
捨てられた妻の逆襲:後悔してももう遅い
章 2
広志のジャケットのポケットからこぼれ落ちたのは、写真とカードキーだけではなかった。
何か別のもの――鋭く光を反射する小さな金属片があった。
それは華奢な金色のヘアピンだった。柳詩織がいつも身につけている類のものだ。
私はそれを拾い上げ、冷たい金属の感触を指先で確かめながら、現実を突きつけた。
「これも仕事道具なの?」
広志の視線が泳ぎ、私と目を合わせようとしない。次の瞬間、彼は突然私の手からヘアピンを奪い取り、まるで汚いものでも触るかのようにゴミ箱へ投げ捨てた。
「知らねえよ」と彼は鼻で笑った。「誰かが落としたのが紛れ込んだんだろ」
あまりにも薄っぺらく、あまりにも無神経な嘘に、頬を叩かれたような衝撃を受けた。彼は私の知性を侮辱している。
「凛、そんなことより」
広志は立ち上がり、私を抱き寄せようと手を伸ばしてきた。「久しぶりに二人きりなんだ。そんな怖い顔をするなよ」
彼の腕が私を囲おうとした瞬間、鳥肌が全身を駆け巡った。
それは単なる怒りではない。生理的な、内臓からの拒絶だった。
私はありったけの力で、彼の胸を突き飛ばした。
「触らないで」
広志はよろめき、信じられないという表情で私を見つめたが、すぐに苛立ちへと変わった。「なんだよ、その態度は」
「関係を公表して」
私は彼の目を真っ直ぐに見据え、震える声で、しかしはっきりと言った。「事務所のウェブサイトで――そして世間に対して、あなたが既婚者であることを公表して。そうすれば、あなたの言うことを一つくらいは信じられるかもしれない」
広志の顔から血の気が引き、すぐに怒りで赤く染まった。
「バカなことを言うな!」
無機質な病室に彼の怒鳴り声が響いた。
「今そんなことをしたらどうなるか分かってるのか? 俺は詩織……柳さんの離婚訴訟の代理人なんだぞ! 私生活のスキャンダルが出れば、勝てる裁判も落としかねない!」
「つまり、柳さんの離婚のために、私は隠れていろということ?」
「お前は何も分かってない! これは俺のキャリアの問題なんだ!」
彼は髪をかきむしり、苛立ちながら歩き回った。「この件が片付いたら、ちゃんとする。盛大な結婚式だって挙げてやるよ、約束する。だからそれまで黙って待ってろ」
「それまで? 『それまで』っていつ?」
「しつこいな! 待てないのかよ!?」
広志はそう吐き捨てると、ポケットから乱暴にスマートフォンを取り出した。「事務所に戻る。お前みたいなヒステリックな女と話してられるか」
彼はドアを乱暴に開けて出て行き、私を静寂の中に置き去りにした。
病室に重く息苦しい静けさが戻る。私は長く、震える息を吐き出した。
もう待つのは終わりだ。
私はスマートフォンを手に取り、以前調べておいた興信所の番号をダイヤルした。
「調査をお願いしたいんです」私の声は感情を失っていた。「対象は、南広志と柳詩織です」
電話を切って間もなく、再びドアが開いた。
ノックも、躊躇もなく。
そこに立っていたのは、ファッション雑誌の表紙から抜け出してきたかのような女性だった。完璧な身なり、隙のない態度。
柳詩織だ。
彼女は私を見て、唇に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「あら、本当にいたのね」
私は動揺を飲み込み、冷たく彼女を見返した。「どうぞ、お入りください」
詩織は優雅な、計算された足取りでベッドサイドまで歩み寄ると、まるでリサイクルショップの家具を値踏みするかのように私を見下ろした。
「広志から聞いたわ。病気なんですって?」
彼女の声からは、同情を装った、何の温かみもない響きがした。「可哀想に。でもね……広志にとって、あなたはただのお荷物なのよ」
「何が言いたいの?」
「昨日の夜、彼は私と一緒にいたわ。私の肌に触れながら、彼はこう言ったの。『凛は家政婦としては優秀だけど、女としての魅力はゼロだ』って」
胃の奥から確かな熱がこみ上げ、吐き気が続いた。
とどめを刺すように、詩織はスマートフォンを取り出し、画面を私に向けた。
そこには、ベッドで熟睡する広志と、彼に親密に寄り添う詩織の姿があった。
撮影時刻は、私がこの部屋で一人痛みに耐えていた時間と正確に一致していた。
「あなたはただの道具よ、凛。彼の成功のための、都合のいい踏み台」
詩織の言葉はカミソリのように、残っていた私のプライドを切り裂いた。視界が滲み、部屋が回転するように感じた。
屈辱で指先が震えた。
だが不思議なことに、涙は出なかった。
悲しみの代わりに、腹の底から黒く重い怒りが湧き上がってきた。私は道具なんかじゃない。
「広志は私に夢中なの。あなたみたいな地味で退屈な女じゃ、彼の心は満たせないわ」
詩織は軽く笑い、ベッドの柵に手を置いた。「もう彼を解放してあげたら? あなた自身のためにもね」
その瞬間、彼女の香水の匂いが漂ってきた。
ついさっきまで、広志にまとわりついていたのと全く同じ匂い。
私の中で何かが切れた。プツリと、決定的に。
私は顔を上げ、詩織の目を真っ直ぐに睨みつけた。
「そうね、あなたの言う通りだわ」
私の声は低く、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「あなたがそこまで彼を欲しいなら、くれてやるわ。どうせゴミだもの」
詩織の顔から笑みが凍りついた。
誰かの都合のいい女でいるのは、もう終わりだ。
反撃の狼煙は、たった今上がった。
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