
略奪婚した妹が絶望する横で、私は極上夫に激しく蹂躙される。
章 3
気づけば、結婚式はもう目の前だった。
婚約してからというもの、詩織と蓮也は人目もはばからず愛情を見せつけ、何度もデートを重ねて――バレンタインも、当然のように一緒に過ごしていた。
それに対して澄音は、書斎で真彦と話し合って以来、互いに連絡を取ることもなく、ひたすら自分の研究に打ち込んでいた。
神代家と佐倉家の話し合いの結果、二組の結婚式は合同で執り行われることに決まった。
結婚式の前日、澄音のもとへ真彦が手配したウェディングドレスと装飾品が届けられた。
彼の言葉通り、人前ではきちんと体裁を整え、澄音にふさわしい格式を保ってくれていた。
「佐倉様、こちらのドレスはフランスのオートクチュールでございまして、神代社長が三ヶ月前から特注でお仕立てになったものです」 届けに来たのは真彦の秘書、小林佐介だった。「アクセサリーも大変貴重なブルーダイヤモンドで、社長自らイタリアへ赴き、百年の歴史を誇る職人にお作りいただいた品だそうです」
ウェディングドレスもネックレスも、目を奪われるほどの輝きを放っていた。
しかし澄音の心は揺れず、穏やかに微笑んで言った。「ありがとうございます」
佐介の説明には多少の誇張もあるのだろうが、真彦の態度は誠実だった。約束を守る限り、彼女を粗末に扱うつもりはない――そんな意思の表れなのだろう。
佐介を見送った澄音が振り返ると、リビングに詩織が立っていた。
「さすがね」 詩織の目に一瞬、悔しさがよぎる。「神代家の次期当主と結婚するって、やっぱり格が違うわね」
澄音は前世での彼女の所業を知っているだけに、これ以上関わりたくなかった。ただ静かに言葉を返す。「あなたと蓮也さんはとても仲がいいんだから、彼があなたを軽く扱うはずがないでしょう。ドレスもアクセサリーも、きっと心を込めて選んでくれたはずよ」
前世では、蓮也はずっと仮面をかぶり続け、結婚から三ヶ月経ってようやく本性を見せた。
結婚式で彼女のために用意されたドレスや装飾品は、今世で真彦が用意したものには及ばないものの、決して見劣りするようなものではない。
だが、その何気ない一言が詩織の神経を逆撫でしたことを、澄音は知らなかった。
蓮也の言い分では、合同式であっても真彦が神代家の後継者である以上、格式の面で彼を上回る演出は避けるべきだということだった。
詩織のために用意されたドレスとアクセサリーも決して粗末ではないが、澄音のものと並べれば、その差は一目瞭然だった。
「ずいぶん得意げね」 詩織は冷ややかに笑い、その目の奥に暗い光を宿す。「そんな顔でいられるのも今だけよ!」
前世では真彦の顔を傷つけ、再起不能にまで追い込んだのだ。今世だって同じようにしてやる!
蓮也が自分を愛してさえいれば、彼を跡継ぎの座へ押し上げることもできる。
澄音は軽く頷くだけで、それ以上は何も言わず、そのまま彼女の横を通り過ぎた。
翌朝四時、神代家から派遣されたヘアメイクチームが到着し、二人は別々の部屋で準備を始めた。
澄音は前夜、研究資料に目を通していたせいで、ほとんど眠れていなかった。
それでもなお、頭の中ではある情報を繰り返し思い巡らせていた。
「あれ?」ヘアメイク担当者がふいに首を傾げた。「この口紅、なんだか変ですね。 傷んでいるのかしら?」
「いえ、そんなことは」アシスタントはどこか歯切れ悪く答える。「もともとこういう仕様みたいです。時間もないですし、別の口紅で仕上げましょう」
ヘアメイク担当者も深く考えず、別の口紅を手に取り、澄音に塗ろうと近づいた。
「少し待ってください」澄音は手を伸ばしてそれを止めた。 「その口紅、見せていただけますか?」
横目でアシスタントをちらりと見ると、その表情に一瞬の動揺が走った。
ヘアメイク担当者は特に気にした様子もなく、そのまま澄音に渡した。「少し変わった口紅ですね。でも、このブランドはこういう仕様なのかもしれません。まだ替えもございますので」
横からアシスタントが口を挟む。「そうですね、こちらは予備として置いておいて、後でお直しにも使えますし」
澄音は目を伏せたままキャップを開け、じっくりと観察し、そっと香りを確かめた。そしてわずかに口元を緩めた。
中にはピーナッツの粉末が混ぜられている。そして澄音はピーナッツアレルギーなのだ。
こんな手口を思いつく人物は、詩織以外にいない。
なにしろ前世では、同じような陰湿なやり方を、もっと数多く使っていたのだから。
澄音は微笑みながら口紅を返し、ヘアメイク担当者を手招きした。
担当者が近づくと、彼女は小声で何かを耳打ちした。
アシスタントには聞こえず、ただ不安そうに様子をうかがうしかなかった。
ヘアメイク担当者の目つきが変わり、静かに頷いた。「承知いたしました」
準備が整うと、ブライズメイドが部屋に入ってきた。
澄音のブライズメイドは夏川鈴蘭ただ一人。幼い頃からの親友だ。
部屋に入るなり、鈴蘭は澄音にウィンクを送り、耳元で囁いた。「頼まれてた件、ちゃんと手配しておいたわよ。 でも、どうして優月があんなことを言うって分かったの? 本当に式に来ると思う?」
藤原優月とは、真彦が心に抱き続ける忘れられない存在だ。前世では、詩織は真彦の心を手に入れようと、優月に執拗な嫌がらせを繰り返していた。
挙句の果てに外部の人間と結託して真彦を罠に嵌め、 彼は顔に大きな傷を負い、両脚の自由を失って車椅子の身となった。
命を懸けて守った優月は、三ヶ月ほど介護した後、もう利用価値がないと見るや、あっさり彼のもとを去ったのだった。
「分からないわ。ただの保険よ」 澄音は静かに微笑んだ。
前世の結婚式で優月が現れ、詩織に恥をかかせたことがあったからだ。
鈴蘭は頷く。「それもそうね。あなたと真彦さんは契約結婚だし、二人の仲を邪魔するつもりはないんでしょうけど、優月がそう考えるとは限らないものね。用心しておくに越したことはないわ」
この件について、澄音は彼女に何も隠していなかった。
前世では、鈴蘭は蓮也の手から彼女を救うために命を落としている。
だからこそ今世では、必ず鈴蘭を守ると決めていた。
やがて新郎たちが迎えに来て、煩雑な式次第は省かれ、一行はそのまま式場へ向かった。
四人はチャペルの扉の前に並ぶ。
先頭に澄音と真彦、その後ろに詩織と蓮也が続く。
内側から扉が開かれた。
割れんばかりの拍手が響き渡る。
真彦が紳士的に腕を差し出し、澄音はその腕に手を添える。二人はバージンロードを歩き始めた。
誰の目にも、美しく釣り合いの取れた理想のカップルに映った。
そのすぐ後ろを詩織が続く。
入場直前、彼女は口紅を塗り直して問題がないことを確かめると、親しげに蓮也の腕に絡みつき、バージンロードを進んだ。
しかし、祭壇の前に立ち、スポットライトを浴びたその瞬間だった。
会場が一瞬で静まり返った。
詩織は胸騒ぎを覚え、異変に気づく。まず唇が、続いて頬が、じわじわと熱を帯びていった。
慌てて蓮也へ顔を向けた。 「蓮也さん、私の顔……何かおかしい?」
「少しアレルギーが出ているようだ」 蓮也は眉を寄せた。「大したことはない。すぐに薬を持ってこさせる」
詩織は言葉を失った。
アレルギー!?
そんなはずがない!
計画通りなら、アレルギーを起こすのは澄音のはずだったのに。
彼女の目に、どす黒い光が宿る。
澄音だわ。あいつが何か細工したに違いない。
あの女、いつからこんなに抜け目なくなったの!?
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