フォローする
共有
私はそのクズの申し出を受け入れて出て行ったが、横江社長は目を赤くして泣いた。 の小説カバー

私はそのクズの申し出を受け入れて出て行ったが、横江社長は目を赤くして泣いた。

榎本真衣は四年間、横江渉に一途な想いを寄せてきた。家族からの冷遇に耐え、彼のために尽くし続けてきた彼女だったが、ある日、横江は自身の姉を優先し、真衣を他人の手に渡すという残酷な決断を下す。その裏切りを機に、真衣は冷徹な現実を悟り、彼への執着を断ち切ることを決意した。過去を捨てて仕事に邁進した彼女は、瞬く間に国際的なトップモデルへと登り詰め、世界を熱狂させる存在となる。後悔に苛まれた横江が復縁を乞うが、今の彼女にとって何よりも大切なのは自らのキャリアだった。一方、平市の名門を支配する藤井海渡は、優雅な表の顔とは裏腹に、偏執的で危うい本性を隠し持っていた。当初は真衣を愛玩動物のように扱っていた彼だったが、彼女の輝きに魅了され、次第にその執着は歪んでいく。やがて映画祭の華やかな舞台で、藤井は衆人環視の中で片膝をつき、たとえ正式な関係になれずとも構わないと、なりふり構わぬ愛の告白を彼女に捧げるのだった。
共有

2

「横江、 どこからこんな極上の女を連れてきた? 紹介しろよ」

「そこらの芸能人よりよっぽど綺麗じゃねえか。 大スターになれるぞ!」

「こっちに来いよ、兄ちゃんの隣に座りな……」 下卑た声が飛び交う中、栗原家の御曹司が、隣の女の腰をにやつきながら叩き、有無を言わさず席を空けさせた。

追い払われた女は、去り際に榎本真衣を憎々しげに一瞥する。

真衣は表情ひとつ変えず、そのすべてを黙殺する。 今夜の目的はただ一つ、藤井海渡という男と接点を持つこと。 こんな雑魚どもの相手をしに来たのではない。

ひとしきり野次が飛び交うのを待って、横江渉が頃合いを見計らい口を挟んだ。 「榎本真衣、うちの事務所のモデルです。 今日はたまたま休みが合ったんで、皆さんに顔見せに。 今後、何かとお世話になるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

栗原がふん、と鼻で笑った。 「お前、横江渉の息がかかった人間を、わざわざ俺たちに紹介する必要なんてあるのかよ」

渉は笑って答えず、真衣に視線を流す。 「真衣、好きなところに座れ」

その視線が意味するところを、真衣は言われずとも理解していた。 男たちの好奇の視線を浴びながら、その人だかりを縫うようにまっすぐ進み、南西の隅へと向かう。

通り過ぎる間際、栗原がわざとらしく尻をずらして席を空けたが、真衣はそれに目もくれず通り過ぎていった。

「チッ……!」

栗原が苛立ちを露わにしようとした瞬間、その女が信じられないものを見るかのように、命知らずにも“あの男”の隣に腰を下ろしたのを見て、目を剝いた。

驚愕したのは彼だけではない。 その場にいた他の者たちも、まるで時が止まったかのように、誰もが息を殺して南西の隅に視線を注いでいた。

藤井海渡が帰国して一週間余り。 今夜は、栗原光一が音頭を取って開いた彼の歓迎会だった。

ここに集まっているのは、皆、幼い頃からの腐れ縁で繋がった仲間うちだ。

だが、藤井海渡という男は、馬鹿騒ぎに興じるだけの自分たちとは住む世界が違う。 祖父は政界の重鎮、叔母は外交官、父は上級大将、母は科学研究の第一人者。 そして母方の祖父に至っては、億単位の資産を動かす財界の巨頭だ。

絵に描いたようなエリート一族。 富と権力をその手に握っている。

海渡自身は控えめで滅多に人前に姿を現さない。 この名利の世界では、見えざる階級(カースト)が厳然と存在する。 光一ですら、母方の祖父の威光を借りて、ようやくこの平城市で藤井家との繋がりを保てているに過ぎない。

実のところ、今日、海渡が光一の顔を立ててこの場に来てくれたこと自体、三代分の徳を積んだおかげだとすら思えるほどだった。

ましてや、この界隈で藤井海渡が女に興味を示さず、冷淡で孤高の存在であることは誰もが知る事実。

あの女、命知らずにもほどがある。

あの方の不興を買いに行くとは!

光一の背中にじっとりと冷や汗が噴き出す。 あの無謀な女を引きずり戻そうと腰を浮かせた、その時だった。 強い力で肩を押さえつけられた。 振り返ると、渉がそこにいた。

光一は訳が分からず視線で問う。 「?」

渉は何事もなかったかのようにグラスを掲げ、淡々と言った。 「栗原さん、一杯どうだ?」

光一は目を細め、その意図を悟り、背筋に冷たいものが走った。

――こいつ、榎本真衣を贄にする気だ!

海渡が少しでも機嫌を損ねれば、 指先一つで真衣をこの平城市から消し去ることなど造作もない。 横江渉とは、

どこまでも非情な男だ。

だが、目の前で繰り広げられるであろう面白い見世物を、みすみす見逃す手はない。

万が一、海渡が本気で咎めてきても、すべてを渉のせいにすればいい。

自分が駒として扱われているとは露知らず、真衣は身を縮めるようにして男の隣に座ると、空になりかけていた彼のグラスに、自ら酒を注ぎ足した。

極度の緊張からか、手首が微かに震え、高価な酒が数滴こぼれ落ちる。

手首を濡らす冷たい感触にも構わず、真衣は慌てて頭を下げた。 「藤井様、大変申し訳ございません。 すぐに新しいものをお持ちします……」

言葉を言い終える前に、すっと目の前に一枚の紙ナプキンが差し出された。

「榎本さん、お気をつけて」 海渡の眼差しは凪いだ湖面のように穏やかで、一秒たりとも彼女の上に長く留まることはない。

そこには、噂に聞く上位者の傲慢さも、人を寄せ付けぬ冷徹さも、一片たりとも感じられなかった。 まるで、ごく親しい知人のように。

真衣は唇をきつく結び、絞り出すような声で「ありがとうございます」と礼を言った。

個室は広く、海渡が静かに過ごせるよう、光一はわざと彼の席を離れた場所に設けていた。 そのため、今、渦中の二人がどうなっているのか、こちらの喧騒からは声も聞こえず、様子もよく見えない。

彼は渉の方へ向き直った。 「お前、本気であの榎本真衣を差し出すのか?」

渉は杯を口に運ぶ手を止め、淡く笑う。 「取るに足らない私生児だ。 星奈とは比べ物にならん」 光一は舌打ちした。

先ほど彼女が通り過ぎた際にふわりと漂った甘い香りを思い出し、ふと、言いようのない哀れみが込み上げてきた。 「あの子は八年間、お前の後ろをついて『兄さん』と呼んでいただろう。 それに、榎本星奈の実の妹だぞ。 私生児だからって、それは……」

「栗原光一」 渉が冷ややかにその名を呼び、言葉を遮った。 「あいつを藤井海渡のベッドに送り込まなければ、星奈は諦めない」

光一は黙り込んだ。

他の者こそ知らぬが、光一はこの歪んだ関係の内情を多少なりとも知っている。

榎本星奈は幼い頃から、藤井海渡に嫁ぎ、良妻賢母になることだけを夢見てきた。

たとえ、彼女の幼馴染が渉であり、渉が彼女に深い想いを寄せていたとしても。

彼女は藤井家との縁談に固執した。

榎本家と藤井家の夫人が大学の同級生で、無二の親友だったという背景もある。

まだ子供たちが腹の中にいる頃から、両家の母親は許嫁の約束を交わしていた。

つまり、海渡は星奈の婚約者。 まだ確定こそしていないが、この界隈では公然の秘密だった。

特に星奈自身が、ことあるごとに海渡の婚約者然として振る舞ってきたのだ。

「気になるんだが、どうしてお前は、榎本真衣が藤井海渡のベッドに潜り込めると確信してるんだ?」光一はついに堪えきれず尋ねた。 真衣が美しいのは確かだが、海渡ほどの男なら、これまでどんな女でも見てきただろうに。

渉は遠くに視線をやったまま、その横顔からは何の感情も読み取れない。 「試してみなければ、分からないだろう?」

光一は渉に親指を立ててみせた。

榎本星奈がこの世で最も憎んでいるのは、腹違いの妹である榎本真衣だ。 真衣が触れたものは、どんなものでも欲しがらない。 それは幼い頃から変わらない彼女の性分。

渉は、その手で星奈に諦めさせようというのだ。 その非情なまでの策略に、光一はもはや感服するしかなかった。

おすすめの作品

99回目の地獄 〜その愛は、試練ですか?虐待ですか?〜 の小説カバー
8.5
名家の御曹司たちがこぞって求婚する清純な令嬢。しかし今、彼女の人生は奈落の底にあった。流出した動画により実家の株価は暴落し、激昂した父は病に倒れる。だが、絶望的な状況下で彼女の心は冷え切っていた。これは恋人の幼馴染の女が仕掛けた、九十九回目となる凄惨な「罰」に過ぎないからだ。かつて恋人は幼馴染と「三十歳まで恋愛をしない」と約束したが、彼女への一目惚れを機にその誓いを破った。裏切りに狂った幼馴染は、愛の証明として「試練に耐えれば結婚を認めるが、失敗すれば彼を譲れ」という残酷な賭けを彼女に承諾させる。愛を信じた彼女は、それが執拗な虐待の始まりだとは気づかなかった。理不尽な苦痛に耐え続けてきた彼女だったが、ある男の卑劣な愛撫を受けた瞬間、ついに限界が訪れる。男を拒絶し、激しい罵声を背に受けながら、彼女は人目を憚らず慟哭した。もうこれ以上、耐えることなどできない。九十九回目の悲劇を前に、彼女の精神はついに崩壊の時を迎えていた。
最悪の夜に私を奪った男は、潔癖症の億万長者 の小説カバー
8.0
新婚の夜、花婿を待つ彼女の運命は、見知らぬ男の侵入によって無残に引き裂かれた。この事件をきっかけに、彼女は姑から執拗な辱めを受け、夫からは冷酷に見放されてしまう。さらに夫の愛人からも嘲笑を浴びせられた末、住み慣れた家を追い出されるという絶望の淵に立たされた。しかし、彼女には敏腕弁護士という隠された顔があった。自分からすべてを奪った男を裁くため、彼女は法廷で戦う決意を固め、訴状を叩きつける。だが、その相手は街で一番の富豪として知られる男だった。彼は派手な女性遍歴を持ちながらも、実は重度の潔癖症で、激しい感情の起伏と強引な性格を併せ持つ厄介な人物だった。男はあらゆる手段を駆使して彼女に結婚を迫り、執拗に追い詰めていく。法によって復讐を遂げようとした彼女だったが、皮肉にもさらなる波乱に満ちた泥沼の展開へと巻き込まれていくことになる。富と権力を手にした億万長者の横暴な愛に、彼女の日常は再び激しく揺れ動いていく。
婚約破棄された直後、世界一の大富豪に結婚届を出させられた の小説カバー
8.6
松浦苑実は、長年にわたり秋葉健人に献身的な愛を捧げてきた。彼の好みに合わせてタトゥーを入れ、身を寄せる場所がない苦境も耐え忍んできたが、その思いは報われなかった。濡れ衣を着せられ周囲から孤立した際も、健人は助けるどころか冷酷に突き放し、幼なじみの女性に謝罪するよう彼女に強要したのである。あまりに無慈悲な仕打ちに、苑実の心はついに限界を迎えた。彼女は迷うことなく婚約を解消し、健人のもとを去る決断を下す。次に彼女が選んだ道は、千億もの資産を継承する大富豪、藤原晴樹との電撃結婚だった。二人の結婚届受理証明書がSNSで拡散され世間を騒がせる中、余裕を失った健人は「復讐のために藤原家の権力を利用しているだけだ」と晴樹を挑発する。しかし、晴樹は愛おしそうに苑実を抱き寄せると、「それがどうした。俺には彼女を支えるための金も権力も十分にある」と冷ややかに言い放つのだった。どん底に突き落とされた令嬢が、世界屈指の富豪の寵愛を受けて新たな人生を歩み出す、逆転のロマンスが幕を開ける。
新婚初夜、車椅子の御曹司がいきなり立ち上がってキス!? の小説カバー
9.2
結婚式当日、バージンロードで婚約者に裏切られた星川理緒。隣の式場でも、車椅子の御曹司・一之瀬悠介が花嫁に逃げ出されるという悲劇に見舞われていた。互いに伴侶を失った最悪の状況下、理緒は廊下で出会った悠介に「私たちで結婚しない?」と大胆な提案を持ちかける。世間の嘲笑を背に始まったのは、利害が一致しただけの“契約結婚”だった。悠介は彼女を金目当てのスペアだと蔑み、「足に触れるな、用が済めば即離婚だ」と冷淡に突き放す。しかし、献身的な理緒と過ごすうちに、彼の心には冷徹な態度とは裏腹な感情が芽生え始めていた。ある日、悠介が枕元の離婚届を見つけ、彼女を失う恐怖に焦りを感じた瞬間、物語は急展開を迎える。新婚初夜、動かないはずの足で車椅子を蹴り捨てて立ち上がった悠介は、驚く理緒を強引に抱き寄せた。足の麻痺はすでに完治していたのだ。「離婚なんて認めない。この契約は一生有効だ」と、彼は満面の笑みで宣言する。嘘から始まった二人の関係は、甘く執着に満ちた真実の愛へと変貌していく。
破滅の裏切りを断ち切り、新たな生を掴む の小説カバー
9.4
高校時代から10年、私の世界のすべてだった婚約者の藤堂蓮。自らデザインした祭壇で誓いの時を迎えたが、彼は司会の早坂玲奈からの求婚に「はい」と答え、私を置き去りにした。これが地獄の始まりだった。蓮は脳腫瘍を患う玲奈を救うため、希少血液を持つ私に献血を強要し、彼女の気まぐれで私の愛猫を殺処分させた。さらには溺れる私を見捨てて彼女を救い、最後には彼女が仕込んだアレルゲンで私がアナフィラキシーを起こし、床で窒息しかけている時さえ、彼は仮病の彼女を抱えて病院へ向かった。彼は私を裏切っただけでなく、彼女のために私を殺すことすら厭わないのだ。絶望の中、一人病院で目覚めた私に、父から驚くべき提案が届く。それは謎に包まれたIT界の巨頭、有栖川暁との政略結婚だった。愛などという幻想に裏切られ、心が空っぽになった私は、復讐と再生を胸に誓う。父の「新郎を代えるのはどうだ?」という問いに、私は迷うことなく頷いた。偽りの愛を捨て、新たな運命へと踏み出すために。
離婚してから、私が世界一の女になった話 の小説カバー
8.5
神谷穂香は、最愛の夫である葉山律に尽くし続けた三年間を捨て、離婚を決意する。彼の心には常に別の女性がおり、自分に愛が向けられることはないと悟ったからだ。律の「運命の女」のために潔く身を引いた穂香に対し、周囲のセレブたちは「葉山社長の後妻という地位をなぜ手放したのか」と嘲笑を浴びせる。しかし、彼女は平然と「実家の数千億もの資産を継承するため、彼では格が合わなくなった」と言い放った。誰もがその言葉を虚勢だと疑ったが、翌日、世界最年少の女性大富豪として穂香の名がメディアを席巻し、世間は愕然とする。立場が逆転し、華やかな社交界の中心で若く優秀な男たちに囲まれる彼女の姿に、律は焦燥感を隠せない。かつての冷淡な態度は消え、彼は必死に縋り付く。「全財産を譲ってもいい、どうか俺のもとに戻ってきてくれ」と。一度は愛に破れた女性が、圧倒的な富と権力を手にして真の輝きを取り戻し、かつての夫を翻弄する逆転のロマンスが幕を開ける。