
国民的俳優の甘い裏切り
章 3
松島茜 視点: 響き渡る声
譲康は携帯電話をちらりと見て, 私から少し離れた場所へ移動した. まるで, 私に聞かれたくない会話でもあるかのように. 彼の背中越しに, 電話の向こうから, 甲高い女性の声が漏れ聞こえた. 前島瑞希の声だった. 私は心臓が凍りつくのを感じた.
「どうして, 茜なんかと一緒にいるのよ! 」
瑞希の怒った声が, 静かなリビングに響き渡った.
譲康は声をひそめ, 落ち着いた声で瑞希をなだめている.
「瑞希, 今はちょっと…」
「ちょっとって何よ! 私がどれだけ寂しい思いをしているか, あなたにはわからないの? 今すぐ, ここに来てよ! 」
瑞希の声は, まるで私の神経を逆撫でするようだった.
譲康は, 私たちの関係を「義務」と表現した. 彼の口から出たその言葉は, 私の心を深く切り裂いた.
「瑞希, 君も分かってるだろう? 彼女は僕の妻だ. 君といる時は, 彼女に連絡しないように言ったはずだ」
譲康は, そう言った. まるで, 私への配慮でもあるかのように.
瑞希は, 一瞬静かになったかと思うと, 今度は誘惑的な声色になった.
「ふふ, わかったわ. じゃあ, 今夜は, あなたを一人占めできるってことね? 新しい下着を買ったの. きっと, あなた好みよ」
瑞希の声は, 私の耳の奥で, 粘着質な蜜のように響いた.
私の胃の奥からこみ上げてくる吐き気に, 私は思わず口元を押さえた. 頭の中がぐるぐると回り, 目の前が真っ白になる. 身体が, まるで氷漬けにされたかのように冷たくなっていくのを感じた.
譲康が電話を切り, まるで何もなかったかのように私に近づいてきた.
「茜, どうしたんだ? 顔色が悪いぞ. 花粉症か? 」
彼の優しい言葉と, その裏にある冷酷な真実.
私は, その二つの感情の間に挟まれ, 息が詰まりそうだった.
おすすめの作品





