅場を期待していたのだろう。

彼はこの美咲を知らない。この美咲は、もうここにはいないのだ。

クロエは蓮から離れ、美咲のテーブルへと気取って歩み寄ってきた。

「美咲さん、よね?」

クロエの声は、蜜のように甘ったるかった。

「蓮から…まあ、彼はあまり覚えてないんだけど、友達が助けてくれてるって聞いて」

美咲は表情を崩さなかった。

「ええ、私です」

「あなたも大変でしょう」

クロエは髪をかきあげながら、甘えた声で言った。

「彼、すごくいい人だから。私もただ、彼のそばにいてあげたいの。この辛い時期を支えてあげたいっていうか。彼が言うには、あなたが…その、事故の前の彼を一番よく知ってるって。何かアドバイスある?」

その厚かましさ。

美咲はクロエの完璧にメイクされた目をまっすぐに見つめた。

「アドバイスなんてないわ」

美咲の声は平坦だった。

「あなたなら、きっとうまくやれるでしょう」

クロエの笑顔が一瞬、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

彼女は明らかに、美咲が泣き崩れる姿を期待していた。

「そう」

クロエはすぐに立ち直った。

「もし何か思い出したら…」

彼女はくるりと向きを変え、蓮の元へ滑るように戻り、再び彼の腕に自分の腕を絡ませた。

美咲は彼らが去っていくのを見送った。蓮の腕は今やクロエの腰に回されている。

新しい美咲、莉子になろうとしている彼女は、遠い、冷たい決意以外何も感じなかった。

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