
結婚式で奪われた私のウェディングドレス
章 3
藤原凛香 POV:
私は家に戻ることができず, 一晩中, 雨に打たれ続けた. 夜が明ける頃には, 高熱が出ていた. 体中の関節が痛み, 頭がガンガンと響いた. 震える体で, 昨晩予約した産婦人科に電話をかけた.
「大変申し訳ございません. 発熱がありますと, 本日の手術は延期せざるを得ません」看護師の声が, ひどく遠くで聞こえた.
私は絶望した. この地獄のような状況から, 一刻も早く抜け出したかった.
「あの, どうしても今日じゃなきゃダメなんです…」私の声は, ほとんど懇願だった.
看護師は戸惑った様子で, 「ですが, それでは患者様のお体が…」
「入院します. だから, お願いします…」
結局, 私はそのまま病院に直行し, 個室に入院することになった. 体は鉛のように重く, 熱で意識が朦朧としていた.
ベッドに横たわっていると, 携帯が鳴った. 弘樹からの電話だった.
私はためらいながら電話に出た.
「どこにいるんだ, 凛香! 何で家に帰ってこないんだ! 」弘樹の声は, 怒りに震えていた.
「病院に…います」私は掠れた声で答えた.
「病院? 何で病院なんかにいるんだ! まさか, また苺の真似でもしてるんじゃないだろうな! 」弘樹の声の向こうから, 苺の甲高い声が聞こえた. 「弘樹様, まさか凛香さん, 自殺未遂でも…! ? 」
弘樹は鼻で笑った. 「まさか! あいつがそんな度胸あるわけないだろ. どうせ, 俺を困らせようと何か企んでるんだ. 俺の凛香は, 俺がいなければ何もできない, 可哀想な女だからな」
弘樹の言葉が, 私の胸を深く抉った. 彼の言う通り, 私はずっと彼に依存していた. 彼がいないと, 私は本当に何もできないと思っていた. 過去, 彼にすがって「私にはあなたしかいないの」と何度涙ながらに訴えたことか.
「弘樹様, そんなこと言わないでください…凛香さん, きっと弘樹様のことが心配で…」苺の声が, また聞こえた.
「心配? まさか. あいつが俺を心配するわけないだろ. あいつはただ, 俺に捨てられるのが怖いだけだ. だから, いつもこうやって俺の気を引こうとするんだ」
弘樹は, まるで私の心を読んでいるかのように, 私の弱点を的確に突いてきた. 彼の言葉は, 私の心を深く傷つけた.
「弘樹様, そういえば, 凛香さん, あの時もそうでしたね…弘樹様が私と旅行に行こうとした時も, 急に体調を崩して…」苺の声には, 明らかな嘲笑が込められていた.
弘樹は一瞬, 沈黙した. そして, 「あれは, 苺, お前には関係ないことだ」と言った.
「弘樹, あなたは私に, そんな言葉しかかけられないの? 」私の声は, 怒りよりも悲しみに満ちていた.
「何を言ってるんだ. 俺はお前を愛している. だからこそ, お前を心配しているんだ. お前は俺の妻なんだから, 俺の言うことを聞くのが当然だろう」
私は冷笑した. 彼の言葉は, もはや何の響きも持たなかった.
私は静かに首を振り, 通話ボタンを押して電話を切った.
看護師が心配そうに私を見ていた. 「あの…大丈夫ですか? 」
「はい」私はかろうじて微笑んだ. 看護師はそれ以上何も言わず, ただ優しく私の手を握ってくれた. その温かさが, 私の心を少しだけ溶かした.
「あの, 手術, 一番早いのはいつになりますか? 」私は尋ねた.
看護師は私のカルテを見て, 「熱が下がれば, 明日朝一番で手術できます. 点滴をしますので, ゆっくり休んでくださいね」と答えた.
「ありがとうございます」私は声を絞り出した.
看護師は病室を出て行った. 再び静寂が訪れた.
「私にはあなたしかいないの」. 弘樹が私を「可哀想な女」と呼んだ時, 私の心は完全に冷え切った. 彼にとって, 私はただの付属品だった. 彼の言葉を鵜呑みにして, 十年もの間, 彼に尽くしてきた私が, どれだけ愚かだったか.
私はそっとお腹を撫でた. 小さな命が, 確かにそこにあった. この子に, 私と同じ苦しみを味合わせたくない. この子には, もっと自由に, もっと幸せに生きてほしい.
私は涙を流した. それは悲しみの涙ではなかった. これは, 決意の涙だった. 私はもう, 誰にも縛られない. 誰にも利用されない.
弘樹. あなたの支配から, 私は必ず自由になる.
夜通し, 私は窓の外を眺めていた. 夜空には星一つなく, ただ暗闇が広がっていた. しかし, 私の心には, 新しい朝が訪れようとしていた.
翌朝, 熱は奇跡的に下がっていた. 私は覚悟を決めて, 手術室へと向かった. 廊下には, 幸せそうな妊婦とその家族がいた. 彼らの笑顔が, 私の心を締め付けた. 私は小さくお腹を撫で, 心の中で語りかけた.
「ごめんね. でも, これがあなたにとって一番良い選択だと信じてる」
看護師が優しい声で言った. 「藤原さん, 怖くないですか? 」
私は首を振った. 「大丈夫です」
手術室の扉が, ゆっくりと閉まっていく. それは, 私の過去との決別を意味していた.
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