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 ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている の小説カバー

ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている

かつて異世界から島ごと転移してきたシェオタル王国は、十数年前に勃発した戦争によってその歴史に幕を閉じた。敗戦した王国は極東国の占領下となり、現在は「瀬小樽県」という名で統治されている。極東資本による大規模な開発が急速に進む一方で、土地に根付いていた独自の文化は消え入り、公用語である極東語の浸食によって、彼らが受け継いできた大切な言語までもが失われようとしていた。そんな時代の荒波の中で、少年ヴェルガナフ・クランは亡き姉との約束を胸に、自国の言葉を独り守り続けていた。周囲が過去を捨て去っていく中、頑なに母国語を使い続ける彼の日常は、ある日、極東本土からやってきた一人の転入生の少女と出会ったことで大きく動き出すことになる。失われゆく言葉と、変わり果てた故郷。支配と同化が進む世界に抗いながら、少年は自らのアイデンティティを模索していく。異世界と現代的な価値観が交錯する中で描かれる、言葉と絆を巡る切なくも力強いファンタジー。
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「ヴェル!これでおぬしは何回目の遅刻なのじゃ!」

「その呼び方はやめろ!!」

「おぬしだって、ゴスロリのじゃ先生とわらわのことをよんでおろう」

「呼んでねえよ!!」

 目の前に座っていた少女が不満げに眉をひそめる。少し大人びた印象を感じさせる目元、黒髪の一部に銀髪が混ざった癖のない長髪は白黒のフリルカチューシャで揃えられている。雪のような白い肌は顔と手くらいしか露出していないが、それでもシェオタルの血を継ぐ特徴を感じる。全身がモノクロとフリルで装飾されていて、まるで現代人趣味のビスクドールのような印象を受ける。

「だから、学生証を落としたから不可抗力なんですって」

「そうは言っても、授業は始まっているからのう……。ゴスロリのじゃ先生はどうしようもないんじゃ……」

「そのくだりまだ、続けるつもりかよ!?」

 長い黒髪の中に混ざった銀髪は照明の人工的な光を浴びて、独特の光沢を帯びた。少女は事務椅子に座りながら、こちらを見ながら悩ましげに自分の頬を擦った。

 彼女はクリャラフ・フェレニヤ・イェレニユ。これでも高校の先生で、大戦争以前に生まれた生粋のシェオタル人である。数少ない同じシェオタル人の誇りを共有する者同士で親しい師弟関係のような感じになっている。そして、唯一教師陣の中でため口で話せる。それほど信頼し合っている関係だ。

 彼女がこれだけ若くみえるのは、シェオタル人だからである。シェオタル人は20歳で容姿と体格の成長が止まる。そして、死ぬまで外面の若さが生涯保たれる。良くわからないが、彼女のような女性は俗に極東ではロリババアというらしい。

 俺は学校の職員室に居た。周りの他の教師はやかましそうだとばかりにクリャラフを目を細めて見ていた。一方の彼女はそれを全く気にしていない様子であった。一見普通の職員室だが、彼女の机の上はアニメのフィギュアやらグッズで満たされている。プリントや採点用のペンやスタンプにまみれた他の先生と比べると、彼女の机周りは職員室に作られた別空間のようであった。

 クリャラフは極東のアニメや漫画などの文化に感化されたらしく、服装がゴシック趣味なのも口調が普通じゃないのもそれの影響らしい。おかげで周りの教師――殆どが極東から来た人だ――には仲間はずれにされたり、陰口を叩かれているという噂だ。確かにこれだけ自分勝手な彼女が学校から追い出されない理由は俺には良くわからない。この先生の自由さにはいつも助けられてるけど。

 クリャラフは垂れた長髪を指に巻きつけて弄びながら、目を窄めた。廊下側から誰かが歩いて来る足音が聞こえていた。

「来たみたいじゃな」

「来たって……誰がですか?」

「転校生じゃよ」

 背後にある教員室のドアが開く。転校生の姿を確認すると、クリャラフは笑顔で手を振った。そこに居たのは見覚えのある少女であった。短めのツインテールを赤いリボンで結っている。小柄な体躯に、明るそうな顔。駅で会った少女だった。

「あいつ……今朝駅で俺の学生証を拾った……」

「顔見知りかの?」

 クリャラフがこちらの顔を見て、問いてくる。顔見知りと言うほどでもないので首を振った。

「先生、おはようございます~!」

「こんにちはの時間じゃがな、ギョウカイジンってやつかのー?」

 あまりにも平和な会話が行われているのを見て、居た堪れなくなった。少女はやっと気づいた様子でこちらを見ながら驚いていた。

「あー!あの時の学生証落とした人じゃん!いやあ、キミ本当に運良いね!手渡しできて良かったよ!」

 喋りながらバシバシと俺の肩を叩いてくる。身長が低すぎて、肩というか二の腕の上辺りになっているが。小柄な割に、叩く力は強かった。どうやらこれが彼女のコミュニケーションのやり方のようだ。

「……とりあえず、叩くのを止めて、学生証を渡してくれないか」

「あっ、ごめんね。ボクの癖なんだ」

 少女の言う「ボク」という一人称を聞いて姉の姿が脳内に想起された。考えたくないことを俺は頭を振って忘れた。

 少女は胸ポケットから学生証を出して、俺に渡そうとする。俺の手が触れそうになるすんでのところで、クリャラフが二人の間から学生証を取り上げた。

「あれ?」

 少女は手に持っていたはずの学生証がいきなり消えたかのような感じで回りをきょろきょろしていた。クリャラフは彼女より少し背が高いので、少し年上の姉のように見える。トラウマが蘇りそうになって、またも瞑目して頭を振った。

「おい、返せよ」

「その子を連れて学校を案内してあげたら返してやらんでもないぞ」

「なんだそりゃ……」

 クリャラフはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。俺は彼女に詰め寄るように顔を寄せた。少女や他の教師に聞こえないような小声で話し始める。

「こういうの苦手って分かってんだろ?」

「そうじゃのう、ちゃんと案内したら欠席日数の改竄くらいはしてあげるのじゃが……」

「ゴスロリのじゃ先生という自称に相応しくないエグいことをするんだな」

 そうこうしているうちに後ろから肩を掴まれた。振り返ると興味津々な顔で転校生の少女がこちらを見つめていた。前を見ると通知表を笑いながら振るクリャラフが見えた。どうやら逃げられないようだ。

「分かった、分かったよ。案内すれば良いんだろ?」

「やったー!」

 嬉しそうにぴょんぴょん飛ぶ少女を前にして、俺は深い溜め息をついた。

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