冷遇妻は、二度と微笑まない の小説カバー

冷遇妻は、二度と微笑まない

9.1 / 10.0
「冷遇妻は、二度と微笑まない」は、愛なき結婚に終止符を打つ女性の決断を描くmodernなbillionaire romance novelです。完璧な妻を演じてきた涼子は、夫・瑛人の裏切りを機に離婚を決意し完全逃亡を図ります。愛人の元へ通っていた冷酷な絶対君主が、失った愛の重さに気づき、彼女の足元に縋り付くまでの逆転劇。読者を惹きつける刺激的なromance storiesをお楽しみください。
「冷遇妻は、二度と微笑まない」のあらすじ
結婚から三年の月日が流れても、雨宮瑛人の態度は氷のように冷たいままだった。神楽涼子は彼の冷遇に耐え、完璧な妻として献身的に尽くしてきたが、この結婚は彼女の兄の犠牲によって成立した歪な鎖でもあった。涼子はいつか愛が芽生えると信じていたが、瑛人の心には常に別の女性の影があった。決定的な瞬間は結婚記念日に訪れる。猛吹雪の中で待ち続ける涼子を余所に、瑛人は愛人の誕生日を祝っていたのだ。絶望の淵で涼子の心はついに決壊する。彼女は涙を流すこともなく即座に離婚届に署名し、全ての痕跡を消して彼の前から姿を消した。周囲は瑛人が初恋の相手と復縁し、離婚が成立するのを当然視していた。しかし、いつまで経っても離婚の報告は届かない。やがて人々が目撃したのは、かつて冷酷な絶対君主として君臨していた瑛人が、一人の女性の足元に縋り付く姿だった。プライドを捨て、無様に離婚を拒む彼の哀願が虚しく響く。「頼む、行かないでくれ。離婚なんてしたくないんだ」と。立場が逆転した二人の愛の行方は。
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冷遇妻は、二度と微笑まない 第1章

夜。大雪が降りしきり、肌を刺すような寒風が山の上を吹き抜けていた。厚く積もった白い雪の上に立っているのは、雨宮涼子ただ一人だった。

腕時計に目を落とす。針は、とっくに三時間前を指し過ぎている。涼子はそっと睫毛を伏せ、胸の奥に広がる落胆を、いつものように押し込めた。——雨宮瑛人は来ない。そのことくらい、とっくに分かっていた。

ここへ来る前から、答えは出ていた。それでも、心のどこかに残ったほんのわずかな期待が、彼女をここまで連れてきた。せめて今日だけは思い出してくれるかもしれない。二人の、結婚記念日を。

ひび割れた唇の端が、かすかに引きつる。胸の中は痺れたように感覚が薄く、もう痛みさえもはっきりとは感じない。

そのとき、不意に頭上で大きな破裂音が鳴り響いた。

反射的に顔を上げる。夜空に、色とりどりの花火が次々と咲き誇っていた。

彼が来た!

花火の光が涼子の瞳を照らし、さっきまで沈んでいた頬に、かすかな色を戻していく。彼女は考えるより先に、山腹のリゾートヴィラへと駆け出していた。

庭のアイアンゲートを押し開けた瞬間、目に飛び込んできたのは——笑い声と怒鳴り声が入り交じる、賑やかな人の群れだった。

三角テントがいくつも張られ、中央には焚き火。飾りつけられたライトが雰囲気を盛り上げ、冬の夜に立ち上るバーベキューの煙が、いかにも温かそうだ。

そしてその中心で。彼女の夫、雨宮瑛人は、自分のコートを別の女に掛けてやり、身を寄せ合っていた。二人は至近距離で見つめ合い、その瞳の中には甘いもの以外、何ひとつ入り込む余地がない。

ドン!

再び大きな花火が頭上で弾ける。赤いバラをかたどった花火の中心に浮かび上がった文字――「楓、誕生日おめでとう!」

同時に、涼子の胸の奥でも何かが爆ぜ、粉々になって散っていく。

彼はまだ覚えているだろうか。まだ若かった頃、ここを「二人だけの秘密の庭だ」と笑ったことを。 これから先、二人の大事な日は全部、ここで一緒に祝おう――そう約束してくれたことを。

細かい痛みが心臓の周りをびっしりと覆い尽くしていく。

「雨宮涼子!なんであいつが来たんだ?」 庭の誰かがようやく彼女に気づき、あからさまな嫌悪と軽蔑を滲ませて声を上げた。

瑛人が素早く視線を向ける。涼子は、込み上げてくる涙を必死に押し戻し、その目を見返した。そこにあったのは、冷え切った無関心だけだった。

伊藤楓は、その反応を横目で確認すると、にこりと笑って前へ出る。「涼子さんも、私の誕生日をお祝いしに来てくれたの?」

涼子はようやく瑛人から視線を外し、楓を見た。

白いニットにデニムパンツ。すらりとした体のラインを控えめに強調するその服装は、気負いがないのにどこか華やかだ。酒のせいか白い頬がうっすらと紅を差したように色づいていて、視線を集めずにはいられない。

対して、自分は......乱れた髪に、形の崩れた大きなダウンコート。鏡を見なくても分かる。疲れ切った主婦そのものだ。

楓は彼女の様子など気にする風もなく、三段重ねの豪華なケーキから自ら一切れを取り分けて差し出した。「来るって知らなかったから、もうご飯はほとんど終わっちゃっててさ。よかったら、ケーキどう?」

ケーキの上に飾られた「愛」の文字が、涼子の目には刺のように痛かった。

「呼ばれてもないのに来てさ、相手にする必要あるの?」楓の友人が、あからさまな敵意を込めて涼子を睨みつける。

「そんな言い方しないでよ。彼女だって、一応は瑛人さんの奥さんなんだから」 楓がたしなめる。

言葉だけは「奥さん」と立てながら、声色はどう聞いても、自分こそが本妻だと言わんばかりだった。

「冗談じゃないよ。あの時、あいつの兄が“手の怪我”で脅して無理やり結婚なんかさせなかったら、今頃、楓と瑛人さんの間に子どもがいてもおかしくないのに」 友人たちは、瑛人と楓の肩を持つように笑い飛ばす。

涼子は、何ひとつ言い返さなかった。ただ、瑛人を見ていた。彼が、自分が連れてきた友人たちに、妻を好き勝手に貶させるのを黙って見ている、その顔を。

冷たく整った横顔。「雨宮家を脅し」という言葉にわずかに眉をひそめただけで、その唇は終始固く結ばれたまま、一言も発しようとはしなかった。

張り裂けそうだった胸の痛みも、無くなって消えた。

「出て行け」涼子は声を張った。女主人としての威勢で。

「誰に言ってるの?ここ、瑛人さんの別荘よ。 まだ自分が、あの“神楽家のお嬢様”だとでも思ってるわけ?」楓の友人がすぐさま噛みつく。

「全員、ここから出て行って。さもないと、本当にここを燃やすわよ」 涼子は楓の友人とやり合うつもりはなかった。その言葉は、まっすぐ瑛人に向けられている。

瑛人の眉が、わずかに寄る。

「私が本気だって、あなたが一番よく知ってるでしょ?」静かな声で、さらに追い打ちをかける。

「奥さん……」瑛人の友人が慌ててなだめようと口を開いた。かつてこのお嬢様がどれほど横暴だったか、骨身に染みて知っているからだ。

「彼女の言う通りにしろ」その言葉を、瑛人があっさり遮った。

「瑛人?」楓は意外そうに彼を見た。

「高橋に、先に送って行かせる」瑛人は楓の顔の高さまで身を屈め、低く柔らかい声で告げた。けれど、その口調に逆らえる余地はない。

「……分かった。じゃあ、涼子さんとはちゃんと話してね。喧嘩は、しないで」

楓は素直に頷き、いつもの「良い女」を演じて念を押す。まるで、ここで感情を荒らげているのが涼子のほうだと言わんばかりに。

涼子は黙ってヴィラの中へ入った。自分が時間をかけて整えた室内のインテリアは、跡形もなく荒らされている。床に散らばるゴミや空き缶を掻き分けるようにして進み、ソファに腰を下ろした。

少し遅れて瑛人が入ってくる。壁にもたれ、煙草に火をつけると、紫煙の向こうから涼子を見下ろした。「雨宮涼子。こんな真似をして、楽しいか?」

いつものように取り乱すことはしなかった。泣き叫ぶことも、責め立てることもなく、涼子はただ静かに彼を見返す。そして、淡々と口を開いた。「雨宮瑛人。 私たち、離婚しましょう」

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