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結婚記念日、妻は消える の小説カバー

結婚記念日、妻は消える

結婚記念日の夜、夫の裏切りを知った結愛。不倫相手はあろうことか実の妹だった。妹に贈られた時計に仕込まれたGPSで監視され、電話越しに自分を嘲笑う二人の本性を知る。六年間の献身は踏みにじられ、夫が「二人だけの愛」を理由に拒んでいた子供さえ、妹は身ごもっていた。信じていた世界が崩壊する中、結愛は密かに反撃の準備を進める。夫たちは、彼女が二人のフランス語での密談をすべて理解していることも、恩師の協力によって自らの戸籍や銀行口座、あらゆる公的記録を抹消する手筈を整えていたことも知らない。降りしきる雨の中、妹に新たな婚約指輪を贈る夫と視線が交差する。絶望の淵で結愛が浮かべたのは、静かな微笑みだった。彼女はそのまま、彼らの前から、そしてこの社会から跡形もなく姿を消す。すべてを捨てた女の、静謐で完璧な失踪が幕を開ける。裏切りに塗れた偽りの日常に別れを告げ、彼女は未知なる自由へと踏み出した。
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2

私の世界が, 音もなく崩れ落ちていく.

それは, まるで目の前の風景が, 突然セピア色に染まり, 遠く霞んでいくような感覚だった.

呼吸が浅くなり, 胸の奥が締め付けられる.

私は彼が電話で話していたフランス語を, 完璧に理解できていた.

浩司は, 私がフランス語を流暢に操れることを知らない.

大学時代, 国際弁護士を目指していた私は, 必修科目としてフランス語を選び, 留学経験もあった.

彼の言葉は, 私にとって, あまりにも明確な裏切りだった.

「どうしたんだ, 結愛? 」

浩司の声が, 遠くから聞こえる.

私は, 必死で平静を装った.

唇の端を無理やり引き上げ, 微笑んだ.

しかし, 私の体は正直だった.

指先が, 微かに震えている.

私は震える指先を, 握りしめた.

この感情を, 彼に悟られてはならない.

私は, もう決めていた.

数日前に受けた, 恩師からの誘い.

国際法律事務所への推薦.

私は, この狂った檻から, 必ず抜け出す.

あと数日のうちに, 私はこの世界から消えるだろう.

浩司は私の震えに気づいたのか, 私の腰に回した腕を, より一層強く引き寄せた.

「疲れているのか? 最近, あまり眠れていないだろう」

彼の言葉は, まるで心臓に突き刺さるナイフだった.

優しい言葉が, なぜこんなにも痛いのだろう.

私は彼の言葉に含まれる偽善に, 吐き気を催しそうになった.

「大丈夫よ. 少し, 考え事をしていただけ」

私はそう答えた.

声は, 思ったよりも冷静だった.

彼は私の髪を撫で, 優しく囁いた.

「何か, 心配事でもあるのか? 私に話してごらん」

私は, 彼の顔を見上げた.

その目は, 本当に心配しているように見えた.

その表情が, 私には滑稽に映った.

つい数分前, 彼は別の女性と, 私が心血を注いで用意したサプライズを茶化し, 愉悦に浸っていた.

そして今, 彼は完璧な夫を演じている.

私は, いつからこんなにも完璧な嘘つきになったのだろうか.

いや, 彼が完璧な嘘つきだから, 私がそうならざるを得なかったのだ.

浩司は私が何も言わないのを見て, 再び心配そうな顔をした.

「本当に大丈夫かい? もし何かあったら, すぐに私に言うんだぞ. 私たちは夫婦だ. どんなことでも分かち合おう」

彼の言葉は, まるで空虚な響きを持っていた.

私は, 彼の言葉に耳を傾けるふりをした.

しかし, 私の心は, 完全に凍り付いていた.

「ええ, ありがとう」

私はそう言って, 彼から少し距離を取った.

「浩司, 私, 少し頭が痛いの. 今日はもう休むわ」

彼は少し驚いた顔をした.

「そうか. では, マッサージをしようか? 」

「いいえ, 大丈夫. 一人でゆっくりしたいの」

私はそう言って, 寝室を後にした.

階段を降りる足音が, やけに大きく響く.

私はリビングを通り抜け, 使用人たちの姿が見えないことを確認した.

「奥様, まだお休みにならないのですか? 」

キッチンから, メイドの声が聞こえた.

「ええ, 少し飲み物を取りに」

私はそう答えて, メイドの視線を感じながら, 廊下を歩いた.

「社長は本当に奥様を大切にしていらっしゃるわね」

メイドの声が, 私の耳に届いた.

「ええ, 結婚記念日に, また高価なプレゼントを贈られるのでしょうね」

もう一人のメイドが, そう答える.

私の心は, 冷たい鉛のように沈んでいく.

私は, 彼の完璧な演技に騙されていた.

いや, 騙されていたかったのだ.

かつては, 私もそう信じていた.

彼が私を愛していると, この家庭が私のすべてだと.

しかし, 今, そのすべてが, 砂上の楼閣のように崩れ落ちていく.

私は, 彼の書斎へと向かった.

彼の書斎は, いつも完璧に整頓されている.

彼は几帳面な男だった.

しかし, その几帳面さの裏には, 何が隠されているのだろう.

私は, 彼のデスクの引き出しを一つ一つ開けていった.

そこに, 私の知らない彼の顔が隠されているのではないかと, 嫌な予感がした.

そして, 一番下の引き出しから, 私は一つの小箱を見つけた.

それは, 私が彼に贈ろうとしていた時計と同じブランドの, オーダーメイドの時計だった.

しかし, そのデザインは, 私が選んだものとは全く違う.

女性らしい, 華奢なデザイン.

そして, その時計の裏蓋には, 小さなイニシャルが刻まれていた.

「R.F」

莉葉のイニシャルだ.

私の世界は, 完全に終わった.

私の心臓は, まるでガラスのように砕け散った.

絶望が, 私の全身を支配した.

その時, 私のスマートフォンのバイブレーションが, 静かな書斎に響いた.

画面を見ると, 恩師である高塚教授からの着信だった.

私は震える指で通話ボタンを押した.

「もしもし, 先生」

私の声は, ひどく震えていた.

「結愛か. 遅い時間にすまない. だが, 君に良い知らせがある」

高塚先生の声は, いつも通り穏やかだった.

「国際法律事務所の案件, 君に決まったよ. 向こうも君の参加を熱望している」

先生の声は, 喜びにあふれていた.

しかし, 私の心は, 喜びとは程遠い感情で満たされていた.

「先生…」

私は, 言葉を詰まらせた.

「結愛, 君は昔から優秀だった. 国際弁護士になる夢を, 浩司君のために諦めたのは, 私にとっても残念なことだった」

先生の言葉が, 私の心に深く突き刺さる.

「だが, 今なら間に合う. もう一度, 君の夢を追いかけるんだ. 私はいつでも君の味方だ」

先生は, 私の才能を信じてくれていた.

「先生, ありがとうございます」

私は, 涙声でそう言った.

「君の才能が, ようやく花開く時が来たのだ. 向こうの事務所も, 君がすぐにでも来てくれることを望んでいる. できるだけ早く身辺整理を頼む. 一週間でどうにかできるかい? 」

先生の言葉は, 私の背中を押した.

「はい, できます」

私の声は, 確かな決意に満ちていた.

「ふむ, そうか. 結愛, 君にはもう, 家族はいないのか? 」

先生の言葉が, 私の心に重く響いた.

私は, 目の前の時計を握りしめた.

指の爪が, 手のひらに食い込む.

痛みが, 私の心に現実を突きつける.

両親は, 数年前に飛行機事故で他界した.

私に残されたのは, 妹と, そして浩司だけだった.

私は, 浩司を私の唯一の家族だと信じていた.

しかし, 今, その唯一の家族が, 私の心を切り裂いた.

「いいえ, 先生. 私にはもう, 家族はいません」

私の声は, 冷たく, そして明確だった.

「先生, お願いがあります. 私の存在を, この世界から完全に消してください」

私は, 震える声でそう言った.

「私の戸籍, 医療記録, 銀行口座, 社会的記録…すべてを抹消してほしいのです. 私が一度も存在しなかったかのように」

高塚先生は, 電話の向こうで息を呑んだ.

「結愛, 君は何を言っているんだ? それは…」

「彼に, 私を見つけられないようにしてほしいのです. 彼が, 私を追跡できないように」

私の声は, 懇願するように響いた.

「だが, 結愛. それは, 君がこの国で生きていく上で, 非常に大きな障害となる. 君は, もう二度と, この国に帰ってくることができなくなるかもしれない」

先生の声には, 深い懸念が込められていた.

「それでいいのです, 先生」

私は, 乾いた笑みを浮かべた.

「彼は, 私を追いかけてなど来ません. 彼は私をもう, 必要としていないから」

私の瞳からは, 一筋の涙が静かに流れ落ちた.

「私は, 彼のために, 私のすべてを捨てた. 私の夢も, 才能も. そして, 私自身も. 彼が私の人生に現れた時, 私は彼の隣で笑顔でいることだけが, 私の幸せだと信じていた」

涙が止まらなかった.

「私は, 彼のために, 法律の道も一度は諦めた. 私にとって, 法律は, 彼以外の世界との唯一の繋がりだったのに」

高塚先生は, しばらく沈黙した後, 深くため息をついた.

「そうか… 君が, あの案件をすぐにでも引き受けた理由が, ようやく分かったよ」

先生の声には, 深い哀しみが含まれていた.

「わかった. 君の言う通りにしよう. だが, それは非常に困難なことだ. 準備には, 少なくとも二日かかる」

先生は, そう言った.

「二日後には, 君の存在は, この国から完全に消えるだろう. その準備をしておいてくれ」

「ありがとうございます, 先生」

私は, 感謝の言葉を述べた.

電話を切ると, 私はそっと目を閉じた.

私の心の中に, 初めて, 解放感のようなものが広がった.

もう, 彼から逃げる必要はない.

もう, この偽りの世界に縛られる必要はないのだ.

私は, 新しい自分になる.

そう, 心に誓った.

「結愛! 君は一体, 何を言っているんだ? 」

突然, 背後から浩司の声が響いた.

私は, ハッと目を開けた.

浩司は, 書斎の入り口に立っていた.

その顔は, 怒りと, そして困惑に満ちていた.

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