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離婚から始まる天才デザイナーの帰還 の小説カバー

離婚から始まる天才デザイナーの帰還

結婚記念日の夜、完璧な準備をして夫の帰りを待つ妻のもとに届いたのは、見知らぬ相手からの匿名メールだった。そこに映っていたのは、夫の車の後部座席で別の女性を抱きしめる彼の背信的な姿。激しい雨が降る中、密会現場のホテルへと駆けつけた彼女を待っていたのは、窓越しに向けられる夫の冷酷な眼差しだった。彼は「見苦しい」と罵声を浴びせ、泥水にまみれた妻を駐車場に置き去りにして、浮気相手を連れて走り去ってしまう。結婚から三年間、いつか愛される日を夢見て自己を犠牲にし、献身的に尽くしてきた彼女の心は、この瞬間に完全に砕け散った。絶望の淵で涙を拭った彼女は、署名済みの離婚届と結婚指輪を自宅のテーブルに残し、過去の自分と決別することを決意する。そして、愛のために長年封印し続けてきた「天才デザイナー・YUZU」としての真の才能を再び目覚めさせる。裏切りを機に、彼女は自らの手で新たな人生を切り拓き、華麗なる帰還を果たす物語が今、幕を開ける。
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タクシーの揺れに身を任せながら、凛はスマホの画面をタップし、弁護士宛てのメールを作成した。

件名:離婚の件

本文:高橋暁との離婚にあたり、財産分与は一切放棄します。慰謝料等も不要です。可及的速やかに手続きをお願いいたします。清水凛。

送信ボタンを押した瞬間、ずっしりと肩にのしかかっていた重荷が、ふっと消え去ったような気がした。過去のしがらみから解放された、深い安堵感。

やがてタクシーは、古びたレンガ造りの建物の前で停まった。

「Aimon」

控えめな真鍮のプレートに刻まれたその文字を見上げ、凛の目に、この三年間失われていた鋭い光が宿った。

料金を支払い、スーツケースを引きながら建物の階段を上る。二階のオフィスフロアのドアを開けた。

「……凛!?」

デスクで徹夜作業をしていた親友の松本桜子が、驚いて顔を上げた。彼女の視線が凛の足元のスーツケースに落ち、全てを察した。

桜子は何も言わなかった。ただ椅子から立ち上がり、凛の体を強く、強く抱きしめた。

その温かさに触れた瞬間、堪えていた涙が一筋、凛の頬を伝った。

「……ごめん、桜子。迷惑かける」

「バカ。迷惑なんて思うわけないでしょ」

桜子は凛の背中を優しく叩いた。

凛は涙を乱暴に拭うと、桜子のデスクに山積みになったファイルに目を向けた。クライアントからの未処理案件が、66件。

凛は、自分が着ていた主婦らしい地味なカーディガンを脱ぎ捨て、ソファに置いてあった黒のタートルネックに着替えた。

無造作に下ろしていた髪を、手際よく高い位置でポニーテールに結ぶ。その表情から、先ほどまでの弱々しさは完全に消え去っていた。

凛はデスクの前に座ると、一番上にあったクライアントの要望書を手に取った。

ペンを握った瞬間、彼女の周りの空気が変わった。

背筋が伸び、瞳に冷徹なまでの集中力が宿る。

眠っていた天才デザイナー、YUZUが、完全に覚醒した瞬間だった。

凛は、驚異的なスピードでスケッチブックにデザインを走らせ始めた。ペンの先から、まるで魔法のように美しいラインが生み出されていく。

桜子は、凛の圧倒的なオーラに息を呑んだ。慌ててコーヒーを淹れ、彼女のデスクにそっと置く。

凛は差し出されたマグカップを無言で受け取り、一口だけ飲むと、視線を紙から一切外さずに作業を続けた。

窓の外が白み始め、夜明けの光が差し込む頃には、凛はすでに十着以上のドレスのデザインを完成させていた。

完成したスケッチを見た桜子が、その斬新さと息をのむような美しさに、思わず歓声を上げる。

「すごい……凛、あんたやっぱり天才だよ!」

凛は疲労の色一つ見せず、鋭い眼差しで次の布地のサンプル帳を開いた。

朝八時、アシスタントの加藤陽菜が出社してきた。デスクで神がかった集中力を見せる凛の姿を見て、目を丸くする。

「え……凛さん?……もしかして、YUZU先生……?」

陽菜の声が興奮で裏返る。彼女は、伝説のデザイナーYUZUの正体が、オーナーである桜子の親友・凛であることを知る数少ない人物の一人だった。

凛は陽菜の方をちらりと見ると、冷静な声で言った。

「加藤さん、このリストの布地、今すぐ発注して。最優先で」

「は、はいっ!」

陽菜は緊張した面持ちでリストを受け取り、駆け足で電話に向かった。

アトリエに、活気が戻ってきた。ミシンのリズミカルな音、布地を裁つハサミの音。

凛は自らトルソーの前に立ち、立体裁断の作業に没頭していた。一枚の布が、彼女の手にかかると、魔法のように生命を吹き込まれ、美しいドレスの形を成していく。

桜子は、そんな凛の姿を眩しそうに見つめながら、デリバリーで豪華な朝食を注文した。凛の完全復帰を祝うためだ。

作業の合間にサンドイッチをかじりながら、凛は今後のブランド戦略を早口で語る。その瞳には、過去の陰りは微塵もない。野心と、揺るぎない自信の光だけが宿っていた。

「Aimonを、世界一のブランドにする。桜子、手伝ってくれるでしょ?」

「当たり前じゃない!」

桜子は力強く頷いた。

その時、凛のスマホの画面が光り、不在着信の通知が表示された。

『高橋暁』

その名前を、凛は無表情で見つめると、何も操作せずに画面を伏せてテーブルに置いた。

彼女は再びトルソーに向き直る。

デザイナー、YUZUとしての新しい一日が、今、力強く始まった。

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