フォローする
共有
裏切り者に二度目はない の小説カバー

裏切り者に二度目はない

結婚十周年の記念日、IT業界の寵児である夫・桐山蓮は盛大な宴を催した。だが、私を抱き寄せ愛を囁くその裏で、彼は愛人の莉奈と密かに愛を交わしていた。仕事と偽りパーティーを抜け出した夫が打ち上げた花火は、妻の私ではなく彼女に捧げられたものだった。翌日、身籠った姿で現れた莉奈を蓮は歓喜して迎え、私には拒み続けたプロポーズを彼女に捧げる。十年間、献身的な妻として彼を支え、倒産寸前の会社を救うセキュリティシステムを構築したのが私であることを、彼は軽んじ忘れてしまったようだ。私はすべてを捨てる決意を固め、空港へと車を走らせる。その道中、信号待ちで隣に並んだのは、皮肉にも結婚式へと向かう蓮と莉奈を乗せた礼装の車だった。窓越しに視線が合った瞬間、夫の顔は驚愕で青ざめる。しかし、私は未練を断ち切るようにスマートフォンを投げ捨て、運転手に発進を命じた。裏切りを許すつもりはない。完璧な妻としての仮面を脱ぎ捨て、私は新たな人生へと踏み出す。
共有

2

クラッチバッグからの微かな振動が、私を記憶から引き戻した。

それは私の個人用のスマホではなく、暗号化された小型の特殊なデバイスだった。

私はバルコニーの隅、大きな観葉植物の陰に隠れるように移動した。

斎藤さんからの電話だった。

「すべて準備は整った、綾子」

彼の声は穏やかで、プロフェッショナルだった。

「プロトコルは準備完了だ。あとは君の最終的な合図を待つだけだ」

「ありがとう、斎藤さん」

「本当にいいのか? 一度実行したら、もう後戻りはできない。少なくとも、家族には別れを告げるべきじゃないか」

彼の言葉が、私の心の奥深くにある何かを突いた。

家族。その言葉は空虚に響いた。喉の奥に塊ができた。

蓮はもう私の家族ではない。

私のベッドを共有する見知らぬ男。私たちの偽りの結婚という名のビジネスパートナー。

「斎藤さん」

胸が締め付けられるのとは裏腹に、私の声は落ち着いていた。

「プロトコルを発動させたら、すべてを消去してほしいの。公的な記録だけじゃない。すべてのサーバー、すべてのデータベースから、桐山綾子を消して。私を、消して」

電話の向こうで、沈黙があった。

「綾子、それは…やりすぎだ。それは『焼かれた』エージェントにしか使わないレベルの抹消プロトコルだぞ。君と蓮は、幸せだと思っていたが」

それは、私がどれだけ完璧に自分の役を演じてきたかの証だった。

私の最も近しい協力者でさえ、私の人生の真実を知らなかったのだ。

「彼に、裏切られたの」

言葉は平坦で、感情がこもっていなかった。

電話の向こうから、長くて重いため息が聞こえた。「…そうか。そういうことだったのか」彼は少し間を置いた。「数ヶ月前の彼女からの電話…君が追跡を依頼した件だ。これで全て合点がいった」

彼はそれ以上何も言わなかった。彼は理解してくれた。

「システムは四十八時間後に準備が整う。身辺整理を済ませておけ。君が飛行機に乗った瞬間、桐山綾子は存在しなくなる」

「分かったわ」

安堵の波が私を包んだ。計画は盤石だ。もう、始まるのだ。

泥沼の離婚劇を演じる必要はない。

財産を争ったり、彼の嘘や謝罪を聞いたりする必要もない。

私はただ、消えるだけ。

「ありがとう、斎藤さん。本当に、何から何まで」

「とにかく、無事でな」

彼は電話を切った。

私がデバイスをクラッチバッグに滑り込ませたその時、蓮がバルコニーのドアのところに現れた。

「誰と話していた?」

彼は目を細め、疑いの眼差しを向けてきた。

私は振り返った。私の顔は完璧な平静の仮面をかぶっている。

「母よ。記念日のお祝いを言いたかったみたい」

私は彼の視線をまっすぐに受け止め、微動だにしなかった。

それは単純で、信じやすい嘘だった。

彼はしばらく私の顔を吟味し、何かを探っていた。

やがて彼は力を抜き、疑念は消え去った。

彼は後ろから私を抱きしめ、その胸に私を引き寄せた。

「愛してるよ、綾子。分かってるだろ? 君なしじゃ生きていけない」

彼の言葉は毒だった。

もし今、私が「もしあなたが私を裏切ったら?」と尋ねたら、彼はどうするだろう。

きっと、笑い飛ばすだろう。

何年も前の、ふざけ合った会話を思い出した。

もし彼が浮気したらどうすればいいかと尋ねたことがある。

彼は笑って言った。「僕を永遠に締め出せばいい。自業自得さ」

もうすぐ、あなたは報いを受けるのよ、と私は思った。

あなたは私の人生から、永遠に締め出される。

ちょうどその時、森莉奈が歩み寄ってきた。

彼女はファイルを手にしており、その表情は真剣でプロフェッショナルだった。

「桐山さん、お話中すみません。フェニックス・プロジェクトについて緊急の報告があります」

蓮は私から手を離し、その態度は瞬時に集中したCEOのものへと変わった。

「何だ?」

彼はファイルを受け取り、私に背を向けた。

彼らの間に、小さなプライベートな空間が作られる。

私は彼らを見ていた。上司とその部下の完璧な絵姿。

彼らの演技は完璧だった。一瞬、私はその手腕に感心さえした。

奇妙な感謝の念が湧いてきた。

気づけてよかった。叫び合いや皿が割れるような修羅場を経ずに、抜け出す方法があってよかった。

蓮がイベントマネージャーにカウントダウンの合図を送った。「五、四、三、二、一…」

彼は私の方を振り返り、その笑顔は大きく、まばゆいばかりだった。

「結婚記念日おめでとう、愛する人」

突然、外の空が鮮やかな色のシャワーとなって爆発した。

私たちのための、巨大な花火の打ち上げ。

群衆は息をのみ、拍手喝采した。

「十年か」

蓮は花火を見つめながら呟いた。「まるで昨日のことのようだ」

私は炸裂する光を見つめた。十年。それは一生のように感じられた。

全く別の人生。

私の隣にいる男は、私が結婚した男ではなかった。

あの男は野心的だったが、優しかった。

この男は傲慢で、空っぽだ。

彼は私の方を向いた。その顔が、点滅する光に照らされる。

彼は私にキスをしようと身を乗り出した。

彼の唇が私のものに触れようとした、その瞬間。

彼のスマホが鳴った。

彼は身を引き、その顔に苛立ちがよぎった。

「一体誰だ、こんな時に」

彼はそう呟きながらスマホを取り出した。

彼は画面を一瞥した。苛立ちは消え、複雑な感情の入り混じった表情に変わった。

薄暗い光の中でも、私にははっきりと見えた。欲望。そして、厄介事。

私は画面をちらりと見た。

「K」からのメッセージ。ハートの絵文字が一つ。

彼はすぐにスマホの角度を変えたが、もう遅い。私は見てしまった。

彼の目には、生の、飢えたような光が宿っていた。

ここ何年も、私には向けられたことのない眼差し。

彼は咳払いをし、スマホをポケットに滑り込ませた。

「仕事だ」

彼は嘘をついた。その声は絹のように滑らかだった。

「海外サーバーの一つに緊急事態が発生した。すぐに対処しなければならない」

「蓮、今日は私たちの記念日よ」

私は静かに言った。その声には、ちょうど良い量の失望が含まれていた。

「分かってる、ベイビー、本当にすまない」

彼は後悔の仮面をかぶりながら言った。

「必ず埋め合わせはするから、約束する」

「いいのよ」

私は、彼がこれ以上嘘を重ねる前に、彼の言葉を遮った。

「行って。仕事は大事よ」

彼は安堵したようだった。なんて簡単なこと。

彼は、私がどれだけ騙しやすい女だと思っているのだろう。

「君は最高だ、綾子。できるだけ早く戻るから」

彼は私の頬に素早く、上の空でキスをし、急いで立ち去った。

私は彼が行くのを見送った。

冷たい確信が、私の心に落ち着いた。

彼はサーバーを直しに行くのではない。

彼女の元へ行くのだ。

そして私は、彼の後を追うことにした。

おすすめの作品

Alice の小説カバー
9.3
「ボクを殺したのは誰――?」鏡の向こう側で、運命の歯車が静かに回り始める。ロシア南部のクラスノダール地方に拠点を置く軍部には、最強と謳われる一人の少女がいた。コード・ゼロという名で呼ばれる彼女は、身寄りもなく、過酷な戦場をたった一人で駆け抜けてきた。感情を一切持たず、あらゆる事象に無関心なまま任務を遂行する彼女だったが、潜入捜査で訪れたある洋館で転機を迎える。巨大な鏡に映る自分と目が合った瞬間、鏡の中から白兎の耳を持つ謎の男が現れたのだ。自らを「白兎」と名乗るその男は、彼女に一つの残酷な依頼を告げる。「アリスを殺した犯人を殺してほしい」と。その言葉に導かれるように、少女は未知なる鏡の世界へと足を踏み入れる。それは、戦うことしか知らなかった孤独な兵士が、失われていた感情や「愛」という名の温もりを初めて知っていく物語。異世界の混沌と謎が交錯するなか、彼女は真実に辿り着けるのか。切なくも激しい戦いの幕が今、上がる。
記憶をなくした女将軍、運命の人を間違えました の小説カバー
8.8
崖下への転落事故によって記憶を失った女将軍の私は、目覚めた際、自らの地位と許嫁の存在のみを辛うじて覚えていた。やがて朝廷から迎えの使者が訪れた時、私は期待に胸を膨らませて再会を待ちわびる。しかし、副将が私の婚約者として指し示したのは、全く予期せぬ人物だった。その事実を到底受け入れられず、私は思わず「正気で彼を愛するはずがない」と強く否定してしまう。その言葉に皇太子は嘲笑を浮かべ、屈辱に顔を歪ませた若君は「後悔するな」と私に言い放つのだった。だが、実際に後悔の念に駆られたのは、私ではなく彼の方であった。かつての私は、彼一人を真っ直ぐに見つめ、その存在だけで心を満たしていたかもしれない。しかし、記憶を失い、一人の戦士として再生した今の私は、もはや過去の献身的な娘ではないのだ。運命の歯車が狂い始めた中で、かつての愛に縛られない新たな人生が幕を開ける。失われた記憶の断片と、すれ違う想いが交錯する、愛と運命の物語。
あなたと幸せになる の小説カバー
8.2
曾祖父同士が交わした約束により、出生前から結婚を宿命づけられていたヒラムとレイチェル。若きエリートCEOとして名を馳せるヒラムは、端正な容姿を持ちながらも、これまで一度も女性に心を動かされたことがありませんでした。彼は、目の前に現れたレイチェルのことを、無作法で騒々しい自分には不釣り合いな女性だと断じ、冷淡に言い放ちます。「結婚期間はわずか一ヶ月。その後は即座に離婚する」と。一方、類まれなる美貌を持つレイチェルには、彼女と交際した男性がことごとく不幸に見舞われるという、奇妙で不吉な噂が付きまとっていました。互いに最悪の第一印象を抱き、愛のない契約結婚として始まった二人の生活でしたが、彼らはまだ気づいていません。自分たちが、逃れられない運命の糸で結ばれていることに。周囲で巻き起こる数々の困難や予期せぬトラブルに直面しながらも、二人は次第に真実の愛へと近づいていきます。反発し合う二人が歩む、波乱に満ちた結婚生活の行方とは。現代を舞台に、孤独な億万長者と運命に翻弄される美女が織りなす、至高のロマンスが幕を開けます。
神になる の小説カバー
8.3
雲上の高みから転落し、卑しき奴隷の身へと零落したゼン。しかし、自らの肉体を武器として錬成するという数奇な転機を経て、彼の運命は激動の渦中へと投げ込まれる。神器に匹敵する強靭な身体と、何事にも屈しない不撓不屈の信念を武器に、彼は再び頂点へと這い上がるための歩みを始めた。各地の豪傑たちが覇権を巡ってしのぎを削り、一刻一刻と情勢が変転する乱世において、ゼンの出現は巨大な抗争の幕開けを告げる。あらゆる強敵をその身一つで圧倒し、打ち破ることを誓った彼が真に目覚めたとき、比類なき伝説が静かに、そして力強く動き出す。これは、過酷な境遇から這い上がり、己の力ですべてをねじ伏せていく男の軌跡を描いた壮大な冒険譚である。神のごとき躯を持つ彼が歩む道の先には、果たしてどのような結末が待ち受けているのか。周囲の思惑をよそに、ゼンはただ己の道を突き進んでいく。新たな時代の覇者となるべく、伝説の第一章が今ここに刻まれる。
離婚後、偽令嬢の正体がヤバすぎた。 の小説カバー
9.2
松本星嵐が「偽の令嬢」だと露呈した瞬間、夫や両親、兄までもが彼女を冷酷に切り捨てた。婚家を追われた彼女が次に選んだのは、名門の重鎮・坂本凛斗という新たな盾だった。周囲が破滅を予見し嘲笑うなか、星嵐は隠し持っていた真の姿を次々と解放していく。その圧倒的な実力は並み居る権力者たちを戦慄させ、跪かせるほどであった。復縁を狙う愚かな元夫を地獄の底へ突き落とす一方で、彼女は凛斗に対し「私のヒモになりなさい」と微笑む。しかし、彼もまた底知れぬ正体を隠し持つ男だった。凛斗は静かな笑みを浮かべ、妻を支配せんとする本性を現す。実はこの二人、世界を揺るがす国際組織にとって最大の脅威となっていたのだ。星嵐の離婚と凛斗の結婚、そして最強の夫婦が裏社会で手を組み、縦横無尽に暴れ回ること――。無数の裏の顔を使い分け、実力を隠して暗躍する二人の規格外な物語が幕を開ける。正体を隠した最強夫婦による、痛快な逆転劇と愛の駆け引きが今、世界を震撼させる。
この世界の人類はどうやら俺だけのようです。 の小説カバー
8.2
学校の教室の扉を開けた瞬間、主人公の視界に飛び込んできたのは見知らぬ異世界の光景だった。突然の事態に困惑する彼には、行く当てもなければこの世界の言葉を読み解く術もない。途方に暮れ、絶望に飲み込まれそうになっていたその時、一人の美しいハーフエルフの女性が彼に救いの手を差し伸べる。彼女の助けを借りてこの世界の現状を知った主人公は、驚愕の事実に直面することになる。なんと、かつてこの地に繁栄していたはずの「人類」という種族は、数年前に忽然と姿を消してしまったというのだ。なぜ自分以外の人間は絶滅してしまったのか、そしてなぜ自分だけがこの世界に迷い込んでしまったのか。広大な異世界を舞台に、人類消失に隠された巨大な謎を解き明かすための冒険が幕を開ける。元の世界にある我が家へと帰還するため、彼はハーフエルフの女性と共に、失われた種族の足跡を辿り、世界の真実へと迫っていく。孤独な最後の一人となった少年の、運命に抗う旅が今始まる。