結婚式まであと数週間、婚約者は私だけを忘れた の小説カバー

結婚式まであと数週間、婚約者は私だけを忘れた

8.3 / 10.0
一条蓮との挙式を数週間後に控えた桐島莉子を絶望が襲う。蓮は事故で頭を打った影響により、莉子の存在だけを忘れる「選択的記憶喪失」になったと主張したのだ。懸命に彼の記憶を呼び戻そうとする莉子だったが、ある時、蓮が友人に放った衝撃の言葉を耳にする。それは、インフルエンサーの神崎クロエと独身最後の火遊びを楽しむための巧妙な狂言だった。裏切りを知り心が引き裂かれる莉子に対し、蓮はクロエとの親密な姿を見せつけ、事故の際も負傷した彼女を置き去りにしてクロエを優先する。さらに経済的な切り捨てまで画策する彼の冷酷な本性に、莉子は長年信じてきた愛情がすべて毒に侵されていたことを悟る。かつての婚約者が怪物へと変貌した事実に直面し、莉子は悲しみに暮れる被害者でいることをやめた。彼女は復讐にも似た冷徹な決意を胸に、偽りの愛に満ちた過去をすべて捨て去る計画を立てる。蓮や思い出、そして婚約指輪さえも永遠に置き去りにして、一人の女性として自由な未来を掴み取るために、彼女は「桐島莉子」を捨てて新たな人生へと踏み出す。

結婚式まであと数週間、婚約者は私だけを忘れた 第1章

一条蓮との結婚式まで、あと数週間。

七年間、完璧な未来を信じて疑わなかった。

なのに、蓮は頭を打ったせいで「選択的記憶喪失」になったと主張し、私だけを忘れた。

彼に思い出してもらおうと必死だった。あのビデオ通話を聞くまでは。

「マジで天才的な作戦」と、彼は友人たちに自慢していた。

彼の記憶喪失は、結婚前にインフルエンサーの神崎クロエと遊ぶための、偽りの「最後の火遊び」だった。

心はズタズタに引き裂かれた。でも、私は信じているフリをした。

彼がクロエと見せつけるようにイチャつくのも、挑発的なツーショット写真も、すべて耐え抜いた。

彼は私の苦悩をあざ笑い、クロエの嘘の緊急事態を優先した。

彼が起こした事故の後、負傷した私を置き去りにし、クロエを先に病院へ送ることを選んだ。

それどころか、経済的に私を切り捨てようとさえした。

どうして、私の婚約者がこんなにも残酷で、計算高い怪物になれるの?

彼の裏切りは、すべての思い出を毒で汚した。

こんな底知れない悪意を信じていた自分が、愚か者としか思えなかった。

彼の厚顔無恥さに、めまいがした。

でも、私は彼の被害者になんてならない。

心が壊れる代わりに、冷たい計画が形作られていった。

私は過去の自分を捨て、「桐島莉子」として生まれ変わる。

彼も、過去も、そして彼の婚約指輪も、すべてを永遠に置き去りにして、私は消える。

自由を手に入れるために。

第1章

小林美咲は、パールが散りばめられた小さなティアラを手に取った。

結婚式で身につける「新しいもの」になるはずだった。

一条蓮との結婚式まで、あと三週間。七年間。長くて幸せな七年間を、二人は共に過ごしてきた。

そう、思っていた。

今、蓮は彼女を覚えていない。

彼女の顔も、名前も、七年間のどの一日さえも。

医者はそれを選択的記憶喪失だと言った。彼がどうしてもやると言って聞かなかった、あのバカげた「チャリティー・スパルタンレース」で頭を軽く打ったせいだと。彼は両親のことも、自分の会社のことも、飼い犬のバスターのことさえ覚えているのに。

美咲のことだけ、覚えていない。

「申し訳ない」

彼はそう言った。いつもは温かく、愛に満ちていた彼の瞳が、今はただ丁寧な戸惑いを浮かべているだけだった。

「あなたはいい人みたいだけど…僕には、あなたが誰だか分からないんだ」

美咲はティアラを置いた。手が震えていた。

彼に思い出させなければ。私たちの人生のすべてが、「蓮&美咲の未来」と書かれた段ボール箱に詰まっているのだから。

彼女は何日もかけて、二人のアパートを愛の博物館に変えた。

コーヒーテーブルにはフォトアルバムを積み上げた。彼のお気に入りだった、軽井沢への旅行のページを開いておく。彼が貝殻でプロポーズの真似事をした、あの時の写真だ。

二人の曲をかけた。付き合って一年目に偶然立ち寄ったライブで知った、静かなインディーズの曲。

彼はただ、にこやかに微笑んだだけだった。

「キャッチーな曲だね」

彼女の親友、中村真矢は、どんな弁護士よりも鋭い嘘発見器を持つパラリーガルだ。彼女はこの状況を信じていなかった。

「美咲、ねえ、これって…都合が良すぎない?」

真矢はアイスコーヒーをかき混ぜながら、目を細めて言った。

「結婚式の数週間前に、婚約者のことだけ忘れるなんて。何それ、昼ドラの安っぽい脚本?」

「頭を打ったのよ、真矢」

「『軽い』怪我でしょ」と真矢は訂正した。「いい、ただ気をつけてほしいだけなの」

美咲はその言葉を受け流した。信じなければならなかった。彼女は神経内科医を調べ、記憶喪失のパートナーを持つ人々のためのオンラインフォーラムに参加した。私がこれを治すんだ。治さなきゃ。

彼女は蓮の書斎で、古いコンサートのチケットの半券を探していた。マシューズ先生が、見慣れたものが記憶の引き金になるかもしれないと言っていたからだ。

書斎は散らかっていた。いつもの蓮らしい、整理された混沌。

彼のノートパソコンが開いたままになっていた。ビデオ通話が最小化されていたが、まだ繋がっているようだった。声が聞こえる。

蓮の声だ。笑っている。

「…マジで天才的な作戦だって。俺史上、最高のアイデアだ」

美咲は凍りついた。

別の声が、大学のサークルの仲間だった健太が、けたたましく笑った。

「で、その記憶喪失ってやつ、マジで効いてんの?彼女、信じてるわけ?」

「面白いぐらいに信じてるよ」

蓮は自慢げに言った。声に浮かんだ得意げな笑みが目に浮かぶようだった。

「あと一ヶ月の自由だ、お前ら。前に話したインフルエンサーの神崎クロエ?あの子、絶対イケる。結婚前にちょっとした火遊びってやつさ」

息が詰まった。神崎クロエ?何百万人ものフォロワーがいて、露出度の高い服ばかり着ているあの?

「で、その後は?」

もう一人の友人、大輝が尋ねた。

「魔法みたいに記憶が戻るわけ?」

「その通り!」

蓮の笑い声は大きく、屈託がなかった。

「結婚式の直前にな。『思い出した』俺に、彼女は安心しきって、感謝するだろうさ。俺の『病気』の間のちょっとした…混乱なんて、許して忘れてくれる。美咲はいつも俺を許すからな。そういうとこ、都合がいいんだよ」

コンサートのチケットの半券が、美咲の指から滑り落ちた。ひらひらと床に舞う。

世界がぐらりと傾いた。

父の笑顔、そして苦しげな言い訳。母の涙。バタンと閉まるドアの音。「離婚」という言葉が、毒のように空気中に漂っていた。

これは、あの時とまったく同じだ。吐き気を催すような、同じ裏切り。

信頼が砕け散る音じゃなかった。信頼が、一瞬で蒸発した。

彼女は音を立てずに書斎から後ずさった。心臓が肋骨に痛々しいリズムを打ち付けている。

彼は、私が許すと思っている。それを当てにしている。

彼女は寝室へと歩いた。夫婦として共に過ごすはずだった部屋。

ドアの裏にかかったウェディングドレスを見つめた。純白で、汚れ一つない。

嘘。すべてが嘘だった。

彼とは結婚しない。できるはずがない。

でも、私が知っていることを彼に悟られてはいけない。まだだ。

荒れ果てた心の中に、小さく冷たい計画の種が芽生え始めた。

今はまだ、彼の芝居に付き合ってあげよう。

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