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愛しているから の小説カバー

愛しているから

高校時代に出会った三人。私と、私が心から愛した彼、そして何でも打ち明け合えるほど仲睦まじかった親友。かつての私たちは、恋人とその友人という理想的な関係を築いていた。しかし、学校を卒業し、それぞれが異なる未来へと歩み始めたことで、穏やかだった三人の絆は少しずつ形を変えていく。そしてある日、あまりにも残酷で不可解な悲劇が訪れた。かつての恋人と、かけがえのない親友が、なぜか同じ日に自らその命を絶ってしまったのだ。残された私には、彼らが死を選んだ理由も、その日が重なった真相も一切知らされていない。幸せだった過去の裏側に、一体どのような秘密が隠されていたのか。愛し合っていたはずの彼と、信頼していた彼女が抱えていた葛藤とは何だったのか。変わり果てた関係性の果てに起きた、あまりにも悲しい事件の真相を追い求める。若さゆえの純粋さと残酷さが交錯するなかで、失われた二人の足跡を辿り、隠された真実を解き明かしていくミステリー・ロマンス。愛しているからこそ見えなかった、彼らの本当の姿とは。
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3

_____ここからは、浩美の視点からの回想になります。時間は、高校を卒業して誠と優子がそれぞれ就職、浩美は専門学校に進学してその後就職して1年ほどがたったころから始まります。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇    

好きなことを勉強して、好きな仕事に就いた…はずだった。 こんな筈じゃなかった…。

毎日毎日、デザインとは関係ない営業とコピーとりの雑用に追われて、あっというまに時間が過ぎる。 週末には接待という名の、セクハラいっぱいのお酒の席に呼び出される。 タバコの匂いとお酒と、どうでもいい会話。 上司からは、もっと愛想良く取引先と会話しろと言われるけれど、何も楽しくないし話したいこともない。

そんな毎日が続いて、だんだんと笑いたくても笑えなくなっていた。 今日が何日かもわからない、ご飯の味もわからない、寝てるつもりでも朝になるまでずっと時計の音を聞いていた。

『大丈夫?無理してるんじゃない?』

「…ひっ…く……」  

ある日かかってきたお母さんからの電話に、我慢していた感情が溢れ出た。 言葉が出なくて、ひたすらに泣いた。

『……帰ってきなさい。待ってるからね』

 誰の声も聞こえなくなっていた私の耳に、お母さんの声が染み込んだ。

_____私、泣きたかったんだ…

そして、ここから帰ってもいいと言って欲しかったんだと気づいた。 次の日には、退職を申し出た。 雑用ばかりだったけど、私なりには頑張っていたし引き留められるだろう、面倒くさいなと思っていた。 なのに。

「わかった。人事部に話しておく。手続きはそこで聞いて」

そんなものだった。 好きなデザインができると思って入社したのに、ほとんどデザインもせず退社することになった。

_____何やってたのかな?私

引っ越しには、お母さんが手伝いに来てくれた。    

「ごめん…ね、お…母さ……ん…」  

_____好きな会社と一人暮らしを許してくれたのに

泣きながら荷物を詰めていく私を、お母さんは黙って抱きしめてくれた。 

久しぶりに帰る我が家。少しの坂道を上って、レンガの門にたどり着いた。 花壇には四季咲きの薔薇が小さな花を揺らしている。

_____帰ってきたんだ、私

新卒で内定をもらって、ワクワクしながら一人暮らしを始めてからまだ1年も経っていない。 もうずっと昔のことのような気がするのに。

「部屋はそのままにしてあるからね」

「…うん…ありが…と」

懐かしいリビングのソファに腰掛けた。 家族4人で、座る位置は決まっていて、私の席には犬柄のクッションがそのまま置いてあった。 とても落ち着く空間だ。 家にいた頃は、そんなふうに感じた事はなかったのに、いまはとても私を包んでくれて癒してくれる。 会社を辞めたことで、毎日のストレスからは解放された。 気持ちも軽くなった気がする、だけど。

「さぁ、今夜は何が食べたい?浩美の好きなもの作るから、なんでも言って」

「…ん…あ、と…」

「ん?なぁに?」

小さな子どもをあやすように、私を見つめるお母さん。 言いたいことがあるのに、言葉がうまく出てこないのだ。 スムーズに話すことができなくなってしまった。 伝えたいことはたくさんあるのに、それが脳から口へ降りるまでに言葉として降りてこない感じがする。

「はい、これ」

「?!」

「なんとなくね、浩美は疲れ過ぎてると思って。きっと言葉を話すのも疲れてしまうんじゃないかな?だから、書けるなら文字でもいいし。落書きでもいいし」

お母さんに手渡されたのは24色の色鉛筆と黄色と黒のスケッチブックだった。

「あ、うん…」

もう何日もスケッチブックも色鉛筆も持っていなかったと思い出した。 描くということがあんなに好きだったのに。 クリーム色とピンクと焦茶色と、グリーンと。 サラサラと描いたのは…。

「あ、わかった!グラタンね?それもサーモンの?」

「…ん!」

伝わった。 ホッとした。 ここ《家》にいれば、私は守られて暮らしていけると思って安心した。

「浩美、お帰り。ん?ちょっと痩せてしまったか?でも大丈夫だ、またお母さんのご飯を食べたらあっという間に元通りだからね」

仕事から帰ってきたお父さんは、椅子に座って絵を描いていた私の頭を優しく撫でた。 大工をしているお父さんの手は、ゴツくて大きくてそしてあったかい。

「あ…」

すんっと鼻を啜ってしまう。 泣きたいわけじゃないのに、ただいまって言いたいのに。 こんなに泣いてしまったら、きっとお父さんも心配する。

「そっか、そっか…今夜はサーモンのグラタンなんだな。しばらくはご馳走が続きそうだな」

私の絵を見て、さらに頭を撫でてくれた。

ご馳走…お父さんはお母さんが作るご飯は、全部がご馳走だと言っていた。 “大好きな人が心を込めて作ってくれるご飯は、ご馳走に決まってる” それがお父さんの口癖。 結婚して20年以上も経つのに、いまだにことあるごとに“大好き”を言い合う夫婦は、珍しいんだと一人暮らしを始めてから、知った事だった。 家にいる頃は、それが当たり前だったから。

「ただいま!あ、姉ちゃん、おかえり」

「あ、ん…」

ただいまが言えない、もどかしい。

「やったね!今日の晩飯はご馳走だ!グラタンに生ハムサラダにかぼちゃのスープだ!あ、俺はご飯大盛りだからね、母さん」

弟の太一は、高校3年生。 また背が伸びた気がするな。 家族が4人揃って、やっと私は帰ってきたと実感した。

_____誰も私を問い詰めたり、ひどく、いたわったりもしない

きっと今の私は家にいた頃の私とは違う。 それでも“そんなことはなんでもないよ”と言われてるようで、うれしかった。

_____こんなに幸せな家にいたんだなぁ、私

何を食べても味を感じなかったのに、その日のご飯はとても美味しかった。 やっぱり、お母さんのご飯はご馳走だと思ったら、また涙があふれてきた…。

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