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十年間の忍従、復讐の調香師 の小説カバー

十年間の忍従、復讐の調香師

病弱な弟の治療費を工面するため、私は婚約者の三浦翔風から受ける凄惨な虐待に十年間も耐え忍んできた。しかし、節目の婚約十周年パーティーで彼は、私への唯一の贈り物を奪い取り、平然と愛人の首に飾ってみせた。絶望に打ちひしがれる中、追い打ちをかけるように病院から弟の容態急変の知らせが届く。必死に駆けつけようとする私を、彼は「金欲しさの狂言だ」と冷酷に突き放し、部屋に監禁した。ようやく解放されたときには、最愛の弟はすでに帰らぬ人となっていた。たった一人の家族を、彼の非情な仕打ちによって見殺しにされたのだ。長年の忍従は無残に踏みにじられ、心は深い憎悪に塗りつぶされた。全てを失った私の手元に残されたのは、一族に伝わる秘匿された調香レシピと、消えることのない復讐心のみ。数年後、私は正体を隠し、かつての婚約者の前に再び姿を現す。かつて奪われた全てを、今度は彼の人生ごと根こそぎ奪い去るために。香りに秘められた罠が、傲慢な男を破滅の淵へと誘い出す。
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細川瑞樹 POV:

薄暗いホテルのスイートルームのドアの向こうから, 甘ったるい嬌声と, 翔風の荒い息遣いが聞こえてくる. それは, 私がこの10年間, 何度となく耳にしてきた音だった. 今日の音は, いつもにも増して, 私の皮膚を這いずり回る虫のように不快だった. 彼が連れ込んだのは, もちろん小田桐美月だ.

私は手に持った銀のトレイを, さらに強く握りしめた. 翔風の命令は絶対だ. 彼の「お気に入り」のために, 最高の夜食を用意しろ, と.

毎晩, 私はこうして彼の「召使い」を演じてきた. まるで, 私が彼らの蜜月を支える影の存在であるかのように. 部屋のドアをノックする. 中から, 少し苛立ったような翔風の声がした.

「入れ」

私は静かにドアを開けた. 部屋の中は, 甘ったるい香水の匂いと, アルコールの混じった空気に満ちていた. 美月は, 乱れたドレスのまま, 翔風の膝の上に座っていた. 私の視線が, 美月の胸元に一瞬だけ留まる. 私が引き裂いたドレスと, 彼女が身につけた私のネックレス. その対比が, 私をさらに奥底へと沈めていく.

「遅いぞ, 瑞樹. 美月が腹を空かせている」

翔風は私を軽蔑するような目で見た. 美月はニヤリと笑い, 翔風の胸に顔をうずめた.

「翔風様, 瑞樹さんは, わざと私を待たせているんですよ. きっと, 嫉妬しているんです... 」

美月は, わざとらしく私に聞こえるように囁いた. 私の心は, すでに何をも感じないほど麻痺していた. 彼女の言葉は, ただの空虚な音として, 私の耳を通り過ぎていった.

私は無言でトレイをテーブルに置いた. 香ばしい香りが部屋に広がる. 美月はすぐに飛びつき, 小さなサンドイッチを口に運び始めた.

「翔風様, これ, 美味しいわ! 瑞樹さん, 意外とやるじゃない」

美月は私を挑発するように言った. 翔風は, 一口も食べずに私を睨みつけた.

「瑞樹, お前は本当に懲りないな. あれだけの屈辱を受けても, まだそんな顔をしているのか? 」

彼の言葉は, 昨夜のパーティーでの出来事を指していた. 彼の言葉が私の心を抉る. だが, 私はただ, 無表情で彼の言葉を受け止めるだけだった. 痛みは, もはや感じなかった.

その時だった.

私のポケットに入れていた携帯電話が, 激しく振動した. 何度も, 何度も, 途切れることなく.

私は反射的に携帯電話を取り出した. 画面には, 見慣れない緊急連絡先の文字が点滅していた.

私の心臓が, 一瞬にして凍りついた. それは, 結子の病院からの連絡だった.

「もしもし? 」

私の声は, ひどく震えていた. 電話の向こうから, 切迫した看護師の声が聞こえた.

「細川様ですか! ? 大変です! 結子様の容態が急変しました! 意識レベルが低下して, 心拍も不安定です! すぐに, すぐに病院へ来てください! 」

私の手から, 携帯電話が滑り落ちた. ガチャン, と鈍い音が部屋に響いた.

結子, 容態急変... . 意識レベル低下, 心拍不安定... .

私の全身から, 血の気が引いていくのが分かった. 視界が白く霞み, 膝が震え, 立つこともままならない. 結子. 私の, たった一人の弟.

私は, 崩れ落ちるように翔風の足元に膝をついた.

「翔風さん, お願いします... 結子が... 結子の容態が急変しました! 病院に行かなければ... 」

私の声は, もはや懇願だった. 喉が引き裂かれそうなくらい叫び出したかった. これまでの冷徹な仮面は, 目の前の絶望の前では, 何の意味もなさない.

翔風は, 眉をひそめた.

「また, 金目当ての芝居か? 今度はどんな手を使った? 」

彼の言葉は, 私にとって最大の絶望だった. 彼は, 私の唯一の家族の, 命の危機に瀕した状況を, 再び「芝居」だと決めつけたのだ.

「違います! 本当です! 病院から電話が... ! 」

私は, 床に落ちた携帯電話を指差した. 画面には, まだ緊急通知の文字が点滅していた.

「翔風さん, お願いします... 結子が死んでしまう... 早く, 早く病院へ... 」

私の声は, か細い糸のように途切れ途切れになった. 私の目から, 涙が溢れ出した. この10年間, 流すことを許さなかった涙が, 止めどなく頬を伝った.

美月が, 翔風の腕に抱きついた.

「翔風様, 怖い! 瑞樹さん, 急に泣き出して... まるで, 私を脅しているみたい... 」

美月は, 震える声で言った. 彼女の視線が, 私に向けられる. その瞳には, 恐怖ではなく, 隠しきれない歓喜の光が宿っていた.

翔風は, 私をぞっとするような目で見下ろした. まるで, 私が汚らしい虫であるかのように.

「見てみろ, 美月が怯えている. お前のその芝居には, うんざりだ」

彼の瞳には, 少しの憐憫もなかった. 私は, 彼の心の中に, 私に対する愛や, 人間としての感情が, もう, これっぽっちも残されていないことを悟った.

「翔風様, 瑞樹さんはきっと, 結子さんの治療費が足りないから, また何か企んでいるんですよ」

美月が, さらに油を注ぐように言った.

翔風は, 冷酷な目で私を見下ろした.

「瑞樹, お前はもう, 俺のホテルから一歩も出すな. 美月, この女をスイートルームに閉じ込めておけ. 決して, 外に出すな」

彼の言葉は, 死刑宣告のように私の心に響いた.

「やめて, 翔風さん! 結子が, 死んでしまう... ! 」

私は必死に懇願した. しかし, 彼の冷たい命令は, すでにホテルの警備員に伝わっていた.

二人の大柄な男が, 私を掴んだ. 私はもがき, 抵抗した. 結子のためなら, どんなことでもする. 彼の手から逃れようと, 私は必死に暴れた.

しかし, 男たちの力は圧倒的だった. 私は無理やり引きずられ, 奥の部屋へと連行された. 豪華なスイートルームの一室. しかし, 私にとっては, それはただの監獄だった.

ドアが, ガチャン, と重い音を立てて閉まった. 鍵がかけられる音が, 私の絶望を決定づけた.

結子... . 私の, たった一人の弟.

部屋の窓から, 遠くに見える街の明かりが, ひどく冷たく見えた. 翔風は, 結子の命を, 見殺しにしようとしている.

私の心は, 完全に壊れた.

彼に対する, わずかに残っていた情も, この瞬間, 完全に消え去った.

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