
夢の先の、その先は
章 3
高校に入ってからの亮治は、本格的な筋トレを始めた事で驚くほど逞しくなった。身長も更に伸び、目線が少し上にある──どころじゃなく、明らかに顔を上げないと目を見て話せないくらいだ。
改めて言うが、決して俺が小さいわけじゃない。亮治といるせいで小さく華奢に見られるが平均身長は余裕で超えてるし、陸上を少しかじった事もありそれなりに筋肉だって付いている。
ただ亮治は、胸が分厚くて脚も太くて真っ黒に日焼けしてて──男として憧れるような、でも少し悔しさを感じるような、そんなすごい体になっていた。
おまけにアイツは、結構イケメンだ。
着る物なんていつもジャージか、俺が適当に見繕ったGパンTシャツばっかりだから到底お洒落とは言えないけれど、気付けば休み時間や練習に向かう途中で女の子たちに囲まれてる姿を見る。
中にはハッキリ『付き合ってくれ』という子や堂々と手紙を渡す子もいた。
そんな子に困ったように笑いながら、けれど毎回きっぱりと断る亮治を見て、何故かいつもホッと胸を撫で下ろす俺。
何故かなんて、その頃はわからなかった。でも、アイツには俺以外の人間を見て欲しくないと本気で思った。
あの頃にはもう、俺の中で亮治への気持ちが少し変わり始めていたのかもしれない。
夏の県予選が始まると、俺はどんな用事があろうとも球場に応援に行くようになった。亮治を優先したいあまり、せっかく声をかけてもらってた陸上部への入部を断ったくらいだ。
『アイツは亮治の専属マネージャーかなんかか?』なんてやっかみ混じりの陰口も全く気にならなかった。それがあの時の俺には当たり前の事だったから。
地区予選。
1年の時は打線がまったく奮わずあっさりと2回戦敗退。
しかし2年の時は初戦、2回戦共に無失点6回コールドで悠々突破した。
既に背番号1を背負っていた亮治は試合を重ねるごとに最高球速を上げ、エラー絡みでの失点はあったもののストレートはとうとう準決勝の時には150kmを超えた。
いよいよ甲子園出場かと地元もやけに盛り上がり、注目選手筆頭としてテレビにまで取り上げられるようにまでなったものの、結局決勝ではやはり連続エラーから失点。そこからガタガタと調子を崩すとそのまま立て直すことができず、中学時代亮治に声かけていた県内随一の強豪校に逆転負けを食らった。
秋の新人戦は亮治が肩の違和感を訴えた為に控えに回り、この時もベスト4であえなく散った。
秋の大会での敗戦は、即ち春の選抜大会の出場校から漏れる事を意味する。
圧倒的な才能だ、近年稀に見る逸材だと言われながら、亮治は甲子園のマウンドに立てないままだった。
そして──運命の3年生の夏。
亮治の体調も仕上がりも完璧だった。
この頃になると、たかが練習試合であっても観客席には生徒や親とは全く空気の違う人間の姿が目立つようになっていた。スーツの上着を膝に乗せ、細かくスコアを書き込んだりビデオを回したり。
おそらくプロのスカウトだったんだろう。
彼らの目は誰もかれも真剣で、亮治がそれほどの選手なのだと実感させるには十分だった。
勿論、うちの親父を中心とした市の商工会やPTAも大騒ぎだ。万全の状態の亮治がいる今年のうちの高校は予選前から県代表の最有力で、みんないつでも休んで甲子園に行く気マンマンだった。
私立ではない地元の子ばかりが通う公立校だからこそ、その盛り上がりは半端じゃなかった。
しかし県予選の組み合わせ抽選のわずか3日前…うちの高校は大会への出場を辞退した。レギュラーではない1年生、2年生の数人による連続暴行と恐喝が発覚したのだ。
待ちに待った予選当日を迎える事なく、亮治の最後の夏は終わってしまった。
今もあの日の…校長室に部長や監督と共に呼び出された日の亮治の顔は忘れられない。
すべての糸が切れてしまったような、すべての感情を失ってしまったような。
誰も亮治に声をかける事ができなかった。
彼がどれほど努力してきたのか、みんな知っている。
彼がどれほどのプレッシャーと戦ってきたのかも知っている。
そして──彼は、何一つとして悪くないのだという事も。
亮治への同情の声が上がる中、アイツは学校に出てくる事もできなくなった。それどころか、小学生の頃からの日課だったはずのうちに飯を食いに来る事すらしなくなった。
そんな亮治の態度に俺が我慢できたのはたった2日だった。
しばらくそっとしておいた方が良いなんて事、理屈ではわかってる。頭では理解してる。
けどそれ以上に、アイツの顔を見ないなんて無理だった。
ただ会いたくて、とにかく慰めてやりたくて──情けないほどあっさり限界を迎えた。
学校なんて行ってる場合じゃない。
自分で不細工なおにぎりを作り、お袋が用意してくれてた味噌汁をポットに入れて隣のマンションに向かう。しばらくは籠城される覚悟でガンガンドアを叩きまくれば、そこは案外あっさりと開放された。
現れたのは、いつも俺の後ろをついて回ってた頃そのままの幼い顔をした、けれど体だけはバカみたいに大きい男。
「ごめんね、たかちゃん…俺、甲子園に連れて行ってあげられんかった……」
普段あんなに凛々しい顔をくしゃくしゃにして、亮治はポロポロと涙を流す。俺は思わずその頭をしっかりと胸に抱き込んだ。
可哀想だとか、同情だとか、そんな気持ちじゃない。ただ愛しくて愛しくて愛しくて、ひたすらに愛しくて…そうすれば俺の胸の内が伝わるような気がしたから。
亮治は俺の腰にしっかりと腕を回してくる。
しっとりと俺のシャツが湿ってきたのは、たぶん暑いからってだけじゃなかっただろう。
しゃくり上げるように動く頭を撫で、俺達はそのまま動けなくなった。
それからどれくらいの時間が経ったのか。
お互いの体温がすっかり合わさって同じになった頃、俺の腕の中の亮治がポツリと呟いた。
「たかちゃんは…高校卒業したら大学行くんじゃろ?」
「おう、関西の大学に行く。農学部に醸造について専門で勉強できる研究所があるけぇ、そこにな。灘のメーカーと提携してオリジナルの日本酒開発もしよるんで。俺はうちの会社継ぐんじゃし、本格的に勉強しときたい」
「ほしたら俺も…おんなじ大学行く」
「バカ言うなや。なんぼお前が頭悪うないいうても、さすがに今の成績じゃったら無理じゃ」
「死ぬほど勉強する」
「ダメじゃ。死ぬほど言うんなら、お前には他に死ぬほど頑張らにゃいけん事あろうが。プロ入りの話、来とるんじゃろ?」
「プロ志望出しとるわけじゃないし。たかちゃんと離れとうないもん。俺、たかちゃんを甲子園に連れて行きたいけ頑張ったんじゃもん!」
トクントクンと胸が鳴る。
わかってた…わかってるつもりだった。
亮治が俺の夢を叶えたい一心で野球に打ち込んでいたと。
亮治の夢のすべては俺の為だけにあるんだと。
こうして改めて言葉で伝えられてみて、俺は改めて自分の気持ちに気付いた。
亮治は俺だけのものだ。
そして俺は──亮治だけのものだ。
誰にも渡さないし、俺は亮治以外の誰のものにもならない。
想像以上の自分の醜い独占欲に少し驚く。
いつからこんな思いを抱いていたのだろう?
けれど不思議とそれを嫌だとも思わないし、心のどこかで当たり前だと感じていた。
「亮治、俺はまだお前に夢を叶えてもろうとらん」
「だ、だって…俺の甲子園は…」
「今度はオールスターのマウンドに立っとるところ見せてくれぇや。俺、お前のピッチングフォームすごい好きなんよ。ほじゃけ、プロの選手からバンバン三振取って、俺の為にお立ち台でヒーローインタビュー受けてくれぇや。勿論その時は俺に特等席のチケットくれんにゃいけんのんで?」
「でも…でもプロなんかなったらたかちゃんと離れる事になる。俺、たかちゃんと離れてしもうたら、もう頑張れん」
「心配すんなや。ちゃんと頑張れるお守りやるけ大丈夫じゃ」
胸元から亮治の顔を引き剥がす。涙と鼻水でカピカピになった顔を指で綺麗に拭いてやり、チュッと額にキスをした。
「どうな? ちぃたぁ頑張れる気になったろ?」
「まだならん…て言うたら?」
腰を下ろさせた亮治の脚を伸ばし、そこに乗り上げる。さっきまで泣いてたはずの亮治の目は、今度は期待でキラキラしだした。
俺は心臓をバクバクさせながら、目の前のちょっと分厚い唇をペロッと舐めてみる。そこから先をどうしたら良いかわからず、とりあえずムチュッと勢いのまま自分の唇を押し当てた。
驚いたように目を見開いた亮治は、一瞬動きを止め、両肩を強く掴んで俺を押し倒してくる。
そのままただひたすらムチュムチュと唇を押し付け合いながら、俺達は床をゴロゴロと転がった。
「あ、たかちゃん…どうしよ」
息継ぎの仕方なんてわかるはずもなく、二人ともぜーぜー言いながらそっと抱き合う腕の力を弛める。どうしようの言葉の通り、亮治は本当に困ったように眉を思いっきり下げていた。
「なんか…勃った」
「……まあ、俺もじゃ」
仕掛けたのは自分の方だからと心の中で言い訳をし、俺は亮治のハーフパンツの穿き口から手を突っ込む。そのままギンギンになっている亮治の中心をキュッと握り込むと、真似するように亮治も俺のジーンズの隙間から手を差し入れてきた。
「お前、この先のやり方とか知っとる?」
「いや、知らん。たかちゃんは?」
「俺もわからん。ほしたら今日は…このまま抜き合いだけしようか。お前がちゃんとドラフトかかってプロ入りが決まったら、その時に最後までしてみようや。それでええか?」
亮治の同意を確認するまでもなく、俺は穿いてた物を全部脱ぎ捨てる。亮治も慌ててハーフパンツと下着を脱いだ。
俺のよりちょっと太い亮治の中心を、改めてじっと見ながら握ってみる。他人のそれであっても、嫌悪感などまったくない。
それどころか、俺とのぶつけ合っただけのキスで形を変えているそこがやけに可愛く思えた。
思いは亮治も同じだったらしい。躊躇う事もなく手が伸びてきて、俺のをやわやわと握りしめた。
それぞれが思うように相手のモノを刺激しあう。
昂った気持ちと体は正直で、二人ともいとも簡単にお互いの手の中に欲を吐き出した。
けれど若さというやつか、思いの強さだったのか。火のついた体は一度の頂点では満足できず、二人とも中心から手を離す事をしない。
それぞれもう出す物も気力も空っぽになった頃には、下半身だけでなく全身が汗と、それとは違う物とでベタベタになっていた。
つけっぱなしだったテレビでは県予選の抽選会の様子が中継され、開け放たれた窓からは、腹が立つほど真っ青な空に入道雲が見えた。
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