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私はそのクズの申し出を受け入れて出て行ったが、横江社長は目を赤くして泣いた。 の小説カバー

私はそのクズの申し出を受け入れて出て行ったが、横江社長は目を赤くして泣いた。

榎本真衣は四年間、横江渉に一途な想いを寄せてきた。家族からの冷遇に耐え、彼のために尽くし続けてきた彼女だったが、ある日、横江は自身の姉を優先し、真衣を他人の手に渡すという残酷な決断を下す。その裏切りを機に、真衣は冷徹な現実を悟り、彼への執着を断ち切ることを決意した。過去を捨てて仕事に邁進した彼女は、瞬く間に国際的なトップモデルへと登り詰め、世界を熱狂させる存在となる。後悔に苛まれた横江が復縁を乞うが、今の彼女にとって何よりも大切なのは自らのキャリアだった。一方、平市の名門を支配する藤井海渡は、優雅な表の顔とは裏腹に、偏執的で危うい本性を隠し持っていた。当初は真衣を愛玩動物のように扱っていた彼だったが、彼女の輝きに魅了され、次第にその執着は歪んでいく。やがて映画祭の華やかな舞台で、藤井は衆人環視の中で片膝をつき、たとえ正式な関係になれずとも構わないと、なりふり構わぬ愛の告白を彼女に捧げるのだった。
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平市に夜の帳が下りる間もなく、暗雲が渦を巻き、白昼の名残をあっという間に飲み込んでいった。

室内の灯りだけが、非現実的なほど白い光を放っている。 高台に立つこの部屋の、三百六十度見渡せるパノラマガラス窓からは、眼下に広がる都市の繁栄が一望できた。

いつの間にか窓は白く曇り、雨粒が幾筋もの線を描いて流れ落ちていく。 榎本真衣は、床まで届くその窓ガラスに、その身を預けるように押し付けられていた。 濡れた黒髪が額に張りつき、シルクのガウンは肩から滑り落ち、かろうじて腰のあたりで留まっている。 雪のような肌は熱を帯び、艶めかしく上気していた。

空を裂く雷鳴が、真衣が絶頂に達した瞬間の、か細い嬌声を攫っていく。

男が一歩後ずさると、背中に感じていた熱がふっと遠のき、肌寒ささえ覚えた。 真衣は思わず身を震わせる。

これでようやく終わったのだと安堵の息も束の間、その身体は大きな手に易々と翻され、引いたはずの熱が再び荒々しく襲いかかってきた。 まるで意思を奪われた深海のマーメイドのように、寄せては返す熱の波に翻弄された。

どれほどの時間が経ったのか、何度求められたのか、真衣の意識はとうに曖昧だった。 ただ、意識が途切れる寸前、死の淵を覗き込むたびに、身を焦がすような快楽が荒々しく現実へと引き戻されたことだけを、朧げに記憶している。

雨が窓辺を叩き、空気がじっとりと肌にまとわりつく。

空が白み始めた頃、背後から男が覆いかぶさってくる気配がした。 細く白い両手首を掴まれ、男の指先が、目の下の赤いほくろをゆっくりとなぞる。

低く、磁性を帯びた声には、抗いがたい色香と危険が孕んでいた。

「俺が誰だか、分かっているのか?」

「よくもまあ、俺のベッドにまで潜り込んできたもんだ」

「ん?」

その声はあまりにも蠱惑的で、そして恐ろしかった。 真衣の心臓が氷で掴まれたように跳ね上がり、強烈な窒息感に襲われる。 この荒唐無稽な一夜の夢の中で、本当に溺れ死んでしまうのではないかと思った。

真衣は大きく喘ぎ、浅い呼吸を繰り返す。 もう少しで、本当に悪夢に窒息させられるところだった。

その時、枕元の電話が、まるで死の宣告のように鳴り響いた。 「渉お兄ちゃん」という三文字が画面に灯り、真衣は無意識に眉をひそめる。

一週間前の、横江渉の無情な言葉が脳裏に蘇った。

「真衣、藤井家の御曹司の噂は聞いているだろう?……お兄ちゃんを助けると思ってくれないか。 一度でいい、あいつの夜の相手をしてやってくれ」

「お前も知っての通り、俺は星奈一筋なんだ。 彼女が藤井海渡を諦めてくれさえすれば……きっと、俺のところに来てくれる」

「だから、協力してくれるよな?」

微笑みを浮かべてそう告げた渉の顔を、真衣ははっきりと覚えていた。 だが、彼の口から紡がれる言葉は、まるで知らない国の言葉のように、真衣の耳をすり抜けていった。

あの時、真衣は尋ねたのだ。 「藤井海渡のベッドに潜り込みたい女なんて星の数ほどいるのに、どうして私じゃなきゃいけないの?」

渉は、こう答えた。

「お前が、星奈の妹だからだよ。 彼女が一番疎ましがっている妹だからさ」

真衣は目を伏せ、唇の端が、自嘲するように歪んだ。 呼び出し音が途切れる寸前で電話に出る。

『何か御用ですか、 渉お兄ちゃん』 感情を殺した、 低く従順な声で応えた。

渉は一瞬黙った後、本題を切り出した。 『今夜、飲み会がある。 藤井海渡も来る』

なるほど、と真衣は合点がいった。 だから珍しく、彼の方から電話を寄越したのか。

『はい、わかりました』穏やかな声で返す。

『後で運転手に服を届けさせる。 それに着替えて迎えを待っていろ』 渉はゆっくりと指示を出し、さらに続けた。 『それから、近々あるE.R春夏レトロショーのトリは、星奈に譲ってやれ。 お前の仕事は、また別に用意してやる』

あまりにも当然のように告げる渉の言葉に、真衣は乾いた笑いを噛み殺した。

かつて姉の星奈は、真衣が家督争いに加わることを恐れ、あの手この手で彼女を榎本グループの経営から遠ざけた。

いいだろう、争うつもりなど、とうになかった。 そう思って、偶然の巡り合わせからモデルの世界に足を踏み入れた。

これでようやく星奈と榎本家から離れられると思ったのに、昨年、星奈が気まぐれにモデルを始めると言い出したのだ。

渉の力添えと榎本グループの後ろ盾を得た彼女は、瞬く間に業界の寵児となり、本来なら真衣に与えられるはずだったチャンスは、ことごとく星奈のものとなった。

星奈の気まぐれ一つが、真衣のキャリアに致命的な傷をつけた。 その裏に渉の暗躍があったことは言うまでもない。

彼はいつも同じ言葉で真衣をあしらい、言い訳を考える手間すら惜しんだ。 真衣がどれほどの努力を重ねて掴んだチャンスであろうと、渉の一言で、いとも簡単に星奈へと渡った。

幼い頃から、星奈が欲しがるものは、たとえそれが自分のものだったとしても、すべて譲らなければならなかった。

理由は、ただ一つ。

星奈こそが榎本家の正統な令嬢であり、渉が心から慈しむ唯一の存在だからだ。

そして自分、榎本真衣は、陽の当たらない溝の底で、ただ息を潜めて生き延びるしかない、哀れな鼠なのだ。

『ええ、渉お兄ちゃんの仰せのままに』真衣の声は羽のように軽く、あっさりと妥協を告げた。

渉は満足げに電話を切る。

その瞬間、真衣の瞳からすっと温度が消えた。 白く細い指先が画面を滑り、「渉お兄ちゃん」という甘ったるい表示を『横江渉』に変える。 だが、それすら気に入らず、最終的にたった一文字、『屑』とだけ登録した。

彼女はゆっくりと息を吐き出すと、立ち上がって身支度を整えた。

三十分後、横江家の運転手から電話が入る。

ドアを開けて用意された服を受け取ると、覚悟はしていたものの、肌の露出を一切躊躇わない、挑発的なシルクのドレスを前に、やはり息を呑んだ。

何かを言おうと唇を開きかけたが、その無意味さを悟り、すぐに閉ざす。

寝室へ戻り、ドレスに身を包んだ。

真衣は、 一目で人の心を奪う美貌の持ち主だった。 雪のような肌、

星を宿した瞳。 切れ長の目元は見る者を惑わす狐のようで、 その目尻にぽつりと灯る赤いほくろが、 蠱惑的な色香を添えている。

肉感的すぎず、痩せすぎてもいない、天性の魔性とでも言うべき肢体。

彼女が部屋から姿を現すと、運転手は一瞬、その妖艶さに息を呑んだが、すぐに我に返ると、慌てて視線を逸らした。 「榎本様、ご準備はよろしいでしょうか」

真衣は静かに頷いた。

夜陰は、平市でその名を知らぬ者はいない、選ばれた者だけが集う社交場だ。

初めて訪れた真衣は、好奇心に駆られるままに周囲を見回した。

運転手は彼女をVIP用の通路へと案内し、エレベーターで一気に最上階へと昇る。

個室の中は、紫煙が立ち込めていた。

ドアを開けた途端、煙が目に染み、思わず咳き込む。 熱くなった目頭にじわりと涙が滲み、視界がぼやけた。

罵りたい衝動を抑え、煙たい空気の中から渉の姿を探し出すと、微笑んで声をかけた。 「横江渉お兄ちゃん」

渉はちらりとまぶたを上げ、真衣の姿を一瞥した。 その身を包む布の少なさに僅かに目を細めたが、すぐにいつもの無表情に戻って手招きする。 「真衣、こっちへおいで」

真衣は淑やかに「はい」と応える。

シルクの布地は、丸みを帯びたヒップをかろうじて覆っているに過ぎず、しなやかな太ももから下は惜しげもなく晒されている。 歩くたびに、艶めかしく揺れた。

背中は大胆に露わになり、浮き立つ肩胛骨が玉のように白く、しなやかに動く様が人を惹きつける。

獲物を品定めするような下卑た視線が四方八方から突き刺さるのを感じながらも、真衣は気にも留めず、密かにある人影を探した。

やがて、真衣の視線は部屋の南西の角で留まった。

ソファに深く身を沈め、どこか投げやりな仕草で足を組む男。 逆光がその輪郭を縁取り、纏う空気をより一層冷たく、近寄りがたいものにしていた。 その眼差しは、深く静かだ。

こちらの視線に気づいたのか、男がふと顔を上げ、真衣を淡々と一瞥した。 その無感情な瞳と交錯した瞬間、真衣ははっと息を呑む。

心臓が大きく臓腑を打った。 全身の血が沸騰するような感覚。 今夜の目的を思い出し、身体の芯が興奮に打ち震えた。

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