
裏切りの指輪、名前を捨てて
章 3
浜本心葉 POV:
「心葉! ? 大丈夫か! ? 」晴哉が, 慌てて私のもとに駆け寄ってきた. 彼の顔には, 焦りと, ほんの少しの恐怖が浮かんでいた.
しばらくして, 胃の不快感が落ち着き, 私はゆっくりと立ち上がった. 全身に力が入らず, まるで抜け殻のようだった.
なぜ, 彼は私を裏切ったのだろう. 私に, 何が足りなかったのだろう. 私の心は, 問いと, 痛みで溢れていた.
もしかしたら, 蓮夏の若さや, 私にはない奔放さに惹かれたのだろうか. それとも, 私の才能に嫉妬し, 私を支配したかったのだろうか. 彼の真意は, 私にはもうどうでもよかった.
ゆっくりと呼吸を整え, 私は冷静さを取り戻した. 感情に流されてはいけない. これは, 私の計画の一部なのだ.
「心葉, 病院に行くぞ. こんな状態じゃ, 心配だ」晴哉は, 私の腕を掴もうとした. その手つきは, 私には不快でしかなかった.
「大丈夫よ. ただ, 少し神経性胃炎になっただけ. 最近, 仕事で疲れていたから」私は, 作り笑いを浮かべた. 彼の目には, 私の苦痛など映っていないだろう.
「そうか…無理をさせてしまって, ごめん. でも, 明日, 俺と一緒に事務所に来ないか? 最近, 心葉に会えてなくて, 寂しいんだ」晴哉の声は, 甘く, 私を誘うようだった.
私の心には, 嘲笑が湧き上がった. 寂しい? 彼の隣には, いつも蓮夏がいたはずだ. しかし, これは利用できる.
「いいわ. でも, ただ行って戻るだけじゃつまらない. あの, 先日晴哉が発表した新しいショッピングモールのデザイン. あれについて, いくつか確認しておきたいことがあるの」私は, 彼の提案に乗った.
晴哉の顔に, 一瞬の戸惑いが浮かんだ. 彼は, 私の質問が何を意味するのか, 分かっているはずだ.
「えっと, それは…急に言われても, 資料がないと…」彼は, 言い訳を探すように視線を泳がせた.
「あら, そう? でも, 私はあなたと一緒にデザインしたから, 大体のことは覚えているわ. あなたが私のデザインを盗んで, 蓮夏の手柄にしたこと以外はね」私は, 彼の目を真っ直ぐに見つめて言った.
晴哉は, ごくりと唾を飲み込んだ. 「わ, 分かった. 心葉がそこまで言うなら, 付き合うよ. でも, 無理はするなよ」彼は, 不承不承といった様子で頷いた.
家に戻ると, 晴哉はすぐにシャワーを浴びに行き, その後, 携帯を片手にどこかへ電話をかけ始めた. 彼の焦った様子が, 私の目にははっきりと映った.
私は, 彼の携帯が置いてあったテーブルに近づいた. やはり, 蓮夏に電話をかけていた. メッセージ履歴を見ると, 「明日, 心葉が事務所に来る. 準備しておけ」とあった. 彼らは, 私を欺く準備をしているのだ.
私は, 何も言わずにそのメッセージを閉じた. 私の心は, もう波立つこともなかった. ただ, 証拠が一つ増えただけだ.
晴哉は, シャワーから上がると, なぜか洗い物を始めた. 「心葉, 具合が悪いんだろ? 俺が洗い物をするよ」彼の声は, これ見よがしに優しかった.
「いいわ. 私がやるから, あなたは休んでいて」私は, 彼の厚意を冷たく断った. 彼の触れたものなど, もう触りたくなかった.
「そういえば, あのプレゼント, 開けてくれないのか? もしかして, 気に入らなかった? 」晴哉が, 不満そうに尋ねた. 彼は, まだあのプレゼントが私を喜ばせるものだと思っている.
「いいえ. 開けるのは, 明日, 事務所でね. みんなの前で開けたいの」私は, 冷たい声で言った. それは, 彼にとって, 公衆の面前での恥辱となるだろう.
「ん? なんでまた, そんなところで? 」晴哉は, 不思議そうに首を傾げた. 彼は, 私の意図を全く理解していない.
私の心の中では, 彼の裏切りが, 一つ残らず暴露される日が, 刻一刻と近づいていた. そのプレゼントは, 彼が私にしたことの, 象徴なのだ.
「なんとなく, そういう気分なのよ. サプライズは, みんなで分かち合うものだもの」私は, 曖昧に答えた. 彼の顔は, 混乱と期待が入り混じっていた.
晴哉は, それ以上何も言わずに, 私の言葉を受け入れた. 彼は, 私が彼に害をなすなど, 夢にも思っていないだろう.
翌朝, まだ夜明け前の薄暗い中, 携帯の着信音が鳴り響いた. 晴哉の携帯だ.
晴哉は, 最初は無視しようとしたが, 着信音は執拗に鳴り続けた. 彼は, 仕方なく携帯を手に取った.
私は, 眠ったふりをして, 彼の様子を伺った. 彼の, 微かな動揺が伝わってきた.
彼は, 電話をかけ直すためにベランダへ出て行った. そして, 数分後, 小さな包みを抱えて戻ってきた. それは, 彼が今朝受け取ったばかりの, 新しいサンプルのようだった.
「誰からだったの? 」私は, 起き上がって, 何気ないふりをして尋ねた.
「ああ, 取引先からだ. 急ぎの確認事項だってさ. 心配するな, もう大丈夫だ」晴哉は, 私に背を向けたまま, 曖昧に答えた. 彼の声には, 隠しきれない焦りがあった.
晴哉は, いつもより早く起きて, 私に豪華な朝食を作ってくれた. 食卓には, 私の好きなパンケーキが並べられていた.
「どうだ, 心葉. 最近, 疲れているみたいだから, 家事を手伝ってくれる人を雇おうと思うんだが, どうかな? 」晴哉は, 私の顔色を伺うように言った.
「いいえ, 必要ないわ. 自分のことは, 自分でできるから」私は, 彼の提案を断った. 彼の施しは, もう受けたくなかった.
「なんだよ, 頑固だな. お前はいつもそうだ」晴哉は, 冗談めかして言ったが, その声には, どこか本気の色が混じっていた.
「晴哉, あなた, 私を裏切ったでしょう? 蓮夏と, 何かあったの? 」私は, 彼の目を真っ直ぐに見つめて, 核心を突いた.
晴哉の顔から, 血の気が引いた. 彼は, 必死に首を横に振った. 「何を言ってるんだ! ? 心葉, 俺は, お前だけを愛してる! 誓って, 蓮夏とは何もない! 」
「本当に? 私の目を, 見て言ってごらんなさい」私は, さらに彼の顔に近づいた.
晴哉は, 私の視線から逃げるように, 顔を背けた. 「心葉, 信じてくれ! 俺は, お前しかいないんだ! 」彼は, 大げさな身振り手振りで, 私の手を掴もうとした.
私の心は, 彼の芝居にこれ以上付き合うことに疲弊していた. 彼の言葉は, もはや私の耳には届かなかった.
私は, 彼の掴もうとする手を振り払い, 静かに立ち上がった. 彼の顔には, 驚きと, ほんの少しの傷つきが浮かんでいた.
「心葉, どうして俺を信じてくれないんだ? 俺は, お前を心から愛しているんだぞ! 」晴哉は, 必死に訴えかけた.
私の心の中では, 彼の愛が, 私をどれだけ傷つけたか, 計算するような冷たい自分がいた.
「そろそろ, 事務所に行く時間じゃないかしら? 大事な会議があるのでしょう? 」私は, 彼の言葉を遮り, 冷静に言った.
晴哉は, ハッとしたように時計を見た. 「ああ, そうだった! 危ない危ない. 心葉, 本当にごめん. 早く準備するよ! 」彼は, 安堵したように言った.
「本当に, 蓮夏は使えないな. あの簡単な資料一つ, 作れないなんて」晴哉は, 準備をしながら, 蓮夏の悪口を言った.
「あら, そう? でも, 彼女は才能があるって, あなたが言っていたじゃない」私は, わざとらしく言った.
晴哉は, 私の問いかけに, 一瞬言葉を詰まらせた. 「そりゃ, 才能はあるさ. でも, やっぱり心葉には敵わないよ. お前が, 俺の唯一の宝物だからな」彼の言葉は, 私にはもう響かなかった.
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