
七年間の愛、裏切りの果て
章 2
- 坂東雅穂 POV:
リュウノスケは最近, 異常なほど忙しかった.
朝は早くから出かけ, 夜は私が眠りにつく頃に帰ってくる.
彼の生活は, 私とは完全に別々のものになっていた.
私の誕生日のことも, 彼は忘れていた.
以前の私なら, きっと悲しみに暮れただろう.
でも, 今の私には, もうどうでもいいことだった.
心が, すっかり麻痺してしまっていた.
その代わりに, 彼は珍しい限定品のワインを私に差し出した.
「ほら, これ. お詫びだよ. 」彼はそう言って, 気まずそうに笑った.
その笑顔は, まるで義務を果たしたかのように見えた.
私は, ただ無言でそれを受け取った.
「来週, 旅行に行こう. 君がずっと行きたがっていた温泉旅館を予約したんだ. 」彼は, どこか得意げに言った.
私は, 少し迷ってから, 彼からの誘いを受け入れた.
もしかしたら, まだ間に合うかもしれない.
そんな淡い期待が, 心の片隅に宿っていた.
だが, 旅行当日の朝, リュウノスケは現れなかった.
いくら待っても, 彼の姿は見えない.
私の手元には, 旅行会社のバウチャーだけが残された.
私の心は, 期待から絶望へと突き落とされた.
スマホを開くと, ユイハのSNSが目に飛び込んできた.
「坂口先輩と温泉旅行! サプライズで予約してくれたみたい! 素敵な露天風呂付きのお部屋(´▽`)」
写真には, リュウノスケの車が写っていた.
彼の腕には, 私に贈られたはずの, あの限定ワイン.
私の息が止まった.
ユイハの言葉が耳元でこだまする.
「まほさんは, もうおばさんだからね. 坂口先輩も, 若い女の子の方がいいに決まってる. 」
「それに, まほさんは, もうリュウノスケ先輩を必要としてないんでしょう? 」
私の愚かさに, 吐き気がした.
雨が降り出した.
外は土砂降り.
私は, ぼんやりと雨を見つめていた.
かつて, リュウノスケが私を庇って雨に濡れたことがあった.
あの時, 彼は私のために, 自分の身を挺してくれた.
彼の優しさに, 私は何度も救われた.
彼の温かさに, 私は何度でも恋をした.
でも, もう違う.
今, 彼の腕の中にいるのは, 私ではない.
私を庇う彼の腕は, もう, 私の方には向いていない.
私は, 彼の背中を見送った.
私の心は, 冷たい雨に打たれているようだった.
体中の血液が, 凍りついていくのを感じた.
その時, 母からメッセージが届いた.
「まほ, 来月の上旬に結婚式の日取りが決まったわよ. 」
私は, ただ, 「分かった」と短く返信した.
外は, 大雨で交通機関が完全に麻痺していた.
都市は, まるで混沌の中に沈んでいるかのようだった.
リュウノスケから電話がかかってきた.
「まほ, 今どこにいるんだ? 大丈夫か? 」
彼の声には, 僅かな焦りが含まれていた.
「駅よ. 」私は, 平静を装って答えた.
「電車が止まって身動きが取れないわ. 」
「分かった. すぐ迎えに行く. 」彼はそう言って, 電話を切った.
私は, 心の奥底で冷笑した.
彼は, 決して来ない.
またユイハのSNS更新通知.
「坂口先輩が作ってくれた, あったかい生姜焼き定食! 疲れた体に染み渡る~(´▽`)」
写真には, リュウノスケが作ったであろう, 湯気の立つ生姜焼き定食が写っていた.
私は, 無言でスマホの画面を閉じた.
結局, リュウノスケは迎えに来なかった.
私は, ずぶ濡れになって家に帰り着いた.
熱が出ていた.
体中が, 鉛のように重かった.
リュウノスケに風邪をうつさないように, 私は客間に移動した.
一人, 冷たいベッドの中で, 私は震えていた.
翌日, 珍しくリュウノスケが仕事を休んで, 私の看病をしてくれた.
彼は, 私のお粥を作ってくれた.
額に冷たいタオルを置いてくれた.
彼の優しさは, かつての彼のそれと同じように見えた.
けれど, 私の心は, もう何も感じなかった.
彼のそばにいることが, むしろ苦痛だった.
「もう大丈夫よ. 仕事に行って. 」私は, 彼にそう言った.
私の声は, ひどくかすれていた.
「でも, まだ熱があるだろう? 」リュウノスケは, 困惑した顔で私を見た.
「無理しなくていいんだぞ. 」
私は, 薄く笑った.
「もう, 大人だからね. 大丈夫よ. 」
私の心は, もう彼の言葉に動かされることはなかった.
「分かった. 何かあったら, すぐに連絡してくれ. 」彼は, 心配そうな顔で私を見つめた.
私の顔に, 無理やり笑顔を貼り付けた.
「ええ, もちろん. 」
私は, 早く彼に出て行って欲しかった.
リュウノスケは, 何か異常を感じているようだったが, その理由を理解できないようだった.
彼は深くため息をつきながら, 部屋を出て行った.
「無理するなよ. 」彼の声が, 背後から聞こえた.
私は, ようやく一人になれたことに安堵し, 深い眠りに落ちた.
翌朝, 目が覚めると, 熱はすっかり引いていた.
スマホには, 母からのメッセージが届いていた.
「まほ, ウェディングドレスのカタログを送ったわよ. 気に入ったのがあったら教えてね. 」
私は, 送られてきたドレスの写真を一枚一枚, ゆっくりと眺めた.
純白のドレスは, どれも美しかった.
私の心は, 少しだけ揺れた.
新しい人生が, 本当に始まるのだ.
その時, 部屋のドアが, ノックもなしに勢いよく開いた.
リュウノスケが, 血相を変えて部屋に飛び込んできた.
「まほ, 何を隠しているんだ! ? 」彼はそう叫び, 私の手からスマホを奪い取った.
彼の目は, ドレスの写真に釘付けになった.
「これは, 一体どういうことだ! ? 」彼の声が, 部屋に響き渡る.
私の心臓が, ドクンと大きく跳ねた.
私は, 彼に真実を告げるべきか, 一瞬迷った.
しかし, 彼の顔を見た瞬間, その迷いは消え去った.
「まさか, 君, 僕に結婚を迫っているのか! ? 」リュウノスケは, 顔を真っ赤にして私を睨みつけた.
「そんなことをして, 恥ずかしいと思わないのか! ? 」
彼の言葉は, 私の心を深く傷つけた.
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