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君が死んでも、愛は終わらない の小説カバー

君が死んでも、愛は終わらない

「余命一ヶ月」という残酷な宣告を、桜井芽衣は静かに受け入れた。結婚から七年、愛妻家の夫・蓮と築き上げた幸せな生活は、彼のシャツに付着した見知らぬ口紅のように、脆く虚しい幻想に過ぎなかった。病に侵された彼女に対し、最愛の夫が放ったのは「死ぬなら外で死ね」という無慈悲な言葉。砕け散った心を抱え、芽衣は残されたわずかな時間で、すべてに終止符を打つ決意を固める。愛した自宅が愛人の色に染まっていく光景を冷徹に見つめながら、彼女は静かに最期の時を待つ。しかし、彼女の死は決して物語の終わりではなかった。芽衣がこの世を去った瞬間から、残された蓮にとっての真実の地獄が幕を開ける。失って初めて気づく愛の重みと、取り返しのつかない過ち。一ヶ月の命が、十年続いた愛を消えない呪縛へと変えていく。これは、愛に目覚めるのが遅すぎた男と、死をもってようやく自由を手にした女が織りなす、残酷で美しい訣別の物語である。永遠の別れを通じて浮き彫りになる、愛と後悔の真実がここにある。
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桜井芽衣 POV

蓮は藤原寧々をしっかりと腕に抱き寄せた。声を出そうとしたけれど、喉の奥が締めつけられ、何も言葉にならなかった。

涙が頬をつたう頃には、もう彼の背中は遠ざかっていた。私は、どうしても今の彼を、あの十八歳の少年と重ねることができなかった。雪の中を駆けてきたあの背中と、今、冷たく去っていく背中が、視界の中で重なり、引き裂かれる。

――あの日、雪が降る駅前で「ずっと一緒に白髪になるまで」と笑ったあの人とは、もうまるで別人だ。

「……芽衣、もしお前が本当に死にそうだったとしても、俺は同じことを言うと思うよ」

彼は一度も振り返らず、そう言い残して出ていった。

「死んでくれるなら、やっと静かになる。だったらさっさと死ねばいい」

その瞬間、全身から力が抜け、私はその場にへたり込んだ。

……ああ、この人、本気で私が死ぬことを願ってるんだ。

それからというもの、蓮は二度と家に戻ってこなかった。私ももう、何も期待していなかった。

遺品整理リストを作り、遺影用の写真を撮り、最期に着る服を買いに行った。

写真屋では、数ある写真の中から、少し横を向き、遠くを見つめる一枚のモノクロ写真を選んだ。もう二人で写る必要はない。私だけの旅立ちだ。

数日後、写真屋の店主から「現像できましたよ」と連絡を受け、私は受け取りに向かった。

帰ろうと角を曲がったところで――蓮と藤原にばったり出くわした。

「……何してる。まさか俺を尾行でもしてるのか?」

くだらない言い合いはしたくなかった。腹の奥がまた疼きはじめていて、私はただその場を去りたかった。

「桜井さん、奥さま、写真を撮りに来たみたいです」

藤原がそう言って、私の手元にある封筒に手を伸ばそうとした。私は思わず一歩引いた。

「奥さま、見られたくないみたいですね。そんなに秘密にして……もしかして、何か隠してるんじゃ?」

彼女の声音は一見控えめで、けれど含みをもったその言葉に、蓮が目を細めた。視線が私の腕の中の写真フレームへと向かう。

「何を隠してる?」

痛みがどんどん強くなる。それでもここで立ち去ることだけを考えていたのに、蓮が私の手首をぐっと掴んだ。

その瞳にあるのは、かつての優しさではなかった。あるのは――嫌悪と疑念。

でも、私はもうその目に傷つくような女ではなかった。

「別に……あなたには関係ないことよ」

私は静かに彼の手を振りほどこうとしたが、彼は封筒を掴んで離さなかった。その拍子に写真フレームが落ち、袋から滑り出た中身が地面に、表向きで露わになった。

――私の遺影。モノクロの、静かな顔。蓮の驚愕に凍りついた顔と、陽の下で鋭いコントラストを描いた。

「……え? これ……白黒写真?」

藤原が驚いたように言う。けれど、彼女の唇はわずかに笑っていた。

私はただ、その写真を見つめた。

――やっぱり、見られてしまったか。

彼は、これを見て後悔するだろうか。こんなにも冷たくしたことを、少しでも悔やむだろうか。

「これが……お前の『隠し事』か?」

冷ややかな声が響いた。

蓮の顔には、一切の哀しみも、動揺もなかった。あるのは、ただ冷酷な静けさ。

「……今度は本気で死ぬつもりか?よくもそんな芝居を……!」

かつて、私が咳をしただけで心配で眠れなかった人が――今の彼は、私の死すら「芝居」だと疑っている。

私はふと、笑ってしまった。

「ダメかしら? 少しくらい後悔するあなたの顔、見てみたかったの」

「じゃあ勝手に死ねよ」

そう言い捨てて、彼は私を突き飛ばし、振り向くこともなく歩き出した。

その瞬間、もう限界だった。私は崩れるように地面に倒れた。

「奥さま!?」

周囲から驚きの声があがる。藤原が駆け寄り、私の身体を抱き起こした。

そして、私の耳元にそっと囁いた。その首元に、蓮が私に贈った誕生日のネックレスがきらりと光る。

「見たでしょ? あの人はもう、あなたが死んでも微塵も動じない。……あなた、もう愛されてないのよ」

私は残された力で、彼女の手を振り払った。

その瞬間――

「……やめろ、寧々。構うなよ。どうせ、また芝居だ」

蓮の声がした。振り返りもせず、冷たい声で吐き捨てた。

「演技が好きなら、勝手に一人で演じてればいい」

私は通りすがりの人に助けられて、どうにか家へ戻った。

ソファに倒れ込むようにして、やっと一息つく。

痛み止めを飲んで、少しだけ腹の痛みが和らいだ。

けれど、心の中は真っ暗なままだった。

目を閉じると、あの言葉が何度も何度もよみがえる。

――「じゃあ、勝手に死ねよ」

私は思い出す。あの冬のことを。

私は重い肺炎にかかって、何度も危篤の宣告を受けた。お金もなくて、彼は親戚や友人の家を回り、頭を下げ続けた。

何度も断られ、罵倒されて、それでも必死だった。

そんな彼が、ある日、病室で私の足元に膝をつき、泣きながら手を握った。

「芽衣……お願いだ、薬を飲んで。……死なないでくれ」

――あの時、あんなにも私を生かしようとしてくれた人が、今は誰よりも私の死を願っている。

壁のカレンダーを見上げる。余命の「ひと月」は、もうすぐ終わる。

……良かったね、蓮。あなたの望んだ通りになる日が、もうすぐ来るわ。

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