
七年間の偽り婚と復讐の誓い
章 3
斉藤晴子 POV:
私の目の前で, 平田光は光輝の腕の中で泣きじゃくっていた. 海外にいるはずの彼女が, なぜここにいるのか. 混乱と絶望の中で, 私の思考は停止した.
「蒼は, あの子は誰にも渡したくないの! 他の夫婦にパパとママと呼ばせるなんて, 私には耐えられない! 」平田光は, 光輝の胸にしがみつきながら, そう訴えた.
光輝は彼女の背中を優しく撫でた. 「分かっている. 分かっているよ, ひかり. だから大丈夫だ. 蒼は俺たちの子供だ. 俺が必ず, 戸籍に登録する. 富原家の人間として, 俺が守る. 」
彼の言葉一つ一つが, 私の心臓をえぐり取っていく. 富原家の人間. 俺たちの子供. 私が7年間, 愛し, 尽くしてきた光輝が, 私ではない女と, 私ではない家族の物語を紡いでいた.
彼女は泣き止み, 顔を上げた. その目は, まだ濡れているが, 確かな勝利の光を宿している. 「そうよ. 私たちが蒼の本当の親だもの. それに, 私と光輝さんは, ちゃんと法律上も夫婦よね? 」
光輝は眉をひそめた. 「ひかり, 今はそういう話は…」
「事実でしょう? 」平田光は, 得意げに私のほうを一瞥した. その視線は, 私を嘲笑っている.
光輝はため息をついた. 「ああ, そうだ. だが, それは俺の事業のために, 一時的に君との籍を入れただけだ. 君が海外にいる間のことだ. 晴子を巻き込みたくなかった. 」彼は, 私に聞こえるように, わざと大きな声で言った. 私のための言い訳. 私のための嘘.
「とにかく, 晴子の心をこれ以上傷つけるような真似はするな. 彼女は俺の, 大切な…」光輝はそこで言葉を切った. 大切な, 何だというのだろうか. 便利な道具? 愚かな女?
平田光は不満そうに口をとがらせたが, すぐに笑顔に戻った. 「分かってるわ. でも, 斉藤晴子さんには, ちゃんと光輝さんのサポート役でいてもらわないとね. 蒼のためにも. 」彼女の言葉は, 私への明確な宣戦布告だった.
光輝は平田光の頭を軽く叩き, 言葉を和らげた. 「まあ, そういうことだ. それに, うちの母さんも, そろそろひかりに会いたがっていた. 家族の繋がりは大切だからな. 」
光輝の母…その言葉が, 私の全身を凍り付かせた. 光輝の母は, 私のことを決して認めなかった. 私が斉藤家の財産を持たずに嫁いできたことを, 事あるごとに嘲笑った. 結婚以来, 一度も私を温かく迎えたことはない. それが, 平田光には家族の繋がりを求めているというのか.
私は, 光輝の母の冷たい視線と, ねちっこい嫌味を思い出した. 彼女はいつも, 私を「高嶺の花ではいられない, ただの女」と見下していた. 光輝の母は, 最初から平田光を受け入れていたのだ. 私は, 最初から彼の家族にとって, 何の価値もなかったのだと, ようやく理解した.
私の足は, まるで鉛のように重かった. 光輝と平田光は, 私を置いて二階へ上がっていく. 彼らの後ろを, 私は震える足で追いかける.
二階の廊下で, 光輝は人気がないことを確認すると, 平田光の腰を引き寄せた. 彼の顔には, 普段私に見せることのないような, 下卑た笑みが浮かんでいた.
「まったく, こんな場所でまで泣き言を言うなよ. せっかく会えたんだ. もっと俺を喜ばせてくれ. 」光輝の声は, 私に聞こえないように抑えられているが, その内容ははっきりと耳に届いた.
平田光は甘えた声を出す. 「もう, 光輝さんったら. でも, 早く籍を整理してほしいわ. だって, 私こそがあなたの本当の妻なんだから. 」
光輝は低い声で笑った. 「ああ, 分かっている. だから, 今は焦るな. もう少しだ. 晴子を完全に手懐けてから, 全てを俺のものにする. 」
その言葉を聞いた瞬間, 私の全身の血液が逆流した. 彼は, 私を「手懐ける」と言った. 私は, 彼にとって, 飼い慣らされたペットでしかなかったのだ.
彼らは部屋の中へと消えていった. 部屋のドアが閉まる音の直後, 中から, 平田光の嬌声と, 光輝の荒い息遣いが聞こえてくる. 私は, その場で膝から崩れ落ちた. 吐き気が込み上げてくる.
「ねえ, 光輝さん…あいつ, 本当に『締まり』が悪いの? 」平田光の, 意地の悪い声が聞こえた.
「フン. あんな女, 真面目ぶってばかりで, 全然面白くねえんだよ. お前の方が, よっぽど俺を満足させてくれる. 」光輝の声が, 私の耳元で響く.
私の指の爪が, 手のひらに食い込んだ. 猛烈な痛みが走るが, それすらも彼らの声にかき消されてしまう. 私の心は, 完全に壊れてしまった. 彼が, こんなにも下劣で, 獣じみた男だったなんて.
私は, もうこれ以上は耐えられなかった. 震える体でゆっくりと立ち上がり, 彼らの部屋から遠ざかる. 階下へと続く階段を降りる途中で, 施設長が心配そうな顔で私に声をかけた.
「斉藤さん, 松田蒼くんのことですが…どうされますか? やはり, お引き取りになりますか? 」
私は言葉を発することができなかった. ただ, 首を横に振る. 「いえ…結構です. 」
施設長は私の顔をじっと見た. 私が蒼の資料を求めた時, 彼女は少し驚いた顔をした. 資料を開くと, 蒼の誕生日が目に飛び込んできた. それは, 私が光輝にプロポーズされた, まさにその時期と重なっていた.
私は, 震える手で資料を閉じた. 光輝が私に結婚を申し込んだ時, 平田光は既に彼の子を宿していたのだ. 私は, 彼の嘘と欺瞞の上で, 七年間も踊らされていた.
怒りと悔恨で, 全身が震える. 私は施設長に資料を返し, 冷たい声で告げた. 「この件は, もう私には関係ありません. 養子縁組の手続きを進めてください. 」
施設長は, 私のただならぬ雰囲気を察したのか, 何も言わずにただ頷いた.
その時, 突然, 部屋のドアが勢いよく開いた. 光輝が, 血相を変えて飛び込んできた.
「晴子! 一体何を勝手なことをしているんだ! 蒼を引き取らないとは, どういうことだ! 」光輝は, 震える声で私を叱責した.
私は冷たい目で彼を見つめ返した. 「勝手? あなたが勝手に決めたことでしょう? 私の夫が, 私の知らない間に, 別の女との間に子供を作り, その子供を私に押し付けようとした…その方がよっぽど勝手なのでは? 」
光輝は言葉を失った. その背後から, 平田光が姿を現し, 私に笑顔で挨拶をした. 「あら, 斉藤晴子さん. 蒼くんのこと, 決めてくださったのね. ありがとう. 」
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