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離婚届と黒いグローブ の小説カバー

離婚届と黒いグローブ

結婚七周年を迎えた記念すべき日、子作りに対する価値観の相違から陸原湊と激しい口論になり、二人の仲に亀裂が入った。その直後、彼の幼なじみがSNSに投稿した写真には、サーキットで親密に微笑み合う湊と彼女の姿があった。周囲も二人を公認のカップルのように扱う。この七年間、危険だからという理由で一度もレース場に招かれなかった自分とは対照的に、彼の傍らには常に彼女がいたのだ。かつては優しかった湊の言葉も、今では義務的な拒絶にしか聞こえない。彼が本当に大切に想っていたのは私ではなく彼女だったのだと悟り、私は結婚指輪を外して湊に離婚を突きつけた。悲しみに暮れる暇はない。私は長年封印していたガラスケースの中の黒いグローブを再び手に取る。時速三百キロの世界を危険だと決めつけ、私を遠ざけた彼への答えは、ハンドルを握るこの手で証明する。愛を捨て去った元妻が、かつての情熱を取り戻して再起する物語。
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写真には、彼女の手に大粒のダイヤが輝いていた。その隣には、黒いスーツを着た男の姿――見慣れた背中。

言うまでもなく、陸原湊だった。

キャプションにはこうあった。【お腹痛いって言っただけで、鳩の卵買いに連れてってくれた。もう一生、兄推しでいたい!】

考えるまでもない。桐島香織が、わざと私に見せるために投稿したのだ。

胸の内は、驚きどころか、むしろ笑えてきた。

証拠をわざわざ押しつけにくるなんて、さすがは陸原湊の“良い妹”だ。

私はさっさとスクリーンショットを撮り、証拠として弁護士に送った。

あの指輪も、あの買い物も――どれもが私と陸原湊の共同財産だ。桐島香織が使ったお金の半分は、私の取り分である。取り戻すのは当然だ。

私は弁護士に離婚協議書を用意させ、陸原湊の帰宅を待った。

その日の夜、珍しく彼のほうからメッセージが届いた

【紫苑、今夜は家で食べる。ご飯、作って待ってて】

これが陸原湊という男だ。私が離婚を切り出していても、何事もなかったかのように、当然のように私を“使用人”扱いする。

かつて、私の両親は私が真面目に働かないことを責め、陸原湊との結婚を強要した。

私は、守り抜いてきた自分の仕事を守るために、泣く泣く帰国し、命令どおり彼と結婚した。

結婚後の陸原湊は、毎日のようにレースやイベントに飛び回っていたが、それでも私への気遣いを忘れたことはなかった。

そして彼は、若手レーサーの中でも頭角を現し、順調にキャリアを積んでいった。

世間はこぞって「仕事も恋も手にした勝者」などと持て囃していた。

……桐島香織が現れるまでは。彼女の登場とともに、世間の“語り”は変わっていった。

――陸原湊は両親に無理やり結婚させられた。――本当の恋を犠牲にしてまで。――七年もの結婚生活の裏で、桐島香織はずっと彼を待ち続けていた。

そんな声を聞くたびに、桐島香織は決まってこう口にした。

「兄さんとお義姉さんはすごく仲が良いんだから。部外者が変なこと言わないで」

やがて、世間の評価はこう変わった。――桐島香織は、兄と義姉の関係を壊さないよう、ひたすら耐えてきた。

そして私は、夢も捨てて結婚したというのに、“二人の恋”を邪魔するただの存在にされていた。

私は離婚協議書をテーブルに置き、ちょうど帰ってきた陸原湊を迎えた。

「ご飯、作っとけって言ったよな?」

私は黙って一本の煙草を口にくわえ、ライターで火をつけた。ソファにもたれ、気怠げに呟く。

「できない」

陸原湊は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに声を荒げた。

「せっかく久しぶりに家で食事しようと思ったのに、俺の妻なら、せめて一食くらい作れないのか?」

「それと……いつから煙草なんか吸うようになったんだ?」

私はゆっくりと煙を吐き出した。

「さあ、覚えてない」

陸原湊の顔がみるみる赤くなる。

「御園紫苑……お前、まだ根に持ってるのか?わざと俺に逆らってるんだな!」

私は冷笑をひとつ洩らした。

「別に逆らってるわけじゃない。離婚したいだけ」

陸原湊の視線が机の上の書類に移る。そこには、離婚協議書が一冊。こめかみの血管がぴくりと跳ねた。

「ふざけるな!いつまでこんな茶番を続けるつもりだ!」

今になっても、陸原湊はまだ、私がただの癇癪を起こしているだけだと思っている。

離婚届を最後のページまでめくり、サイン済みであることを示す。

「さあ、サインして。これでお互いスッキリでしょ」

私の筆跡を目にした陸原湊は、ようやく私が本気であることに気づいた。

「紫苑、全部俺が悪かった。殴っても罵っても構わない。だけど、どうして俺を捨てるなんてできるんだよ」

「子どもが嫌いだって言ってたよな?じゃあ産まなきゃいい。それでいいだろ?」

「そんな意地張るなよ。七年の関係、そう簡単に切り捨てられるのか?」

そう言っているうちに、陸原湊は自分で自分を泣かせていた。

その見え透いた芝居じみた姿に、吐き気すら覚える。

「いいから、気持ち悪い。さっさとサインして」

目元を赤くした陸原湊が、かすれた声で問う。

「……どうすれば、離婚しないって言ってくれる?」

少し考えた末に、私は微笑んで答えた。「そうだ、あなたがレースしてるところ、一度も見たことないな。連れてって、あなたのサーキット」

陸原湊は躊躇したが、私は思いやり深く提案した。「ねえ、桐島香織さんに電話して、意見を聞いてみたら?」

まさかと思ったが、陸原湊は本当に電話をかけた。

『大丈夫だよ、湊お兄ちゃん。奥さんが行きたいなら連れてってあげて。私に聞かなくていいよ』

『ちょうどみんなも、奥さんに会いたがってたし』

腑に落ちない。桐島香織はこの七年、私を一度も顔出しさせなかったくせに、急に態度を変えるなんて。何か仕掛けてきているに違いない。

陸原湊は安堵の息を漏らした。「な、香織みたいに素直だといいのに。お前もそろそろ性格直せよ。女が強すぎるのは損だぞ」

私は小さく首を振る。

(これで“強すぎる”の? 笑わせないで。まだまだ序の口よ)

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