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別れの日、あなたの瞳は彼女を映していた の小説カバー

別れの日、あなたの瞳は彼女を映していた

古川結衣と藤原翔太が誓い合った三年にわたる夫婦の絆は、誰にも明かされることのない秘められたものだった。愛する人の隣にいられるだけで幸せだと、結衣は自らに言い聞かせて穏やかな日々を過ごしてきた。しかし、自身の体に新たな命が宿ったことを知ったその矢先、彼女の淡い期待は無情にも打ち砕かれる。結衣が目撃したのは、夫である翔太が彼の「初恋の女性」と親密に寄り添う、あまりにも残酷な光景だった。夫の心は今も自分にはないことを悟った彼女は、真実をすべて胸の奥底に封じ込め、彼の前から静かに姿を消す決意をする。それから数ヶ月の時が流れ、膨らんだお腹を抱えた結衣は、予期せぬ形で翔太と再会を果たすことになった。かつての献身的な愛と裏切りの記憶、そして隠し通してきた秘密が交錯するなか、一度は途絶えたはずのふたりの運命は、再び激しく、そして静かに波打ち始める。失われた愛の行方と、生まれてくる命を巡る切なくもドラマチックな物語が幕を開ける。
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「古川さん、おめでとうございます。 お腹の赤ちゃんはとても元気ですよ」

古川結衣はぼんやりとした表情で病院を出た。手には妊娠検査の報告書を握りしめている。その指先には、強く握られた跡がくっきりと残っていた。

細い手がそっと下腹部に触れる。すると、結衣の口元に自然と喜びの笑みが浮かんだ。

妊娠している。藤原翔太との子どもだ。

胸の高鳴りを必死に抑えながら、結衣はスマートフォンを取り出した。今すぐ翔太に伝えたかった。この驚くべき幸せを、彼の耳に直接届けたかった。

そのときだった。手の中のスマートフォンが震えた。翔太から、ちょうど一通のメッセージが届いた。

「今すぐ白石ホテルまで来てくれ」

白石ホテル?今すぐ?どうして急に…?

古川結衣の胸に疑問が浮かんだが、それを深く考える暇もなく、すぐに路肩でタクシーを止めてホテルへと向かった。

翔太が会いたいと言うのなら、妊娠のことを直接伝えよう。電話じゃなく、彼の顔を見て伝えたい。

彼はどんな反応を見せるだろう――子どもができたと知ったら。

期待に胸を膨らませながら、結衣はホテルに到着した。車を降りた瞬間、目の前の光景に思わず足が止まる。あちこちに美しい花が飾られ、足元には真新しい赤いカーペットが敷かれていた。どう見ても、何かを祝う準備だ。

結衣は一瞬きょとんとしたが、すぐに気づいた。今日は彼と自分の結婚記念日だった。

ということは、翔太がわざわざ自分をここに呼んだのは、サプライズのため?

白石ホテルのロビーには多くの客が集まり、酒杯を交わしながら談笑する光景が広がっており、実ににぎやかだった。

古川結衣は人波を縫い、地味な装いもあって誰にも気づかれることはなかった。

そして、ふと視線の先に、すぐに見つけた。人々の中心に立ち、まるで光を纏ったようにひときわ輝いている男――藤原翔太。

彼は結衣の夫であり、これから生まれてくる子どもの父親だ。

思わず笑みがこぼれそうになったが、翔太の隣にいる女性が目に入った瞬間、その笑みが凍りついた。

あれは…翔太の初恋の相手、小林沙織!?

いつの間に帰国していたの…?

全身がこわばる。結衣の目の前で、翔太と沙織は腕を絡め合い、誰もが羨むほどの理想的なカップルのように寄り添っていた。

彼らの周りには友人たちが集まり、口々に祝福の言葉をかけていた。

「沙織、今日はしっかり一杯付き合ってもらうからね。帰国おめでとう!」

「翔太、こんなに長い時間が経って、やっと沙織と再会できたんだ。こんなめでたい日に、二人で夫婦盃でも飲んで祝わなきゃね。」

冷やかしの声が次第に大きくなっていく。

小林沙織は、鮮やかな赤いドレスに身を包み、完璧なメイクに柔らかな笑みを浮かべていた。「みんな、やめてよ。私と翔太が夫婦盃なんて…飲めるわけないでしょ? だって、翔太には奥さんがいるんだから。夫婦盃を飲むなら、その『奥さん』とでしょ?」

その言葉に、場の空気が一変する。沙織が古川結衣の名前を出した途端、周囲の人々の表情に冷笑が広がった。

「結衣?あの古川結衣のこと?」 「彼女が『妻』だなんて、笑わせるわ。あんなの、 翔太がおばあさまを納得させるために仕方なく結婚しただけの『道具』でしょ?」

「そうそう、翔太が本当に結婚したかった相手って、ずっとあなただったんでしょ?ねえ、翔太?」

藤原翔太はすらりとした体躯に、凛とした顔立ち。控えめな高級スーツに身を包み、その洗練された雰囲気は周囲と一線を画していた。

「もうやめろよ。沙織は酒に弱いんだ。代わりに、俺が飲むよ」

その一言に、また一段と賑やかな歓声が沸き起こる。

「おお~!藤原翔太、沙織をかばっちゃって…これはもう、心配っていうか、惚れてるでしょ?」 「よし、じゃあ沙織が飲めないっていうなら、その分は全部お前が飲めよ!飲み干すまで今日は帰らせないからね!」

囃し立てる声がますます大きくなる中、藤原翔太は冷ややかな表情を浮かべながらも、その口元には否定しがたい笑みが滲んでいた。

そして、その隣で小林沙織は顔を赤らめ、恥じらうように視線を伏せた。

――その二人の親密な姿が、ひどくまぶしく、痛々しかった。古川結衣の胸が締めつけられる。

いつ、自分がその場から逃げ出したのかも分からない。ただ、冷たい雨粒が頬に落ちてきた瞬間、ようやく現実に引き戻された。外は、いつの間にか雨だった。

細かい雨に混じって、冷たい風が吹きつける。結衣の服はたちまち濡れ、身を切るような風が体の芯まで入り込む。

ぼんやりと雨の帳を見つめながら、結衣は思った。

――翔太は、なぜ自分をここに呼んだのだろう?

もしかして――翔太は、あの幸せそうな光景を自分の目に焼き付けさせて、藤原の妻という立場を沙織に譲れと、そう伝えたかったのだろうか。

古川結衣の呼吸が乱れはじめる。身体が思うように動かず、それでもぎこちなく足を踏み出し、ぼんやりと前を向いて歩き出す。雨に濡れながら、ゆっくり、重い足取りで家へと戻った。

玄関の前に立ち尽くす。見慣れた我が家を前にして、心はどこか遠くをさまよっていた。

――2年前、古川家は破産寸前まで追い詰められていた。打開策として選んだのが、藤原家との政略結婚だった。

本来、翔太は結婚を望んでいなかった。だが病に伏せる藤原里美夫人の強い願いにより、しぶしぶ結婚を承諾したにすぎない。

今、里美夫人の容態は回復し、沙織も帰国していた。

どうやら、自分のような「余所者」は、翔太のそばから身を引くべきなのかもしれない。

どれほどの時間が経ったのか分からない。外から車のエンジン音が聞こえてきた。

次いで、男の低く落ち着いた声が耳に届く。

「古川結衣…お前、なんで全身びしょ濡れで突っ立ってるんだ?」

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