結婚記念日、妻は消える の小説カバー

結婚記念日、妻は消える

8.3 / 10.0
結婚記念日の夜、夫の裏切りを知った結愛。不倫相手はあろうことか実の妹だった。妹に贈られた時計に仕込まれたGPSで監視され、電話越しに自分を嘲笑う二人の本性を知る。六年間の献身は踏みにじられ、夫が「二人だけの愛」を理由に拒んでいた子供さえ、妹は身ごもっていた。信じていた世界が崩壊する中、結愛は密かに反撃の準備を進める。夫たちは、彼女が二人のフランス語での密談をすべて理解していることも、恩師の協力によって自らの戸籍や銀行口座、あらゆる公的記録を抹消する手筈を整えていたことも知らない。降りしきる雨の中、妹に新たな婚約指輪を贈る夫と視線が交差する。絶望の淵で結愛が浮かべたのは、静かな微笑みだった。彼女はそのまま、彼らの前から、そしてこの社会から跡形もなく姿を消す。すべてを捨てた女の、静謐で完璧な失踪が幕を開ける。裏切りに塗れた偽りの日常に別れを告げ、彼女は未知なる自由へと踏み出した。

結婚記念日、妻は消える 第1章

結婚記念日の夜, 夫の浮気を確信した. 相手は, 私の実の妹だった.

しかし, 本当の絶望はそこからだった. 夫が妹に贈ったオーダーメイドの時計には, 私の行動を監視するGPS機能がついていたのだ.

「結愛は馬鹿だから気づかないさ」

「あんな女, いつでも捨てられる」

電話越しに聞こえる二人の嘲笑. 私の6年間の献身は, 彼らにとってただの滑稽な芝居だった.

さらに衝撃的だったのは, 妹が夫の子を妊娠していたこと. そして夫は, 跡継ぎができたと喜んでいた. 私が子供を望まなかったのではなく, 彼が「二人だけの純粋な愛がいい」と言い続けたからなのに.

全てが嘘だった. 私の築き上げた世界は, 音を立てて崩れ落ちた.

だが, 彼らは知らない. 私が, 彼らの会話をすべて理解できるフランス語能力者であることも, 恩師の助けで自らの戸籍, 銀行口座, 医療記録…この世のすべてから存在を抹消する準備を終えていたことも.

雨の中, 新しい婚約指輪を妹に贈る夫と目が合った. 私は静かに微笑み, 彼らの前から, そしてこの世界から, 完全に姿を消した.

第1章

結婚記念日の夜, 私は夫の浮気を, 夫が私に贈ろうとしていたはずの高級時計と, 妹の声が響く電話の会話から確信した.

私はテーブルの上に完璧に並べられた料理を眺め, 深く息を吸い込んだ.

キャンドルの炎が揺れ, グラスの中でシャンパンの泡が静かに弾ける.

今日は私たち夫婦にとって, 特別な日だ.

浩司の帰りを待つ間, 私は心臓の鼓動が少し速くなっているのを感じていた.

彼の好きなステーキは, 私が何時間もかけて煮込んだ特製ソースで仕上げた.

ワインセラーから選んだ年代物のワインも, 完璧な温度で用意してある.

完璧な夜になるはずだった.

いや, 完璧な夜にしようと, 私は努力してきた.

玄関のドアが開く音がした.

「ただいま, 結愛」

浩司の声が, 私の耳に心地よく響く.

私は微笑んで彼を出迎えた.

「おかえりなさい, 浩司. お疲れ様」

私たちは軽くキスを交わした.

彼の唇は, いつも通り柔らかく, 少し冷たかった.

浩司はリビングに入ると, テーブルに並んだ料理を見て目を輝かせた.

「すごいな, 結愛. まるでレストランみたいだ」

彼の褒め言葉に, 私の心は温かくなる.

「あなたのために作ったのよ. さあ, 座って. すぐに温めるから」

私は彼を椅子に座らせ, キッチンに向かった.

食事中, 私たちはたわいのない会話を交わした.

浩司は仕事の話を, 私は今日あった出来事を話した.

いつも通りの, 穏やかな時間だった.

しかし, 私の心の中には, ある期待が膨らんでいた.

食事が終わり, デザートに移る前, 私は浩司に言った.

「浩司, 実は私からもプレゼントがあるの」

浩司は驚いた顔をした.

「え? 私からだけじゃないのか? 」

私は彼の手を握り, ゆっくりと立ち上がった.

「私についてきて」

私は彼の手を引き, 寝室へと向かった.

部屋に入ると, 私は彼をベッドの端に座らせ, 彼の目を優しく覆った.

「まだ開けちゃダメよ」

浩司は笑って, 「わかった」と言った.

私はクローゼットの奥から, 彼のために用意したプレゼントを取り出した.

それは, 彼が以前から欲しがっていた限定版の腕時計だった.

彼のビジネスパートナーが, 世界に数本しかないオーダーメイドの時計を身につけていると話していたのを, 私は覚えていた.

彼も同じように, 特別なものを身につけて欲しかった.

彼がこの時計を身につけ, どんなに喜んでくれるか想像すると, 私の心は喜びで満たされた.

私たちの結婚記念日を, この時計がさらに輝かせるだろう.

そして, 浩司はきっと, 私を抱きしめてくれるだろう.

私たちの愛が, この先もずっと続くことを誓い合う, 大切な瞬間だ.

その時, 浩司のポケットから, けたたましい電子音が鳴り響いた.

それは, 彼のスマートフォンだった.

彼は私の手から目を覆う手を外し, 焦ったようにポケットを探った.

浩司の顔に, わずかな苛立ちが浮かんだ.

「すみません, 結愛. 会社の電話だ」

彼はそう言って, 画面を覗き込んだ.

画面には, 見慣れない海外の番号が表示されていた.

なぜこのタイミングで, 海外の電話なのだろう.

浩司は少し離れた場所に移動し, 声を潜めて話し始めた.

最初は聞き取れなかったが, すぐに私は耳を疑った.

それは, フランス語だった.

流暢なフランス語が, 彼の口から紡ぎ出される.

そして, 電話の向こうから聞こえてくるのは, 女性の声だった.

浩司の声は, さっきまでの私との会話とは打って変わって, 軽やかで, 楽しそうだった.

「ああ, それはいいな. うん, あれは特別なものだからな」

彼はそう言って, くすくす笑った.

彼の言葉の節々から, 私はある単語を拾い上げた.

「オーダーメイド」「時計」「彼女の」「素晴らしい機能」

私の心臓が, ドクンと嫌な音を立てた.

私が彼のために用意した, あのオーダーメイドの時計のことだろうか.

いや, まさか.

浩司はさらに言葉を続けた.

「結愛も喜んでくれるかな? ああ, 彼女には内緒だ. 結愛は…, そうだな, 結愛にはいつも感謝していると言ってある」

私の呼吸が浅くなった.

結愛, 私の名前だ.

一体, 誰が彼にこんな話をしているのだろう.

浩司は電話を終えると, すぐに私の方へ戻ってきた.

彼は私を抱きしめ, 額にキスをした.

「ごめん, 結愛. 本当に急な仕事の電話で」

彼の温かい抱擁が, 私には冷たく感じられた.

私の心は, 彼の言葉と行動の裏側に隠された, 何かを探し始めていた.

「どうしたんだ, 結愛. なんだか顔色が悪い」

浩司は私の頬に触れ, 心配そうに尋ねた.

彼の瞳は, 私の目をまっすぐに見つめている.

しかし, その奥に, 一瞬の戸惑いと, 何か隠し事をしているような揺らぎを感じた.

「あのさ, 結愛. あの時計の機能, まだ誰にも言わないでくれよ. 特に君の妹には. 彼女は口が軽いからな. もし彼女に知られたら, 色々と面倒なことになるかもしれない. 君もわかるだろう? 」

浩司の声には, 冗談めかした響きがあったが, その奥には明確な警戒心が潜んでいた.

彼は私の妹, 莉葉の名前を口にした.

「もし知られたら, 大騒ぎになるだろうな. 結愛, 君も彼女の性格はよく分かっているはずだ」

彼の言葉は, まるで鋭い刃物のように私の心臓を貫いた.

私は息をすることもできない.

彼が言及した「彼女」とは, やはり莉葉のことなのだ.

そして, その「特別なもの」とは, 私が用意したオーダーメイドの時計のことではない.

では, 一体誰のために, 彼は「オーダーメイドの時計」を用意したのだろう?

そして, その時計には, 「素晴らしい機能」があるという.

私の心臓が, 激しい音を立てて打ち始めた.

いや, 違う.

これは私の勘違いだ.

そうであってほしい.

私の頭は, 混乱と否定でいっぱいになった.

しかし, 浩司の言葉の響きは, あまりにも生々しかった.

私と浩司の関係が, まるで脆いガラス細工のように, 音を立てて崩れ落ちていくのを感じた.

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