
叔父様、その愛は罪ですか?
章 2
「見つかったら、私は……。谷川様なら監視カメラの映像を消去できるはずです、どうか……」 紀伊理紗は谷川智彦の袖をつかみ、泣きそうな声で懇願した。
「明日、見合いがある。時間がない」 智彦は理紗の手を振り払い、冷たい背中を向けた。
簡単なことのはずだった。だが、彼は手を貸さなかった。
理紗はその場に立ち尽くし、全身の血が凍るようだった。
中村先生の葬儀で智彦と密会していたことが明るみに出れば、自分は再起不能なほど落ちぶれてしまうだろう。
谷川家からは追い出される。
大学は退学処分。
卒業証書も手に入らず、就職もできない。長年の努力が、すべて水の泡となる。
人望の厚かった中村先生、その葬儀で義理の叔父である智彦を誘惑したとなれば、 万死に値する罪だ。
悪評が立てば、鳴海市に自分の居場所はなくなるだろう。
これほど広い世界で、一体どこへ行けばいいというのか。
理紗は壁に沿ってずるずると座り込み、口を手で覆い、声を殺して泣いた。
翌日、理紗は大学へは行かず、家で生きた心地がしないまま、頭上に吊るされた剣がいつ落ちてくるかと怯えていた。
昼食後、間もなくして智彦が帰ってきた。
「杉山汐里さんとのお見合いはどうでした?」と、義姉の谷川美桜が彼を迎えた。
智彦は眉を軽く上げ、機嫌が良さそうに答えた。「とても気が合いましたよ」
美桜はほっと息をついた。「それは良かった。すぐに杉山夫人に電話して、あなたたちの結婚について相談します」
智彦は玄関の靴に目をやった。「理紗は家に?」
美桜は電話をかけながら言った。「お腹が痛いと言って、今日は学校を休んでいます」
智彦は上着を脱いだ。「様子を見てきます」
「理紗ももう大人です。叔父と姪とはいえ、立場をわきまえるべきですよ」
智彦は階段の途中で立ち止まり、軽く笑った。「あの子は俺が小さい頃から見てきましたから」
「それもそうね」美桜は頷き、そして満足げに続けた。「理紗は誰よりも規律正しい子です。一線を越えるようなことは決してしません」
二階の寝室。
「生理か?」 ピンク色の布団の小さな膨らみに向かって、智彦は声をかけた。彼は布団の中に手を差し入れ、彼女のしなやかな体の曲線に沿って下へと滑らせる。
「叔父さん」 理紗は悲鳴に近い声をあげ、慌ててその不躾な手を捕まえようとした。
「顔色が悪いな」 智彦は、理紗の額にかかった乱れ髪を耳の後ろへとかき分けた。
理紗は彼の手から逃れるように顔を背けた。
智彦は彼女を自分の膝の上へと引き寄せ、下腹部をさすった。「何度かすれば、生理痛も軽くなるらしいぞ」
全身に電流が走ったかのように、理紗は震えた。
何度かする。
彼が自分を手放す気がないことを、 理紗は悟った。
智彦はわざと監視カメラの映像が見つかるように仕向けたのだ。そうすれば、自分は谷川家を追い出され、大学を退学になり、行き場を失う。彼に屈し、飼われるしかなくなる。
理紗は声もなく泣いた。「谷川様、お願いです……せめて、卒業までは……」
智彦は理紗ごと布団に潜り込んだ。布団の中は、たちまち熱っぽく、甘い空気に満たされ、彼は彼女が何を言っているのかまるで聞いていなかった。
不意に、彼は眉をひそめた。「生理じゃないな」
理紗はこくりと頷いた。
智彦は深く息を吸い、その手で悪戯を始めた。「嘘つきめ……」
理紗の頭の中は混乱していた。
智彦に逆らうことも、拒むこともできない。
身じろぎ一つもできない。
智彦は手慣れた様子で下着のホックを外し、一枚、また一枚と衣服を剥いでいく。その瞳に宿る欲望の色は、次第に濃くなっていった。
布団の下で、彼の手は理紗のすべてを確かめるように動き回り、呼吸はますます荒くなる。
理紗は体を縮こませた。顔が熱い。男の濃密な気配に包まれ、 理紗の理性が溶けていく。
彼の愛撫に、全身が汗ばんだ。
欲望が、爆ぜる寸前だった。
コン、コン、コン――。
「どうしてドアを閉めているのです? 智彦さん、お話があります」美桜の声がドアの外から響いた。
理紗は魂が抜けたようにベッドから飛び起き、慌てて服をつかもうとする。
智彦は彼女をベッドに引き戻し、布団でその体を包み込んだ。
彼は立ち上がってドアへ向かった。
ドアが開くと、そこにいたのは微笑みを浮かべた智彦だった。その表情はすっかり落ち着き払っている。「義姉さん、何か御用ですか?」
彼の顔には先ほどまでの情欲の痕跡は微塵もなく、 まるで別人のようだった。
「中村家の方が言うには、監視カメラの映像は手に入ったものの、距離が遠くて男女の顔がはっきりしないそうです。あなたの下には、最高の技術チームがいますね。映像の解像度を上げてもらえないかしら」 美桜が言った。
智彦は袖口を整えながら答えた。「簡単なことですよ」
理紗は眉をひそめた。
断ることもできたはずなのに。
美桜は安堵のため息をつくと、理紗に視線を向けた。「あの日、理紗が奥のホールから戻ってくるのを見ました。汐辺テラスに誰かいるのを見かけましたか?」
あの日、中村先生の葬儀でのこと。
すべてがあまりに突然だった。
汐辺テラスで、二人は上半身の服は着たまま、下半身は隙間なく重なり合っていた。遠目には、ただ寄り添っているようにしか見えなかっただろう。
激情の最中だった。
湖を挟んだ向こう岸で、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。
極限の状況で、すべてが解放された。
そして、前田夫人が近づいてきて、智彦に挨拶をした。
理紗はスカートの裾を引き下ろすのが精一杯だった。
顔は紅潮し、目は動揺に揺れていた。
顔を上げると、智彦はすでに背を向け、ポケットに両手を突っ込んで涼しい顔で立っていた。その身なりは、寸分の乱れもない。
瞳からはとっくに情欲の色が消え失せていた。
まるで、さきほど欲に溺れていたのは自分だけだったかのようだ。
思い出にふけっていた理紗は、我に返った。視線を上げ、美桜の目とぶつかった。慌てて首を横に振った。「い……いませんでした」
美桜は頷いた。「いないなら結構です。あなたは良家のご令嬢なのですから、あのような汚らわしい話は耳に入れるのも、目にするのもいけません」
理紗は罪悪感に苛まれ、うつむいた。
美桜が尋ねた。「一週間以内に結果は出ますか?」
智彦は落ち着いた口調で答えた。「長くとも五日です」
理紗ははっと顔を上げた。目の縁が赤くなっている。
(谷川智彦は一体どういうつもりなのだろう)
二人の不貞を天下に知らしめたいとでもいうのか。
それもそうか。この不貞が露見すれば、世間は間違いなく自分が意図的に誘惑したと決めつけるだろう。何しろ、谷川グループの御曹司が女に困るはずがないのだから。
理紗の目に涙が滲んだ。
「早ければ早いほどいいです。一体どこの恥知らずな女か、この目で見てやりたいものです」美桜は歯ぎしりをした。
彼女は、色香で男を惑わす女を心の底から軽蔑していた。
美桜は理紗の方を向いて言った。「理紗、叔父様がいらっしゃるのに、布団に潜っているなんてはしたない。早く起きなさい」
理紗に起き上がることなどできるはずがなかった。
布団の下は、裸なのだ。
「どうしたの?熱でもあるの?」美桜は理紗の顔が真っ赤なことに気づき、その額に手を伸ばした。「どうしてこんなに汗をかいているの」
理紗は俯いたまま、心臓が喉から飛び出しそうだった。
熱などない。智彦のせいでかいた汗だ。
智彦はポケットに両手を突っ込み、まるで他人事といった表情で言った。「理紗は生理なんですよ。長谷川に生姜湯でも作らせてください」
「生理なら私に言えばいいものを、叔父様に言うなんて、はしたない」美桜は咎めるように言った。
智彦の口元に、意味ありげな笑みが浮かんだ。「俺に甘えているんですよ」
理紗の神経は切れそうだった。智彦は、自分をいたぶるこの状況を心から楽しんでいるようだった。
美桜は手を引っ込め、微笑んだ。「叔父さんと姪が仲睦まじいのは良いことです。杉山汐里さんがお嫁に来たら、理紗も彼女と仲良くしてちょうだいね」
智彦は眉を上げた。肯定のしるしだ。
布団の下で、理紗は指の関節が白くなるほど、シーツを強く握りしめた。
美桜は智彦と連れ立って部屋を出て行く。「汐里さんへの贈り物をいくつか選びに行きましょう。次に会う時に渡せるように」
一週間の猶予を得て、理紗は大学に戻った。
そんなある日、美桜から電話がかかってきた。「理紗、すぐに戻ってきなさい」
理紗の心臓が、どきどきと音を立てた。来るべき時が、来てしまった。
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