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五年間の愛、無価値だったの? の小説カバー

五年間の愛、無価値だったの?

「おばあさま、礼十郎様との婚約を白紙に戻させてください」。坂田朋恵は、五年の歳月を捧げて尽くしてきた婚約者・礼十郎との決別を決意する。かつて彼のすべてを支えた朋恵の献身は、礼十郎の初恋相手である雅が再会を果たした瞬間、無価値なものへと成り下がった。リビングで平然と雅と睦み合い、朋恵を家政婦同然に扱う礼十郎。さらに彼は、雅の狡猾な策に溺れて朋恵を悪女と決めつけ、罵声を浴びせる。彼の心に自分の居場所がないことを悟った朋恵に対し、礼十郎は「この婚約など最初から望んでいなかった」と非情な言葉を突きつけ、彼女の心を完全に粉砕した。自分の歩んできた五年間は何だったのか。虚無感に包まれながらも、朋恵は祖母の誕生日パーティーという公の場で、彼の目の前で静かに婚約解消に同意する。これまでの未練をすべて断ち切り、彼女は思い出の詰まったこの街を去ることを決めた。愛を信じ、尽くし続けた女性が、裏切りの果てに新たな人生を歩み出すための決別の物語。
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坂田朋恵 POV:

幸江様との会話を終え, 私は冷えた体で車に乗り込んだ. ハンドルを握る指先が震える. 帰り道, 頭の中は空っぽだった. これでよかったのだろうか. この五年は, 本当に意味がなかったのだろうか. そんな自問自答を繰り返しながら, 気づけば岸本家の門をくぐっていた.

車のエンジンを切ると, 静寂の中でどこからか楽しげな話し声が聞こえてきた. 嫌な予感が全身を駆け巡る. 胸が締め付けられるような痛みに, 思わずハンドルを強く握りしめた.

ゆっくりと玄関のドアを開け, 音を立てないように靴を脱ぐ. 声のする方へ, まるで夢遊病者のように足を進めた. リビングのドアの隙間から漏れる光に, 心臓が大きく跳ねる.

開け放たれたリビングのドアの向こうには, 抱き合い, 深く口づけを交わす礼十郎様と雅さんの姿があった. 私の視界は, 一瞬にして歪んだ. 息が詰まり, 全身が硬直する. 胸の奥から, 突き刺すような痛みが走った.

「あら, ここでするの, スリルがあるわね. 」

雅さんが, 挑発的な目で私の方を見た. その視線は, まるで私の存在を嘲笑うかのようだった.

「朋恵さん, まさか怒ってるんじゃないでしょうね? 」

雅さんの言葉に, 礼十郎様は冷笑した.

「怒るわけがない. 朋恵は俺を心から愛しているからな. こんなことで怒るような女じゃない. 」

彼の言葉は, 私の心を深く抉った. 私の存在は, 彼にとって何なのだろうか. ただ都合の良い女なのか. 胸の奥が空っぽになり, 冷たい風が吹き抜けていくような感覚に襲われた.

私は, 自嘲するように口元を歪めた. 私が傷つくことなど, 彼らには微塵も想像できないのだろう. 私は, 人間ではないとでも思っているのだろうか.

私も傷つく. 当たり前に, 深く, 深く傷つく.

私は感情を押し殺し, わざと足音を立ててリビングへ入っていった. 彼らは, 私がそこに立っていることに気づかないふりをした. 抱き合う二人の姿は, 私にとっては地獄絵図だった.

「おや, 朋恵. ちょうど良かった. 雅が少し飲みすぎたようだ. 何か温かいものでも作ってきてやってくれ. 」

礼十郎様は, 私に背を向けたまま, 雅さんを抱きしめながら言った. その声は, まるで私を使用人のように扱う響きがあった. 私は, 胃の奥から込み上げる不快感を必死に抑え込んだ.

「礼十郎様, 私と貴方は婚約中です. このような行為は, 岸本家の名誉に関わります. 」

私の言葉に, 礼十郎様はカッと目を見開いた.

「この期に及んで, 幸江を盾に取るつもりか? 俺は, お前との婚約など, 最初から望んでいなかった! ずっと, 雅を待っていたんだ! 」

彼の言葉は, 私の心を粉々に砕いた. 私の五年間は, 彼の心の中でそんなにも軽かったのだろうか. 心臓が握り潰されるような激痛に, 私は息を吞んだ.

「早くしろ! 雅が吐きそうだ. 何をしている! 」

礼十郎様は, 苛立ちを隠せない様子で私を急かした. 私は, 内心で彼を嘲笑しながら, 黙ってキッチンへと向かった.

かつて, 彼が風邪をひいた時, 私は必死に看病し, 特製の酔い覚ましのスープを作ってやった. 彼はその時, 「もう二度と, 朋恵にこんなことをさせない」と, 優しく私の頭を撫でてくれたはずだ. しかし今, 私は, 彼に裏切られた雅さんのために, 同じスープを作っている.

ああ, 全てが終わる. 全て, 終わるのだ.

私は, 早くこの場を立ち去りたい一心で, 手早くスープを作った. リビングから聞こえる楽しげな声に, 耳を塞ぎたくなる衝動に駆られたが, 必死に耐え抜いた.

「朋恵さん, まさかこれ, 私が飲むとでも思ってる? 」

雅さんが, 嫌悪感を露わにして私に尋ねた. 次の瞬間, 彼女は私の手からスープの入ったボウルを奪い取り, 自らのワンピースにぶちまけた.

「きゃあああああ! 」

雅さんの甲高い悲鳴が響き渡る. ボウルは床に叩きつけられ, 砕け散った. 彼女は, 演技がかった仕草で床に崩れ落ちた.

「雅! どうしたんだ, 雅! 」

礼十郎様が, 慌ててキッチンに駆け込んできた. 彼は, 床に散らばったスープの破片と, 雅さんの服についたシミを見て, 私を睨みつけた.

「朋恵! 一体何をした! 」

礼十郎様の声は, 怒りに震えていた. 彼は, 私の言葉を聞こうともせず, ただ雅さんの言葉だけを信じた.

「雅に何をするんだ! お前は本当に悪女だな! 」

彼は, 私を悪魔でも見るかのような目で罵倒した. 雅さんは, 彼の腕に抱きつき, わざとらしく嗚咽を漏らした.

「礼十郎様, 大丈夫? 」

雅さんが, 心配そうに礼十郎様を見上げた. その視線は, 私を挑発するようにちらりと向けられた.

「朋恵は, 本当に俺を怒らせるのが得意だな. お前に, 怒る資格などない! 」

私は, 礼十郎様の言葉を無表情で聞いていた. 彼の言葉は, もはや私の心に届かなかった. 私は, 彼の心の中に, 私の居場所など最初からなかったのだと, ようやく理解した.

もっと早く, 気づくべきだった. もっと早く, ここを去るべきだった.

幸江様の誕生日が終われば, 私は完全にこの家を去る. もう, 彼の人生に一切関わることはない. そう心に誓った.

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