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裏切りの指輪、名前を捨てて の小説カバー

裏切りの指輪、名前を捨てて

結婚生活7年目、デザイン事務所の代表を務める夫・晴哉と浜本心葉は、周囲から理想の夫婦と目されていた。しかし、一通のメールがその平穏を無慈悲に破壊する。そこに写っていたのは、夫とアシスタントの坂田蓮夏が密着する姿だった。さらに蓮夏の指には、心葉のものと全く同じデザインの指輪が嵌められ、内側には二人の愛を誓う刻印まで刻まれていた。メディアで妻への愛を語る夫の言葉はすべて虚飾であり、心葉が心血を注いだデザインさえも蓮夏の手柄として奪われていたのだ。蓮夏からは、夫との愛を誇示し、心葉の身ごもった子供を否定する残酷な言葉が執拗に届く。愛も才能も、そして宿った命さえも裏切られた心葉の精神は限界を迎えた。夫を問い詰めたところで、返ってくるのは空虚な嘘に過ぎない。もはや修復不能な絶望の淵で、彼女はある決断を下す。それは、戸籍や財産、過去のすべてを清算し「浜本心葉」という存在をこの世から抹消すること。名前を捨て、自らの死にも等しい失踪を遂げることこそが、裏切り続けた夫への最大の復讐となる。音も立てずに崩壊していく、愛と執着の物語。
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浜本心葉 POV:

「ああ, あれね. 作業中に邪魔になったから, どこかに置いてきたのよ」私は, 何でもないことのように答えた. 彼の視線が, 私の指に痛いほど突き刺さった.

「なんだよ, 大切な指輪だろ? 俺とお揃いの. どこに置いたか覚えてるのか? 」晴哉の声には, 不満と, ほんの少しの焦りが混じっていた. 彼は, 指輪が私にとってどれほど重要だったかを知っていたはずだ.

「さあ? どこだったかしら. まあ, どうせまた見つかるわ」私は, 平静を装って言った. 私の心は, 彼の動揺を見て, わずかに冷たい喜びを感じていた.

「見つかるって, そんな適当な. もしなくしたらどうするんだよ」晴哉は, 眉間にしわを寄せた. 彼は, 彼の偽りの愛の象徴が消えたことに, 苛立っているようだった.

「もしなくしたら, また新しいのを作ればいいじゃない. どうせもう, 古くなったでしょう? 」私の言葉に, 晴哉は一瞬言葉を失った.

彼の表情は, 一瞬で和らいだ. 「そうだな, お前らしいな. じゃあ, 今度一緒に見に行こう. もっと素敵なのを買ってやるから」彼の笑顔は, 私にはもう何も響かなかった.

「ええ, そうね」私は曖昧に答えた. 指輪が溶かされて, 小さな金属の塊になったことを, 彼はもちろん知らない. これが, 私の復讐の第一歩だった.

晴哉は, テーブルの上の小さな紙袋に気づいた. 「あれ? これ, 何だ? お前, 俺に何か買ってくれたのか? 」彼の声は, 子供のように弾んでいた.

「ええ, そうよ. あなたへの贈り物」私は, 偽りの笑顔を浮かべた. その中身は, 彼にとって最大の裏切りになるだろう.

「ありがとう! 何だろうな, 開けてもいいか? 」晴哉は, 目を輝かせた. 彼は, 私から贈られるものが, まだ自分を喜ばせると信じているようだった.

「いいわ. でも, 開けるのは, 少し後にね」私は, 彼の期待を煽るように言った. まだ, その時ではない.

彼の紙袋の中には, 溶かされた指輪の金属の塊が入っていた. それは, 彼の裏切りが形を変えたものだ.

「なんだよ, 焦らすなよ」晴哉は, 不満そうに口を尖らせたが, 私の言葉に従った. 彼は, 私が彼に報復しようとしているなど, 夢にも思っていないだろう.

私の心は, さらに冷たくなった. 彼の無邪気さが, 私にはあまりにも滑稽に見えた.

「そういえば, あなた, 今日が何の日か, 知ってる? 」私は, 静かに尋ねた. 彼の表情が, 一瞬で凍り付くのが見えた.

晴哉の顔から, さっと血の気が引いた. 彼は, おどおどと私を見つめた. 「えっと, その, 何か特別な日だったか? 」彼は, 明らかに思い出したくない顔をしていた.

「私たちの, 初めてのデート記念日よ. 十年, 経ったわね」私の声は, 感情を完全に失っていた. その言葉は, 彼にとって痛恨の一撃だっただろう.

晴哉は, 見る見るうちに顔色を変え, 慌てたように私の手を取った. 「ご, ごめん! 心葉, 本当に忘れてたわけじゃなくて! 最近仕事が忙しくて, つい…」彼は必死に言い訳を始めた.

「謝罪はいらないわ. それより, 埋め合わせをするなら, 今からどこかへ行きましょう. 二人で, ゆっくり過ごしましょうよ」私は, 彼の提案を予測していたかのように, 先手を打った.

「いいのか! ? もちろん, どこへでも! どこに行きたい? 」晴哉は, 心底ほっとしたように言った. 彼の顔には, 安堵の表情が広がっていた.

「そうね…あの, 私たちの思い出の場所へ行きたいわ」私は, 彼の裏切りを暴くための舞台を用意した.

「わかった! すぐに車を出すから! 」晴哉は, 喜び勇んで玄関へ向かった. 彼は, 私がまだ彼を愛していると信じているのだろう.

晴哉が運転する車の中, 彼は楽しそうに最近の仕事の話や, 蓮夏をいかに指導しているかを話していた. 私の心は, 窓の外の景色と同じくらい, 冷え切っていた.

「このプロジェクト, 蓮夏が担当する部分も多いんだ. あいつ, 本当に頑張り屋でさ」晴哉の声が, 私の耳には遠く聞こえた. 彼は, その名前を私に隠そうともしなかった.

私は, 彼の話に適当に相槌を打ちながら, 窓の外に目を向けた. 街の景色が, まるで他人事のように流れていく. 私の心は, もうここにはなかった.

ふと, 助手席の足元に, キラリと光るものが見えた. 拾い上げてみると, それは女性用の小さなヘアピンだった. 蓮夏がよくつけている, あのデザインだ.

私は, 表情一つ変えずにそのヘアピンを拾い上げ, ハンドバッグの奥底にしまい込んだ. それは, また一つ, 彼の裏切りの証拠となった.

何も言わなかった. 問い詰める気力も, もう湧かなかった. ただ, 淡々と証拠を集める. それが, 私に残された唯一の感情だった.

車は, 私たちが初めてデートした海辺のレストランに到着した. 思い出の場所は, 今はただの舞台でしかなかった.

晴哉は, 私が車を降りる際に, さりげなく私の腰に手を添えた. その手の感触が, 私にはぞっとするほど冷たかった. 彼は, まだ私を妻だと思っているのだろう.

「心葉, ここでプロポーズした時, 覚えてるか? 本当に幸せだったな」晴哉は, 懐かしそうに海を見つめた. その言葉は, 私には空虚な響きでしかなかった.

周りの客たちが, 晴哉の顔を見て, 「松井社長だ」「奥さんとデートなんて, 素敵ね」とささやいているのが聞こえた. 彼らは, 彼の完璧な演技に騙されている.

その時, 晴哉の携帯が鳴った. 彼は, 一瞬躊躇したが, すぐに「ああ, ごめん, ちょっと席を外す」と言って, 慌ただしく立ち上がった. 彼の表情には, 隠しきれない焦りが見えた.

「ああ, 蓮夏か. 今, どこだ? 」彼の声が, 少し離れた場所から聞こえてきた. 私の心は, 何の感情も抱かなかった.

「ごめん, 心葉. ちょっと急な仕事が入った. 少しだけ待っててくれるか? 」晴哉は, 申し訳なさそうな顔で私に言った. 彼の顔は, 嘘で塗り固められていた.

「ええ, 構わないわ」私は, ただ静かに頷いた. 私の心は, すでにこの状況を予測していた.

「松井社長, 仕事熱心だわね」「奥さんも理解があるわ」周りの声が, また聞こえてくる. 彼らの言葉は, 私にはもう届かなかった.

私は, ただ静かに窓の外の海を見ていた. 波の音が, 私の心の中の虚無感をさらに深くした. 彼が戻ってくるまで, 私はここで, 演技を続けるだけだ.

ふと, 振り返ると, 晴哉が携帯を耳に当て, 満面の笑みを浮かべているのが見えた. その笑顔は, 私には向けられていない. 彼の瞳は, 私にはもう映っていなかった.

彼の声が, 小さく聞こえてきた. 「ああ, 心配するな. 今, 心葉は一人で待ってるから, 大丈夫だ. すぐにそっちへ行く」その言葉が, 私の耳に届いた瞬間, 私の心は完全に凍り付いた.

私は, 無言で席を立ち, 車のキーを手に取った. もう, 彼の演技に付き合う必要はない.

彼の車に戻ると, 助手席のモニターに, 晴哉の携帯のメッセージアプリが開いたままになっていた. そこには, 蓮夏との生々しいやり取りが残されていた.

「今夜は心葉と一緒なの? 寂しいよ, 晴哉さん」「大丈夫だ, すぐに抜け出す. お前を一番に考えてるからな」

その言葉が, 私の目に飛び込んできた瞬間, 私の体は凍りつき, 心臓が大きく脈打った.

「愛してるよ, 私の晴哉さん」「俺もだ, 蓮夏」

そのメッセージを見た瞬間, 私の胃から何かが込み上げてきた. 喉の奥が熱くなり, 全身が震えた.

「心葉, 待たせたな. 本当にごめん. 急ぎの案件で, どうしても外せないんだ」晴哉が, まるで何もなかったかのように, 笑顔で車に戻ってきた. 彼の笑顔は, 私にはもう, 悍ましかった.

私は, 何も言わずに彼に冷たい視線を向けた. 私の顔には, 一切の感情がなかった.

「どうしたんだ? 気分でも悪いのか? 」晴哉は, 私の顔色を心配するように言った. 彼の心配など, 私にはもう必要なかった.

私は, 車を降りて, 海辺の茂みの陰に隠れた. 胃から込み上げてくるものを, 抑えきれなかった.

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