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 ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている の小説カバー

ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている

かつて異世界から島ごと転移してきたシェオタル王国は、十数年前に勃発した戦争によってその歴史に幕を閉じた。敗戦した王国は極東国の占領下となり、現在は「瀬小樽県」という名で統治されている。極東資本による大規模な開発が急速に進む一方で、土地に根付いていた独自の文化は消え入り、公用語である極東語の浸食によって、彼らが受け継いできた大切な言語までもが失われようとしていた。そんな時代の荒波の中で、少年ヴェルガナフ・クランは亡き姉との約束を胸に、自国の言葉を独り守り続けていた。周囲が過去を捨て去っていく中、頑なに母国語を使い続ける彼の日常は、ある日、極東本土からやってきた一人の転入生の少女と出会ったことで大きく動き出すことになる。失われゆく言葉と、変わり果てた故郷。支配と同化が進む世界に抗いながら、少年は自らのアイデンティティを模索していく。異世界と現代的な価値観が交錯する中で描かれる、言葉と絆を巡る切なくも力強いファンタジー。
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ICカードを改札にかざして、ホームを目指す。朝の十時、完全な遅刻であった。次を逃せば電車が来るまで数分、また余計なロスタイムになる。

 遅刻はこれが初めてではない。特に何という理由もない遅刻だった。病気でも、寝坊でもない。高校に行くこと自体が面倒、適当に理由付けるならそんな感じだった。ただ、出席日数不足が日に日に迫っている現状、これ以上の遅刻は避けたかった。

「面倒だな」

 ホームに降りて止まっている電車を目指して早歩きになる。やっとの事で、電車に乗ったところで胸ポケットの辺りから何かが後ろに飛んでいったのが見えた。何が落ちたのかと後ろを振り向く。ホームに落ちた一枚のカード――落としたのは学生証であった。拾おうとするが、目の前のドアは閉まり始めていた。

 ふと、ホームに落ちた学生証の先を見る。そこに居合わせた女の子と目があった。

 短めのツインテールをやや後ろめに赤いリボンで結っている。一本のアホ毛が可愛らしく風に揺れている。ここの人間には珍しく容姿は極東人っぽかった。

 中学生かと思うような小さな体躯がホームに落ちたカードを拾うために屈んでいた。自分の高校の制服に身を包んだその少女には今までこの駅で会ったことはなかったし、見覚えもなかった。これまで何回も遅刻してきたが、この時間帯に自分以外の高校生を見たことはない。

 ドアが閉まる中、少女はあたふたしながらドアに張り付く。

「待ってよ、落としたよ」

 ツインテ少女はドア越しに学生証を差し出してくるが、閉まっているドアを前に受け取りようが無かった。焦った様子でドアに張り付く彼女と共に投げかけられる周りの他の客の目が痛い。目を逸らして、他人を装う。駅員によるものか、ホイッスルを吹く音が聞こえる。

「お客様、ドアから離れてくださいー」

「ふぇぇ……」

 ややあって少女はドアから離れる。ばつが悪そうに頭を掻きながら、照れて朱くなった顔でこちらを見ているのをよそに電車は駅を出た。少女のアホ毛はさよならを告げるかのように左右に触れていた。

 ため息をつく。変なやつに学生証を取られてしまった。少女は多分駅に学生証を届けてくれただろうと思い、わざわざ一駅先で降りて乗り換えて戻ってきて駅員に落とし物を訊くことにした。

「いやぁ、申し訳ありませんが、そういった落とし物は無いですねえ」

「そうですか……」

 遺失物取扱所に居たのは若い男性の駅員だった。銀色の切りそろえられた短髪と青い瞳であるところを見るとその駅員にはシェオタルの血が流れているらしかった。彼が落とし物を調べてくれたが結局の所、学生証は遺失物として届けられてなかった。

「本当に学生証は届いてないんですよね?」

「まあ、そうですね。一番最近の落とし物はプラスチック爆弾だったみたいですし、それ以降来てませんね」

 んな物騒な。

「そ、そうですか……」

 結局、俺は学生証を取り戻せず、ロスタイムにロスタイムを重ねて学校まで行くことになった。ただでさえ高校までは一時間掛かる。しょうがなくもため息をつくと、眼前の駅員は申し訳なさげな表情で首を傾げてこちらを見ていた。

 時間も時間で電車の車内は空いていた。座って暇つぶしにシェオタル語の勉強をするにはもってこいの環境だ。ただ、天井に設置されているディスプレイに表示されたニュース番組が気になってしまう。画面には『今日は瀬小樽独立地下組織が壊滅した日』というテロップが大きく映し出されていた。

 瀬小樽県が出来たのは十数年前のことだ。俺らの先祖であるシェオタル人によるシェオタル王国はいきなり異世界である地球に出現して、極東国の北方に陸続きになるように現れた。シェオタル人と極東人の間での緊張は高まり、国際情勢の圧力もあって極東国はシェオタルに侵攻した。この大戦争と呼ばれる一方的な侵略行為でシェオタル王は廃位となり、王国は消滅し極東国瀬小樽県として併合された。極東から大量の政治家や資本家がシェオタルを数年のうちに現代都市に作り変え、現在に至る。

 併合後、勿論極東への併合に反対する人間たちも居た。しかし、分離独立を目指す地下組織は極東の警察の手によって摘発され壊滅した。

 見上げればテロップや標識、看板が殆ど極東語になっているのもそういうことだ。シェオタルの人間は出稼ぎに極東本土に出るために自分たちの言葉を捨てた。子供には極東語で話しかけるようになり、シェオタル語を母語としないシェオタル人も増えた。名前すらもどんどん極東語になっていっている。自分の名前――ヴェルガナフ・クラン――のように両方の名前がシェオタル語の人間はもう古くなってきている。

 車窓に流れるのは発達した都市。この都市も全て極東人の資本と技術が成し遂げたことだ。だが、シェオタル人は技術と引き換えに自らの文化の中核を失った。

 ニュース番組が中断され、ディスプレイにはCMが映し出される。瀬小樽県の知事だ。晴れ晴れしい空をバックに、知事が拳を作って「占領地教育に力を入れます!」と意気込んでいる。俺はくだらないCMから、目をそらした。

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