
新婚初夜、車椅子の御曹司がいきなり立ち上がってキス!?
章 3
星川理緒は一之瀬悠介の脚に視線を落とし、胸がきゅっと締め付けられるような痛みを感じた。
かつての彼の輝かしい姿を知るだけに、今の静まり返った姿が痛々しい。
ただ足が不自由だという、それだけの理由で、西園寺家の令嬢は満座の面前で式を放棄し、悠介のプライドを無残にも踏みにじったのだ。
あの場で、自分以上に心を痛めていたのは、きっと彼自身だっただろう。
理緒は悠介の正面に回り込むと、その冷たい手を取り、まっすぐな瞳で告げた。 「安心してください。 私たちはもう夫婦です。 私が、一生あなたをお世話します」
悠介の表情が、微かに強張った。
(一生、世話をするだと?よくもまあ、そんな白々しい台詞が言えたものだ)
(同情を引こうという、見え透いた芝居か)
悠介は無言で車椅子を反転させると、一階の書斎へと姿を消した。
残された理緒に、佐々木執事が慌てて言葉を継いだ。 「申し訳ございません、奥様。 旦那様は事故に遭われて以来、少々気難しくなられておりまして……」
理緒は静かに首を横に振った。 「いいえ、お気になさらず。 彼の気持ちは、わかりますから」
あのような絶望を経験すれば、誰だって心を閉ざしもするだろう。
理緒は佐々木執事に案内され、二階の自室で休むことにした。
――
「若」
書斎には、スキンヘッドの男が控えていた。 体に張り付くような黒い衣服が、力を込めずとも隆起する筋肉の輪郭を際立たせている。
佐藤翔はライターの火を灯し、恭しく悠介が銜えた葉巻の先端を炙った。
「西園寺美咲は国外へ逃亡。 西園寺側は、若への落とし前をつけられぬ状況にあります」
「俺の6億円とA級案件を五つ平らげた挙句、西園寺が返すのがその答えか?」
悠介は紫煙をゆっくりと吐き出し、指先で葉巻を弄びながら、気だるげな声で命じた。 「一度きつく灸を据えてやらねば、どいつもこいつも俺を嘗め始める。 西園寺のシマを少しばかり荒らしてこい」
佐藤翔は頷き、報告を続けた。 「西園寺美咲の件、連れ戻しますか? それと、奥様の件ですが……我々の仲間内にご紹介を?」
「必要ない」
悠介は葉巻を銜え直すと、デスクの書類を無造作に掴み、――すっくと、立ち上がった。 そして、窓辺へと歩みを進める。
書斎の隅に追いやられた車椅子が、まるで無用の長物のように静まり返っている。 その足取りにふらつきはなく、一歩、また一歩と踏みしめる様は、揺るぎなく安定していた。
手元の書類には、星川理緒の生い立ちから現在に至るまでの経歴、果ては大学時代の神宮寺涼介との交際記録までが、淡々と記されている。
彼は数ページをぱらぱらと機械的にめくり、億劫そうに呟いた。 「平凡な女だ。 俺との結婚も、どうせ金目当てだろう」
かつて一之瀬家は、悠介の妻を探していると公表した。 表向きは、足が不自由になれど、跡継ぎは残したいという名目で。
情報が流れると、名家で娘を嫁がせようとする家は一軒もなかったが、娘を売って財を成してきた西園寺家だけが、欲深く手を挙げた。
西園寺家の目的は単純明快。 資源と金さえ積めば、娘を十人差し出すことすら厭わないだろう。
佐藤翔にも、金銭以外の理由で理緒が悠介に嫁ぐとは到底思えなかった。
だが……
「今日、彼女が本来嫁ぐはずだった相手は、神宮寺家の涼介です」
「神宮寺……。 近頃、勢いを増しているあの新興勢力か」悠介が片眉を上げる。
「はっ。 ですが新郎は、式の最中に電話一本で元カノの元へ駆けつけたとか」
佐藤翔はしばし黙考し、推論を述べた。 「奥様は恐らく、神宮寺涼介への当てつけとして、若との結婚を選ばれたのでは」
書類をめくっていた指が、ぴたりと止まる。 悠介は顔を上げ、まるで子供を諭すかのように翔を一瞥した。
「短絡的だな、翔。 俺と夫婦になれば、より大きな実利が手に入る。 それこそが、俺のような『足の不自由な男』に嫁いだ、あの女の魂胆だろう」
今はまだ、あの女が本性を隠しているに過ぎない。
悠介とて、理緒の打算を拒むつもりはない。
一之瀬家の人間を黙らせるには、妻という存在が必要だった。 もし彼女が本当に利益だけを求めて嫁いできたのであれば、将来手切れとなる際も、後腐れがない。
――
理緒はベッドサイドに腰を下ろし、手持ち無沙汰にSNSを開く。 すると、トレンドの上位を独占するハッシュタグが目に飛び込んできた。
「#結婚式場、御曹司が白月光を追って逃亡」
「#新郎逃婚、新婦は怒りのあまり別人と結婚!」
コメント欄をざっと流し見れば、二人の突飛な行動に困惑する声がほとんどだったが、この騒動のおかげで、図らずも彼女自身の名も世に知れ渡ることになった。
彼女がとある音楽団のヴァイオリニストであること、過去の演奏動画までもが掘り起こされ、拡散されている。
理緒は吸い込まれるように自身の演奏動画に見入った。 懐かしさが胸に込み上げてきた、まさにその時――神宮寺涼介から着信があった。
「理緒、今どこにいるんだ?会って話そう」
おすすめの作品





