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不治判決の御曹司婚約者のメス、赤い糸に変わっちゃった! の小説カバー

不治判決の御曹司婚約者のメス、赤い糸に変わっちゃった!

田舎の無名な医師と侮られる竹内汐月には、伝説の外科医「ゴッドハンド」という裏の顔があった。三年前の雨夜、財閥の御曹司・清水晟暉を救った彼女は、彼にとって唯一無二の救済者となる。しかし三年後、悲惨な事故が晟暉を襲い、彼は記憶と両脚の自由を失ってしまう。絶望の淵で性格まで歪んでしまった彼を救うため、汐月は自ら婚姻届にサインし、彼の妻として向き合う決意を固めた。「愛することなどない」と冷淡に拒絶する晟暉に対し、彼女は不敵に微笑みながら、リハビリという名の下で彼を翻弄していく。昼は車椅子を押し、夜はリハビリ台で彼の心拍を激しく揺さぶる日々。彼女の献身的な治療と情熱に、閉ざされていた彼の心は次第に溶かされていく。やがて完治した脚で立ち上がった晟暉は、彼女を力強く抱き寄せた。次は自身の「恋の病」を治してほしいと囁きながら。最高峰の医術を持つ女医と記憶を失った御曹司が織りなす、一途で熱烈なラブストーリー。誤解を恐れぬ二人の最強タッグが、運命の赤い糸を固く結び直していく。
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そこまで話して、ふと記憶が蘇る。 数年前、母親との電話で、竹内汐月が大学に進まなかったのだと、一度だけ愚痴るように言われた気がする。 そして、深い溜め息の後にこう続いた。

「あんたも優桜みたいに出来が良かったら、お母さんも鼻が高かったのにね」

その言葉に、汐月は答えなかった。 答える代わりに、自嘲めいた笑みすら浮かんだ、妹の優桜のことならば些細な癖の一つひとつまで鮮明に記憶しているというのに、実の娘である自分に対しては。

大学進学という人生の岐路さえろくに知ろうともせず、ただ妹より劣る存在だと断じている。

-

竹内家のすべてが、汐月にはまるでよその家のように映った、ここも自分の家であるはずなのに、その門をくぐるのは今日が初めてだった。

母の奈美は、汐月をあてがわれた部屋へ案内すると、心配を装うような笑みを貼り付けて言った。 「何か気に入らないことがあったら、遠慮なくお母さんに言うのよ、いい?」

汐月は静かに頷き、波ひとつない平坦な口調で応じる。 「ありがとうございます、お母さん」

「もう、この子ったら。 水臭いわよ。 私、あなたの母親でしょう?遠慮なんていらないのに」

奈美が一通り言い終えてもまだその場を動こうとしないのを見て、汐月は問いかけた。 「他に何か?」

竹内奈美と竹内泰輝は長年苦労の末、ある好機を掴んでようやく富裕層の末席に名を連ねた。

しかし、名家の社交界において、彼らは所詮成り上がりと見なされ、侮りの視線に晒されることも少なくなかった。

一方、清水家は、その歴史、人脈、財力のいずれにおいても、北央市で揺るぎない地位を築く正真正銘の名門である。

その清水家から持ち込まれた縁談だ。 奈美がこの千載一遇の好機を逃すはずがなかった。

目を閉じずとも、清水家との縁組がもたらす利は火を見るより明らかだった。

ただ、相手の清水晟暉は、すでに不自由な身体になってしまっている。 手元で蝶よ花よと育ててきた下の娘を嫁がせるには忍びなく、そこで思い出したのが、田舎に置き去りにしてきた長女の存在だった。

しかし、長女の澄み切った瞳を正面から見つめていると、奈美の胸にも微かな罪悪感が疼いた。

幼い頃から手元で育ててやらなかったことへの後ろめたさは本物だったが、そこに母親としての愛情が欠けているのもまた、紛れもない事実だった。

だが、奈美はすぐに考えを切り替える。 竹内汐月は田舎育ちで、ろくに学歴もなく、碧山町という小さな町で医者をしているに過ぎない。 そんな娘が、清水家のような雲の上の家に嫁げるのだ。 たとえ清水晟暉が不自由な身であろうと、使い切れぬほどの富と栄華が約束される。

これは、娘の未来を思っての最善の選択なのだ、と。

「汐月、今夜はゆっくり休みなさい。 夜、お母さんが会わせたい人がいるから」

誰に、とは言わなかったが、汐月には分かっていた。 清水晟暉に決まっている。

インターネットで、彼が交通事故で身体が不自由になったという記事を目にしていた。

笑うべきか、悲しむべきか、もはや感情の振り子も動かない。 結局のところ、所謂『親』というものに期待を抱くべきではなかったのだ。

親に愛されなかった子供の心に宿るのは、どうしようもない無念と、静かな諦観だけだ。

「はい」汐月は頷いた。

その頷きは、奈美のためではない。 すべては清水晟暉のためだった。

彼が今、どうしているのか――ただ、それだけが気にかかっていた。

汐月が素直に従うのを見て、奈美は少し満足したように口元を緩めた。 「いい子ね。 じゃあ、ゆっくり休んで。 お母さんはもう行くわ」

去り際に、彼女は言い忘れていたとばかりに付け加えた。 「夜、その方に会う時、覚えておいてね。 大学のことを聞かれたら、景原市医科大の修士課程だって言うのよ。 どうせバレないわ。お母さんが何とかするから」

奈美が去った後、汐月はベッドに身を横たえ、そっと手を持ち上げた。 意思に反して、その右手が微かに震えているのが分かった。

もう、六日が経っていた。

メスを握りしめ、祖母を救えなかったあの瞬間から、この手の震えは止まっていない。

外科医にとって、メスを握る手が震えることは、死刑宣告に等しい。

思考の奔流に疲弊したのか、汐月はいつしか、昏く不気味な夢の底へと沈んでいった。

一方、竹内優桜はソファに寝そべり、スマートフォンの画面を眺めていた。 グループチャットで皆が「お姉さんって美人なの?」と尋ねるのを見て、優桜の心は苛立ちにさざめいた。

美人どころの話ではない。

竹内汐月は地味な服装に身を包んでいたが、その顔立ちは冷たく整い、嫌でも人の目を惹きつける華があった。

肌も、長年田舎にいたとは思えぬほど、病的なまでに白い。

竹内汐月と比べれば、自分の容姿など、せいぜい『清純で可愛らしい』という枠を出ない。

質問の嵐に、優桜は複雑な感情を抱え、気分が晴れないまま、指は無意識にこう打ち込んでいた。 「普通。 ブスではないけど」

すぐに露見する嘘だと頭では分かっていながらも、そう打ち明けずにはいられなかった。

清水家が竹内家と縁談を結ぶという話は、すでに北央市の上流階級に知れ渡っていた。

遊び人たちは、かつて天の寵児ともてはやされた清水晟暉が、一体どんな女を娶るのかと好奇の目で見ていた。

竹内優桜が「ブスじゃない」と表現したのを見て、一同は沈黙した。

「ブスじゃない」という表現が、暗に『決して美人ではない』ことを示唆していると、誰もが察したのだ。

清水晟暉も、つくづく気の毒なことだ。

その遊び人たちのグループには、清水晟暉の実弟である清水涼平もいた。

彼は忌々しげに顔を歪めスマートフォンを握りしめると、「くそっ」と吐き捨て、母親を振り返った。

「母さん、兄貴は足が不自由なだけだろ……何もあんな女と結婚させることないじゃないか。 竹内優桜が言ってたぜ、姉貴は超ブスだって」

その言葉に、清水夫人の胸に深い悲しみが広がった。 彼女とて、愛する息子に良き伴侶を、と願わないわけではない。

だが、息子は足だけでなく、男としても大きな問題を抱えていた。 清水家の当主の妻として、これ以上清水家にとって不都合な噂が広まるのを、座して見ているわけにはいかない。

だからこそ、最も扱いやすい竹内家の長女を選ばざるを得なかったのだ。

「大人のすることに、子供が口出しするものではありません」彼女は息子を突き放すように、わざと冷たく言い放った。

涼平は怒りで顔を赤くしたが。

清水夫人はその感情を気にかける余裕もなく、落ち着いた足取りで二階へと上がっていった。

先ほど、竹内奈美から「今夜、二人の子供を会わせたい」というメッセージが届いていたのだ。

息子の部屋のドアを開けると、光を拒むように閉ざされた室内に、清水夫人は平静を装って歩みを進め、窓辺のカーテンを一気に開け放った。

眩い光が流れ込み、部屋の澱んだ闇を追い払う。

ベッドには、一人の男が横たわっていた。 その漆黒の瞳は古井戸のように深く、静かな横顔に浮かぶ端正な顔立ちは、冷たく鋭い攻撃性を孕んでいた。

彼は眠ってはいなかった。

清水夫人は単刀直入に切り出した。 「お見合いをセッティングしたわ。 今夜、私と一緒に先方へ会いに行きます。 あなたに拒否権はありません」

「拒否権がないなら、見合いなど不要だろう。 さっさと籍を入れればいい」

感情の温度を一切感じさせない声で、晟暉は言い放った。

息子に対して、清水夫人は尽きせぬ心痛と共に、言葉にできない微かな恨みも抱いていた。

世間の誰も知らないことだが、あの交通事故は息子の健康だけでなく、夫の命さえも奪い去っていたのだ。

息子がこの様な状態である以上、夫の死を公表するわけにはいかない。 さもなければ、会社を支える多くの者たちが動揺するだろう。

「反対しないのなら結構です。 ですが、礼儀として、一度は顔を合わせなさい」

清水夫人が去った後、晟暉は再び深い闇に沈んだかのようだった。 漆黒の瞳に、苦痛と自嘲の色が浮かぶ。

もし自分がいなければ、父は死なずに済んだのだ。

汐月が夕暮れ時に目を覚ますと、優桜が呼びに来ていた。

どのような本心からか、優桜はわざとらしい祝福の言葉を口にした。 「お姉ちゃん、もうすぐ清水家に嫁ぐんだね。 おめでとう。 清水家といえば、北央市でもトップクラスの名門ですものね」

汐月は今年で二十五歳。 長年、酸いも甘いも経験してきた。 優桜のその言葉に隠された浅はかな棘を、彼女は瞬時に見抜いていた。

妹が自分を疎ましく思っているのは、一目で分かった。

彼女はただ黙って布団を畳みながら、優桜が次にどんな言葉を紡ぐのかを静かに待っていた。

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