
箱入りお嬢様が野性すぎて、禁欲御曹司・東条様は、もはや理性を保てない。
箱入りお嬢様が野性すぎて、禁欲御曹司・東条様は、もはや理性を保てない。 第1章
廃墟となった倉庫の中は、暗く湿り、凍えるような空気が満ちていた。
「恒一、私、誘拐されたの。 早く助けに来て……」
成瀬寧音は倉庫の隅にうずくまっていた。 体には棒で殴られた無数の傷跡があり、白い頬には赤く腫れた掌の跡がいくつも残っている。 彼女は震える手でポケットからもう一台の携帯電話を取り出し、夫である恒一に電話をかけた。
嗚咽が漏れ、恐怖のあまり歯の根が合わない。
「成瀬寧音、もういい加減にしろ」
電話の向こうから、男の冷たく苛立った声が響いた。
寧音は息を呑み、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。 「本当なの、彼ら、銃を持ってる。 私……」
「もういい」 恒一は彼女の言葉を遮った。 その声は、 晩秋の冷たい雨のように冷酷だった。 「俺を帰らせるために、 そんな嘘までつくのか? 雪乃が心臓発作で倒れて、 今、 救急処置を受けてるんだ、 少しは分別をわきまえろ」
「私、嘘なんて……」
「帰国してから話そう、今はもう、俺を煩わせるな」
電話は一方的に切られ、無機質な通話終了音が響いた。
寧音は暗くなったスマートフォンの画面を見つめ、瞳がじわじわと赤く染まっていく。 心は、一瞬にして奈落の底へと突き落とされた。
人は本当に絶望した時、顔から一切の表情が消えるのだと、その時初めて知った。
ほんの半日前まで、二人は海外で一緒に休暇を過ごしていた。
しかし、雪乃から国際電話がかかってきて、胸が痛いと泣きつくと、恒一は寧音を異国の見知らぬ街に一人残し、振り返りもせずに空港へと急いだ。
妻が一人で海外にいて、危険な目に遭うかもしれないなどとは、彼の頭には微塵もなかった。
彼の心の中には、忘れられない女、雪乃しかいないのだ。
恒一が去って間もなく、寧音は背後から麻袋を頭に被せられ、無理やりワンボックスカーに押し込まれた。
そして、この廃墟となった倉庫に放り込まれ、殴る蹴るの暴行を受け、頬には十数発もの平手打ちを食らった。
誘拐犯たちは殴り疲れたのか、昼食の時間になると倉庫を後にした。 寧音は、その隙を突いて助けを求める電話をかけたのだ。
その時、寧音のスマートフォンに、雪乃からチャットアプリで写真が送られてきた。
写真には、全身ずぶ濡れになった恒一が、まるでこの世の宝物を守るかのように、雪乃を腕の中に抱きかかえている姿が写っていた。
彼の顔に浮かぶ焦燥、心痛、そして恐怖の表情は、寧音がこの三年間、結婚生活の中で一度も見たことのないものだった。
寧音は、鋭い刃物で心臓をえぐり取られたかのような、激しい痛みに襲われた。
自嘲気味に笑うと、その笑みはすぐに涙に変わった。
自分が生死の境をさまよっているというのに、夫は別の女に寄り添い、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
こんな結婚生活を続ける意味など、もうどこにもない。
彼女は涙を拭い、黒い瞳に冷たい決意を宿した。
今回、もし生き延びることができたら、すぐに離婚してやる!
その時、扉の外から鉄の鎖を引きずる音が聞こえてきた。 誘拐犯たちが戻ってきたのだ。
寧音は素早く携帯電話をポケットにしまい、頭上にある狭い通気口に目をやった。
誰にも頼れない。 頼れるのは自分だけだ。
彼女は積み上げられた木箱に乗り、膝を打ち付けてもがく激痛に耐えながら、油まみれの窓から必死に体を押し出した。 錆びた鉄線が腕を切り裂き、血の雫が雨水と混じって滴り落ちる。 彼女は歯を食いしばり、必死に逃げ続けた。
彼女は飛び降り、泥だらけの路地裏に着地した。
雨は激しく降り、地面はひどく滑りやすい。 着地の際、足首から乾いた音が聞こえ、激痛が走った。
彼女は声を殺して歯を食いしばり、傷ついた足を引きずりながら路地の奥へと進んだ。
よろめきながら大通りに出ると、一台のロールス・ロイス ファントムが激しい雨の中を疾走していた。
「くそっ!あの女、逃げたぞ!」
「追え!」
背後から、誘拐犯たちの怒号が聞こえてくる。
寧音は我を忘れ、道路の真ん中に飛び出し、ロールス・ロイス ファントムを遮った!
雨の夜に、甲高いブレーキ音が響き渡る――
窓が下がり、運転手が顔を出して怒鳴った。 「死にたいのか!」
寧音は運転手の向こう、後部座席に座る男に目をやった。
男は漆黒のスーツを身にまとい、彫りの深い端正な顔立ちをしていた。 高貴で落ち着いた雰囲気と、人を寄せ付けない冷たいオーラを同時に放っている。
雨水と涙が混じり合い、頬を伝う。 寧音は乱暴に顔を拭い、男を必死に見つめて懇願した。 「お願いです、誘拐されたんです。 助けてください」
彼女の声を聞き、男は顔を向けた。
男の眼差しは深く、泥まみれでみすぼらしい姿でありながら、必死に背筋を伸ばそうとする女を見て、その瞳がわずかに揺れた。
背後から、雑踏の足音と罵声が近づいてくる。 追っ手が、もうすぐそこまで来ていた。
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