
監獄帰りの狂犬令嬢、ただいま偽家族を蹂躙中。
章 3
蓮が口を開くより先に、星乃が言葉を続けた。「蓮様、このところ——榮三郎様にずいぶん結婚を急かされているのでは?」
彼の放つ威圧感など意に介さず、星乃はそのまま傍らのデッキチェアへまっすぐ歩み寄った。
「榮三郎様は、あなたが最も敬っている方です。 口では結婚を拒んでいても、内心では、あの方が刺激を受けて体を壊すのではないかと恐れているのでしょう?」
「それがどうした?」
蓮は眉をひそめ、探るような視線を星乃に向けた。
この女は最初から最後まで一切動じることなく、局面を完全に掌握しているかのように、女王のような貫禄を漂わせていた。
「契約結婚を提案します」 星乃は手にしたサングラスを指先で弄びながら、淡々と続けた。「一つは、ご当主様を安心させ、結婚を急かされる煩わしさから解放できること。 二つは、蓮様のもとへ群がる無駄な女たちを、排除できること」
「ふん……俺がそんなものを気にすると思うか?」 蓮は嗤い、周囲の空気がさらに冷え込んだ。「橘さん。俺を利用するには、お前はまだ足りない」
「もちろん、それだけで雲倉の生きた閻魔を動かせるとは思っておりません」 星乃はふっと笑い、長い脚を組み替えながら、地面に倒れている小川社長へ一瞥をくれた。
「蓮様、一つ賭けをしませんか?」
蓮はわずかに間を置き、低く問った。「……何を賭ける?」
星乃は立ち上がり、ゴルフバッグから一本クラブを抜き取った。「桐生グループの未来城プロジェクト。元はこの小川社長が担当していましたが資金に手を付け、巨額の損失を出している」
小川社長を見下ろしながら続ける。「彼が外れる以上、新たな引き受け手が必要になるでしょう?」
「未来ヶ丘プロジェクトを狙っているのか?」
星乃はすでに小川社長の目前に立っていた。恐怖と懇願の入り混じった視線など一切気にせず、静かに構えを取った。 「私が一打でカップインさせたら、 未来ヶ丘プロジェクトをいただきます」
蓮はわずかに意表を突かれた。婚約を条件に出すと思っていたが、予想は外れた。
「いいだろう」
「さすが蓮様。ご決断が早い」
言葉を終えた瞬間、星乃の目が鋭く細まる。そして、クラブが振り抜かれた。
パシッ!
クラブは重く鋭く振り抜かれ、小川社長の目前をかすめた。その一撃に、まるで魂ごと持っていかれたかのように、彼は全身を震わせる。
ボールは空中に放物線を描いた。
居合わせた者たち全員の視線が、そのボールに釘付けになった。思わず息を呑み、その行方を見守る。
カラン、と乾いた音が響いた。
ボールは——そのままカップに沈んだ。
場がざわめいた。まさか……あれで入るなんて! 到底、素人の一打とは思えない。熟練者であっても、あそこまで完璧な一撃はそう簡単に出せるものではない。
パチ、パチ、パチ——
蓮がゆっくりと拍手を送る。その視線には、わずかな賞賛が混じっていた。
「橘さん——見事な腕だ。 この未来ヶ丘プロジェクトは、約束どおりお前のものだ」」
「ありがとうございます、蓮様。 ……では、本題に戻りましょうか?」
蓮の瞳が冷たく沈む。「腕は認める。だが婚約は別だ。 俺は、爺さんの口を塞ぐために女を使うつもりはない」
その言葉を受けても、星乃は動じない。懐から一枚の書類を取り出し、蓮へ差し出した。
「蓮様、まずはこちらをご覧ください」
そう言い残し、星乃は踵を返した。「橘家で、お待ちしております」
蓮が嘲笑を浮かべかけた、その瞬間——書類に目を落とした彼の瞳が、鋭く収縮した。
なぜ、これを……?
この女はいったい、何者だ——。
「蓮様……?」
側近の宇佐美誠の声に、蓮はゆっくりと顔を上げた。
「車を出せ。橘家へ向かう」
「蓮様、それは……?」
「——縁談を持ち込みに行く」
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