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「役立たず」と売られた私が、最強の座を奪うまで の小説カバー

「役立たず」と売られた私が、最強の座を奪うまで

古川詩鈴は、かつて斉藤景吾の命を救うために視力を失った。しかし、献身的な愛の結末はあまりに無惨なものだった。結婚式を翌日に控えた夜、斉藤は彼女の視覚障害を逆手に取り、借金の返済代わりとして彼女を松岡家へ売り飛ばしたのだ。嫁ぎ先は、北瑛市で「無能な放蕩息子」と蔑まれる御曹司のもと。世間はこの悲劇的な縁談を嘲笑し、盲目の少女の末路を冷ややかに見守っていた。だが、彼らはまだ知らない。「憐れな犠牲者」に見えた詩鈴の真の姿を。彼女は千年に一度の才能を持つ調香師であり、世界を股にかける天才ハッカー、伝説的なレーサー、さらには国際的な秘密組織のトップという、驚愕の顔を隠し持っていたのだ。隠された正体が次々と暴かれ、街中が驚天動地の騒ぎに包まれる中、彼女を捨てた斉藤は絶望の淵に立たされる。かつての婚約者が手にした栄光と権力を前に、彼はメディアの前で醜く泣き崩れた。自らの愚かな選択を悔やみ、彼女を松岡に譲ったことを激しく後悔するが、もはやその声が彼女に届くことはなかった。
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斉藤家は、北瑛市で百年の歴史を誇る名家だ。父親である斉藤重樹はメンツを何より重んじ、一人息子である景吾の結婚式とあっては、市内最大級の規模で盛大に行うよう厳命していた。

妻の芙由理が、万事にわたって自ら陣頭指揮を執っているのもそのためだ。

しかし、彼女が本来、嫁として心に決めていたのは、古川家の長女、古川紗雪だった。才色兼備の紗雪こそが、息子に相応しい完璧な相手だと信じて疑わなかったからだ。

だが重樹が「恩返し」に固執し、景吾に古川詩鈴を娶るよう命じた。それが、芙由理が詩鈴を憎む決定的な理由となった。

芙由理は常々、詩鈴のことを「どこからともなく湧いて出た泥棒猫」と罵っていた。

「若奥様の衣装、これどう見てもピンクのブライズメイド用ドレスですよね? 全然ウェディングドレスに見えない」

「奥様も人が悪い わ。わざと恥をかかせようとしてるのが見え見えですもの、アハハ……」

「どうせメクラだもの。ウェディングドレスかどうかなんて見分けがつくはずもないわ。 明日もそのまま着て出て、笑いものになればいいのよ」

使用人たちのひそひそ話はかすかだったが、詩鈴は耳を澄ませ、すべてを聞き逃さなかった。

彼女は生まれつき聴覚が人並み外れて鋭く、失明してからはそれがさらに研ぎ澄まされていたのだ。

詩鈴は目の前に置かれた「婚礼衣装」を指先でなぞりながら、心の中で冷ややかに嘲笑った。

階段の踊り場から、カツカツという足音が近づいてくる。

胸元をはだけたシャツ姿の景吾と、乱れた髪にスリップドレス一枚の紗雪が、同時に姿を現した。

詩鈴がこれほど早く戻っていると思わなかった景吾は、その端正で涼やかな顔に一瞬、露骨な嫌悪の色を浮かべた。

状況を察した芙由理はすぐに使用人たちを全員下がらせ、明日の計画を台無しにしないよう、紗雪を裏口から帰させるよう息子に目配せした。

景吾は紗雪の腰を抱き寄せ、額に口づけを落とすと耳元で囁く。

「明日になったら、俺は完全にお前のものだ。いい子だから、今は先に帰ってて」

紗雪は忍び足で裏口から抜け出した。

詩鈴はうつむいたまま、かすかな笑みを浮かべた。

景吾の足音も、この部屋に何人の人間がいるのかも、彼女には手に取るようにわかる。

残念なのは、彼ら一家の今の醜悪な表情を、この目で見られないことだけだ。

芙由理はドレスを残し、二言三言言い捨てて本邸へ戻っていった。

詩鈴はソファに静かに座っていた。いつも通り穏やかで、まるで感情を持たない美しいビスクドールのようだ。

景吾はほっと胸を撫で下ろした。この様子なら上の階での出来事に気づいていないだろう。

身なりを整えて隣に座り、詩鈴の氷のように冷たい手を握る。「酒は買えたか?」

詩鈴はそっと手を引き抜き、淡々と答えた。「ええ。でも喉が渇いて、我慢できずに飲んでしまったの」

景吾はテーブルの上のグラスと半分空いたボトルを一瞥した。眉間に複雑な色が走ったが、すぐに消える。「構わないさ。君が楽しければ、いくら飲んでもいいんだよ」

詩鈴は口元を緩めた。「景吾は、本当に私に“優しい”のね」

景吾は笑みを浮かべ、この上なく優しく彼女を抱き寄せた。「馬鹿だな。君は俺の妻になるんだ。君に優しくしなくて、誰にするんだ?」

彼の腕の中に抱かれながら、詩鈴は別の女のきつい香水の匂いに頭痛を覚えた。

三秒後。

詩鈴は彼を押しのけた。

(汚い、本当に汚らわしい!)

彼はわかっている。

彼女もわかっている。

これが、別れの抱擁だと。

「明日の朝一番で、婚姻届を出しに行こうか」と景吾が言う。

詩鈴は微笑んで頷いた。「ええ、わかったわ」

「いい子だ」 景吾は彼女の艶やかな黒髪を撫でて立ち上がると、瞬時に無表情に戻った。

彼は知っている。詩鈴は従順で、決して逆らわない。明日、彼女は大人しく罠にかかるだろう。

だが、彼は彼女のその面白みのない朴訥さに、心底うんざりしていた。

翌日、区役所。

空は厚い雲に覆われ、ロビーは大勢のカップルでごった返していた。

詩鈴は白いワンピースを纏い、待合のベンチに静かに座っている。

景吾が自ら並んで整理券を取りに行った。

係員は情報を登録する際、彼にいくつか基本的なことを尋ねた。

カウンターにもたれかかり、景吾が職員と談笑している。

詩鈴は耳を澄ませ、その会話を拾い上げた。「新郎は私じゃありませんよ。“松岡峻一”です。新婦はこの古川詩鈴。私は彼女の兄で、付き添いです。彼女は目が見えないから、サポートが必要でしてね……」

それ以上聞く必要はなかった。

白杖を握る手に、じわりと力がこもる。

彼女は記憶を辿り、その名を探った。「松岡峻一」

北瑛市で悪名高い放蕩御曹司。松岡家の唯一の跡取りだが、父親は国境守備軍のトップで長年不在のため、野放しにされてきた。

幼くして母を亡くし、性格は歪み、冷酷非道。悪事の限りを尽くす、誰もが顔をしかめる札付きの「極悪二世」だ。

だが、神は彼に、息をのむほど妖しい美貌を与えていた。

重要なのは、松岡家が香水の都全体の経済を牛耳っており、松岡峻一自身も香水工房を所有しているという点だ。

斉藤家で一年かけて見つからなかった「あの物」が、もしかしたら松岡家にはあるかもしれない。

その時だ。

役所の前の通りに、轟音が響いた。

一色のハイパーカーが整列し、銀のケーニグセグを中心にピタリと距離を保ちながら民政局前に停車。入り口は車体の壁で水も漏らさぬほど封鎖された。

極限の傲慢さ、極限の派手さだ。

ドアが一斉に開き、数十人の訓練された黒服の男たちが降り立った。一糸乱れぬ動きで整列し、威圧的な人の壁を作る。

続いて、ケーニグセグのドアが跳ね上がる。黒のスラックスに包まれた長い脚が伸び、薄底の革靴が地面を捉えた。

衆人の注目の中、長身の男が姿を現した。

仕立ての良い黒のシルクシャツ。ボタンを二つ開け、引き締まった蒼白い胸元を晒したその姿は、野性味に溢れている。

朝の微光が、その妖しくも危険な美貌を照らす。深い瞳に不敵な笑みを浮かべ、軽やかにロビーへと歩み入る。全身から、慵懒でありながらも圧倒的な気配が放たれている。

闊歩するその姿は、攻撃的な気品に満ちている。

どう見ても、結婚の手続きに来た新郎には見えない。まるで――ここを破壊しに来た「喧嘩師」そのものだった。

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